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430.本気を出さねばなるまい

「驚いたよ……その三つ首の犬にじゃない。『極死拳』とやらの威力にでもない」


 ぶすぶすと黒い煙が立ち昇るリオンドの肩。そこは俺の拳が当たった場所だ。『絶死』を強化した『極死』のオーラは確実にリオンドに痛みを覚えさせただろう……だがそれだけだ。


 ガードしたとはいえ素の肉体ならそんなもんお構いなしにぶっ飛ばせる。『燐光』で放つ打撃にはそれぐらいのパワーがあるんだ。


 なのに、こいつは多少顔を歪めさせた程度で、あとはもう平然としている。防いだ左肩も問題なく動くようだし、口もよく回っていやがる。


「ゼンタ、君が俺の動きを読み切っていたこと。たった一手とはいえ俺が思い通りに動かされたというその事実にこそ驚いているんだ」


 油断なくボチにも注意を払いつつ、リオンドは真っ直ぐに俺を見た。木剣はだらりと下ろされている。一見して力の入っていないその立ち姿。だがこれまで以上のプレッシャーを俺は感じている。


 本来は畳み掛けたかったし、そうしようとはしてたんだがな。

 この重苦しい気に押されて思わず足を止めちまったぜ。


 そしてそれは正しかったとも思う――逸ったままに追撃していたら、まず咎められていた。リオンドに勝利の三点目をくれていたことだろう。そうならなかったことに、自分の本能のシャッターに感謝だな。


「この短い間によくぞ、と言ったところかな。最初の打ち合いではまったくそんなことはなかったというのに」


「けっ、どの口が言いやがるよ。あんたのほうこそ戦わねーうちからある程度ラーニングしてたろ。どういう目の良さがありゃんな真似ができるか検討もつかねーが……まあ」


 それに追いつけはしなくても、なんとか追い縋れてきたって感じかな。


 ポイントは2-2、互いに勝ちも負けもあと一歩。状況は互角と言っていいだろう。


 リオンドにはご存知の通り技術と観察眼がある。的確な判断力もな。どれも目を見張るようなもんばかりだ。これらが天性に備わったもんか訓練で後転的に身に着けたもんかは知らねえが、しっかりとリオンドが己の武器にしていることは確かだ。


 対する俺にそこまでの技術ってもんはねえ。

 テクニック勝負じゃ逆立ちしたってリオンドの足元にも及ばない。


 だが【明鏡止水】で与えられる集中力と【先見予知】で与えられる察知能力は、疑似的な先読みの力を俺にくれる。戦えば戦うほどにその効果はより高まり、リオンドのそれの精度にもやがて近づいていく。


 ラーニング能力は俺にだってあるってことだ。それに加えてもう一段階の進化を果たした新生ボチも味方にいる。俺の武器はこいつらだ。


 リオンドの身ひとつのそれらに比べりゃあ、冒険者としての格ってもんでは劣るかもしんねえが……だが武器としての性能ではちっとも負けてねえ。俺はそう信じてる。


「ここからが勝負だ、リオンド」


「!」


「そう言わせてもらうぜ」


 日に一度しか使えねえ【死線】と【亡骸】のコンボを切って得た、やっとこさの二点目。残す一点をどう取るかはすげー悩ましい。


 【怨念】のクールタイムがまだなんで、もう初見殺しに適したスキルは残ってねえんだ。それを待たずに使えるとしたらボチがやられたときなんだが、そのために犠牲にしようなんて思わねえし、第一に。


 マリアにだって、魔皇にだって通用したんだ。リオンドにも【怨念】の効果自体は通るだろうが――しかしそれでこの男が何もできずに最後の一撃を食らう、なんてこたぁとてもじゃねえが考えられん。


 さっきまでならまだしも、迫力に満ちつつも不気味な静けさを保った今のリオンドには、きっと通じない。そういう予感がする。


「いい顔をするな、ゼンタ。これでは俺も迂闊に踏み込めない」


「! ……、」


「ここからが勝負か……同意するよ。そういう顔をする君に、厄介な使い魔も傍らにいる。敵は強大だ。最後の点を取るために、トードから叱られてしまわない程度には俺も本気を出さねばなるまい」


 そう言って構えたリオンドは、今日初めて攻撃的な姿勢を見せた。


 自然体な持ち方しかしてなかった木剣をしっかりと握り締め、身を低く、重心を前に。斬りかかる意思を隠しもしない。


「『リーンフォース・ライト』、『ストレンジアーマー』、『オーラウェポン・ライト』」


「……!」


 光属性の強化魔法……と、あとはなんだ? 詳細は不明だがおそらく残りも強化系だろう。リオンドは全身から白いオーラを放っている。


 それは特に武器を持つ腕に顕著で、木剣ごと輝くその光の力強さはちと普通じゃない。


 このぶんだと一撃一撃がべらぼうに重くなりそうだな。そうなると防御がキツくなってリオンドお得意の詰め将棋攻めがますます面倒なことになる。威力が上がるってのはそういう恩恵もあるんだ。


 ただ、それを抜きにしても……よりによってここで使うのが光属性かい!


 ただの偶然か、それともその優れた観察力で見抜いたのか。とにかく光属性は俺の弱点だ。『死霊術師ネクロマンサー』であるらかには元からそうなんだが、魔皇戦の後からはもはや苦手なんてレベルじゃなく光に対して弱くなっちまった。まさに先代魔皇ソラナキという闇の一族並みにな。


 身体強化系の魔法は確か光属性の十八番だったっけか? 

 けど無属性にだって割と種類は揃ってるはずだ。

 たぶんリオンドはそっちも使えるだろうに、なんだって俺の嫌いなほうを選ぶかね。……いや奴さんにとっちゃそれで正解なんだがよ。


「ボチ、カバー頼めるか」


「ガウル」


 ボチだって種族は『ケルベロス』だ。闇属性の攻撃ができるわけじゃねえが闇に連なる生き物(?)ではある。なんと言っても地獄の番犬だもんな。俺と一緒で光属性は苦手なんだが、しかし矢面に立ってほしいっつー頼みをあっさりと引き受けてくれた。


 リオンドの攻撃をボチが止め、そこを俺が刺す。

 単純明快だがこれ以上の策はねえだろう。

 せっかくの数の優位を存分に活用しない手はねえ。


 ただしこんな策は、リオンドにだって読めている。持ち前の観察力に頼らなくたって丸わかりだろうよ。当然、それを打ち破るべく動くはずだ……要はそれを更に俺たちが凌駕できるかどうかで決闘の行く末が決まると言っていい。


「準備はいいか、リオンド」


「ふ、待っていてくれたのか? 紳士的じゃないかゼンタ……礼に先手は譲ろう。いつでも好きなときに仕掛けてくるといい」


「そうかい。なら遠慮なく」


 やれ、と俺が言えば。

 即座にボチが吠えた。


「「「ガガァウルッ!!」」」


「……!?」


 そうだ、ただ吠えただけ。犬ならどいつも当たり前にする行為。だがそれを『アビス』モードのボチが全力で、かつ三つ首の全てで一点を狙ってやればどうなるか。


 ドラゴンのブレスのような必殺技とは違う、正真正銘ただの吐息ブレスでしかねえはずのそれは――局所的な嵐となってリオンドを襲った。


「『エアカッター』」


 圧倒的な暴風の壁。それをリオンドは一刀のもとに切り裂いて無力と化させた。


 っ、剣技と合わせて風魔法を……! 味な真似をしやがる。かまいたちを起こしてたガレルのような技じゃねえか。


 しかし、風で風を斬れるもんなのかっていう驚きもそうだが、それができるからってボチのアレ――『ハウリングブラスト』という技名にしよう――を真っ二つにできるかどうかは別だろうに! やはりとんでもねえ技量だぜ。


 だがボチにとってこんくらいのこたぁ想定内だったらしい。


「ガウルッ!」


 引き裂かれた風の道を突進。ビキビキと音が立つほどに筋力を引き絞った四つの脚で踏み砕かんばかりに地を蹴り、嵐すらも超えるスピードでリオンドに迫った。


 速え、と俺が思った瞬間にはもう両者は激突している。対格差は歴然、いかにリオンドと言えどこれだけの巨体がこれだけの速度で突っ込んできたのを正面から受け止めちゃあどうにもならねえだろう。


 と、思いきや。


「――『土の大精霊』」


「ガ、ゥ……ッ!」


「何ぃっ!?」


 よく見りゃ激突は、してなかった。

 ボチは真っ直ぐ進んだのに真っ直ぐ進めてなかった。

 下に落ちていたんだ。


 何を言ってんのかわからねーかもしれねえが、俺だって目の前の光景にはたまげてるんだから仕方ねえ。


 ボチの体がすっぽりと地面に埋まっちまってるんだ! まるでそこだけ瞬間的に液体にでもなって、身体が沈んだ途端に固まったみてーに!


 三つの頭だけ飛び出させてるボチの横には、土塊で形成された人型らしきもんが立っていた。こいつぁなんだ?


「精霊魔法。属性魔法とはやや趣の異なる特殊な魔法だが、知っているかな?」


「……!」


「言うなればこいつが俺の使い魔、土の精霊グノームスだ。……これで数の優位は消えてしまったな、ゼンタ?」


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