431.剣を持つよりも
「ガウル!」
「! 指先ひとつ動かせないほどに固めたつもりだったが……やはり一筋縄にはいかないか」
全身を固定する地面を割り砕いて脱出したボチに、リオンドは目を細める。
「では任せたよ、グノームス」
「――」
リオンドへの進路を阻むように立った人型の土塊が、何かをしたんだろう。またぞろ地面が蠢いてボチへ纏わりつこうとする。
だがそれをボチは肉体を怒張させながら突き進むことで強引に突破し、前脚を一振り。その強烈な脚力で人型のそいつを粉砕させた。
「――」
「ガウ……!」
だが、砕けたそばからすぐにそいつは形を取り戻していく。そのうえ飛び散った自らの破片をちゃっかりとボチにくっつけてまでいる。それに対しては水気を切るような動きで体を震わせて取っ払ったボチだが、非常にやり辛そうだ。
再生する土の化け物……! あれはまともに戦おうとすると相当手こずらされるタイプだな。
精霊――カスカやマリアが操ってるのは目にしたが、こう直接的にやり合うのは初かもしれん。最近少しずつ知識もつき始めた属性系の魔法とは違って、精霊魔法にはとんと疎いんだが……。
「精霊魔法は属性のそれとは違い、本人の資質に左右されるものじゃない」
「!」
ボチのことは精霊、グノームスに任せきりにしてリオンドは俺のほうに近づいてくる。
ゆったりと歩くその様は、まるで近所をぶらりと散歩でもしてるかのようだった。語る口調も世間話そのものだ。
「精霊とは神秘の象徴だ。魔力や魔法が存在する理由、と言ってもいい。絶対的な力を持ち、しばし気紛れを起こす。気に入った人間に力を貸し与えるんだ。それが精霊魔法の根幹。……気に入られることを資質と称すのなら、属性魔法と同じく本人の素養が全てだとも言えるかもしれないが」
「神秘の象徴ね……んなもんをああして顎で使えちまうのか」
「いや、正確にはあれは精霊そのものではないんだ。本体――というか、神秘の源は他にいる。それは強大で、しかし人の目には映らないらしい」
「へえ。じゃあありゃなんなんだ? 意思を持ってるように見えるが」
「例えるならば端末のようなものかな。貸し与えられた精霊の力が形になったもので、神秘の源に通ずる存在。人が使役する以外にも自然のいたるところに彼らは息づいているというよ。例によって、その姿を目にする機会は滅多にないんだけどね」
「ほーん、面白そうじゃん」
なんとなくだが属性魔法との違いはわかった。そんで、俺には使えなさそうだってこともな。
まずもって魔力(MP)だって持ってない俺だからな。もし精霊が魔力まで貸してくれるってんなら人生初の魔法が使えるかもしれねえが、そこはほら。なんたってネクロマンサーだしよ。
気に入ってもらえる気がさっぱりしねえぜ。
「聞くところによると闇や死を司る精霊もいるとかなんとか。俺はそちらについてさほど詳しくはないが、それが本当ならゼンタ。君にも精霊の加護はあるかもしれないぞ」
「マジか? だったらいいな、俺も魔法を使ってみてえし」
と、そこまで普通にお喋りしたところでリオンドは木剣を向けてきた。
「講釈はこれくらいでいいかな?」
「へっ、別に頼んでねーけど?」
「ただの老婆心だよ。グノームスを気にしているように見えたからつい、な」
「ま、気になってたってのはそうだ。教えてくれた礼はするぜ――この拳でな!」
ボチは土の精霊を相手にすんので精一杯。パワーは勝ってるが柔よく剛を制す、いくらでも再生して時には自在に形を変え、地形まで操るグノームスのテクニックに翻弄されている。
……なんか俺とリオンドの構図そのままだな。見てて歯痒いぜ。
けれど異種合体で飛行と巨大化の能力を得ているボチは、それらを駆使してグノームスのテクを尽く力業で叩き伏せている。
優勢とは言えねーが互角ではある。
つまり現状、厄介な精霊をボチが引き付けてくれてると言えなくもない。
リオンドにとっても面倒なペットが飼い主の傍から離れてる状況は歓迎すべきもんだろうがな……ボチの支援が期待できねえってのは確かに痛いが、けど土壇場で精霊魔法を使われるよりは俄然マシ。
そういう風に割り切れば俺にも決して不利がつくばかりじゃねえ。
「いっくぜぇ!」
「……!」
正面突撃。あまりに真っ直ぐ進む俺にリオンドは逆に警戒したようだ。さっきまでと反応が少し違う――何か一手間かけてくると予想してる。はん、逆なら俺だってそう思うだろうよ。
だからあえて真っ直ぐに行く!
「『燐光』――『極死』蹴り!」
「っ!」
オーラを纏わせた足で飛び蹴りをかます。当然のようにリオンドはそれを木剣で捌いてみせた。
なんの策も弄さず飛びかかってきたことに面食らいはしたようだが、蹴りつける直前にはもう見抜いていやがったな。俺の体の動きってもんを俺以上に理解してる。それも眼力の為せる技ってわけか。
だがそいつは俺も同じだ、お前がこの蹴りを捌くだろうってこたぁ織り込み済み。ボチと、それからリオンドのおかげで気付けたことだ――最初から決めにいくっつー姿勢は変えねえ、だが!
次を見据えて攻める!
「『ブラックターボ』――っしゃおらぁ!」
「おっ、とと」
俺が読んでた通り、奴から見て右へと押しやられた。そうしやすいようにわざと角度をつけて蹴ったからな。
だから次にどこを蹴るべきかってのも、リオンドが動く前から俺ぁわかってた。予定通りに闇の噴射で空中で加速しながら振り抜かれた回し蹴りを放つ。それすらリオンドは木剣で防いだが、顔付きははっきりと変わった。
「【技巧】! 三連空中『極死』蹴りぃ!」
「ッ……!」
魔法で強化されたリオンドは『極死』を受け止めてもへっちゃらなようだ。
だがそれも木剣で、しっかりと構えを取ったうえでの話。
そうでなければ逸らすか弾くかしねえとキツいはず。
『悪鬼羅刹』を発動させてなくても俺の一撃はそう安くねえ……!
こっちも必死だが、リオンドも当初ほどの余裕はない。歯を食いしばって俺の三連蹴りを凌いだ――だが終わりじゃねえ、ここからもっとだ!
「もういっちょぉ! 『極死拳』!!」
「ぬ、ぐぅ……っ!!」
噴射を切って空中から降り、今度はしっかりと地に足つけて。
大地を踏みしめ、腰を落として、全力でパンチを打つ。
出せるだけのもんを込めた最高の一発。打ち出すその瞬間に会心だと実感できたそれを、リオンドは木剣の柄で受けた。
剣身で払うのが間に合わないと判断してそうしたんだろうが、いくら強化魔法が施されてると言ってもさすがに木製の剣なんぞに無茶をさせすぎだ。その自覚は、表情を見る限りリオンド自身にもあるんだろう。
俺の拳が降り抜かれたときには木剣は砕け散っていて、リオンドも苦笑を浮かべていた。
「激しく、そして徹底的だなゼンタ。俺を終始後手に回らせるとは大したものだ」
「そこからの反撃があんたの持ち味でもあるんだろ? もちろんそうはさせねえがな」
「いや、悪いが反撃させてもらうよ」
主武装にしてる剣を失ってもリオンドは強気だ。ただの強がりやハッタリの類いには見えねえが、武器をなくしたからには脅威度は大幅ダウンだ。
冒険者の頂点ともなりゃ素手でだってある程度はやれるだろうが、とはいえ得物無しじゃあ俺の『極死』を凌ぐのはちょいとどころじゃねえ辛いもんがあるだろう。
また構築魔法の『クリエイト』で剣を作るつもりかもしれねえが、決闘中にその完成を待ってやるほと俺もお人好しでもない。
こっちこそ悪いがこのまま勝負をつけさせてもらうぜ……!
「【技巧】! 五連『極死拳』!」
「よっ」
「――は?」
トドメ。それを絶対にするための瞬間五撃。油断なく本気も本気で繰り出した俺の拳を……リオンドは無手で危なげなく捌いた。
何が起きたのか?
それをしっかり理解しながら信じ切れず、我ながら間抜けな声を出しちまった俺に、リオンドは朗らかに告げる。
「ああ、言っておくがゼンタ。俺は剣を持つより素手のほうが強いんだ」




