422.最善の道筋
「――勧誘。それがうちを訪ねた理由だってのか」
「噂に違わぬ人物なら味方にしておきたい。そしてそれは不可能ではないとも思っている」
「どうしてそう思う? カスカから俺の話を聞いてんだったら、そっちの陣営と俺が相入れないことはご存知のはずだろうによ」
それとも来訪者同士がどうして対立してるのかまではよく知らねーんだろうか? という考えが浮かんだが、俺の言葉をしかと肯定したリオンドの瞳にはちゃんとした理解の色が浮かんでいた。
「君の立派な志は知っている。その点で、『灰の手』に下った来訪者とは溝ができてしまっているということも」
「……それで?」
「だからこその提案だ。ここらでひとつ、きっちりとした優先順位をつけてみないかとな」
「優先順位?」
何と何に順位をつけるってんだ。
意味がわからず首を傾げた俺に、リオンドは底抜けに明るい笑みを見せた。
その顔の横に上げた手には、ピースサインがある。
「淘汰を阻止して人類を救うという目標と、同郷の者たちで別の世界へ帰還するという目標。そのふたつを同列に扱うことをやめて、後者一本に絞ってはどうか。俺が言いたいのはそういうことだ」
二本の指を一本に減らして、リオンドはそう言った。
片方に絞れ。どちらも実現に難儀する目標なら一個だけに集中しろ……っつーのは正論だとは思うがよ。
だがそりゃあ、目標を難儀にしてくれてる側が言い出したら喧嘩売ってんのと同義じゃねーか?
「へっ、なんてこたぁねえ。結局は上位者のシナリオに手を出すなと。それが言いたいんだ、の間違いだろ」
「要約すればそうなるかな。しかし、真に重要なことは要約に省かれる細部にこそあるものだろう。この場合、『灰』が守る上位者のシナリオに従うことは俺たち『灰の手』の大前提だ。誰が相手だろうとその邪魔をする者は許してはおけない。けれど邪魔立てする者全員に一律の対応を取ることはない。いま君を言葉で説得しようとしているのがその証になる」
「穏便な手段を選んでる、ってか? 力尽くを選ばなかったことに感謝しろっつってるように聞こえるな」
あるいはこりゃあ、揺さぶりをかけられてるんだろうか?
来訪者与しやすし。カルラの言じゃねーが、まだガキの俺たちを相手にこの男がそう捉えててもおかしくはねえ。強さの前にまず心が未熟だとな。
事実、一塊になって協力し合っててもいいところを、うちのクラスは完璧に二分されちまってるしな。それも別の方向を向くどころか、真正面からぶつかり合ってる形だ。
魔皇の選別をからがら防いで、そしてお次は神様の淘汰が目前……なんていう世界規模での重大事の最中にクラスメート同士で争いを増やしてるサマは、傍から見てりゃなんて馬鹿なんだと侮られてもしかたねーかもな。
「うむ……いや、説得という言い方が悪かったな。これでは俺の意図が誤解されてしまう。ここはこう言い直そう、俺は君の蒙を啓きに来たのだと」
「はあ? 宗教の勧誘だったのかよ。なら間に合ってるぜ、そういうのにいい思い出がねーんでな」
「おお、面白い返事をありがとう。だがそう言わずまずは聞いてほしい。現状の君の選択肢について、だ。そのために話を戻させてもらうが」
指を二本に戻し、再びピースを向けてくるリオンド。本人の朗らかな表情と相まって写真を撮ってもらおうとしてるどこぞの観光客みてーにしか思えん。端的に言うとアホっぽい姿だ。
「君の目標はふたつと言ったが、辿る道筋はその限りじゃない。ざっくり言って結末は四つあるだろう。①淘汰を阻止して皆で帰る。②淘汰を阻止せず皆で帰る。③淘汰を阻止しつつも帰らない。④淘汰を阻止せず帰りもしない……それぞれの成否を組み合わせるとこうなる。ここまではいいな?」
「……ああ」
なんか、いきなり講釈が始まったな。授業を受けてるような気分になって途端に尻の落ち着きが悪くなったが、我慢する。
最後まで聞かせてもらおうじゃねえか、俺の蒙を啓いてくれるらしいリオンドさまの弁論をよ。
「君が目指しているのは①。だが君も理解しての通り、この番号こそが最も達成困難な結末であることは言うまでもない。では逆に考えてみよう、最も達成の容易な番号はどれか? これもまた論ずるまでもなく、間違いなく④だ。①とは反対にどちらの目標も叶わないという結末だが……何せ君や君の仲間が何もしないだけで自然とそうなるのだから、容易などというものではないね」
俺は頷いた。まあ、間違ったことは言ってねえ。当たり前のことしか口にしてないとも言えるが。
「だけど君はそれを容認できない。易いからとそんな結末を選びはしない、となれば④は候補から真っ先に外れることになる。君が端から除外しているからだ」
「候補……、」
「そう、選ぶべき道筋の候補だ。実情として最も可能性があるのはどれか。つまり、君が努力によって勝ち得るものとして現実的なラインはどこか、ということだが……それは畢竟②に集約されると思う。何故なら淘汰を阻止できなかったとしても君たち来訪者が故郷へ帰ることになんら影響はないからだ。更に言えば、淘汰に協力的であればある程度『灰』や上位者との交渉もスムーズに進むだろう。俺から口添えしたっていい。ローネンからも。それが②であり、選ぶメリットでもある。淘汰を受け入れる代わりに、帰還の成功率を上げる。二兎を追わず一兎に全力を注ぐ……これぞ最善の道筋だと、俺は迷っているであろう君に教えにきた」
「……!」
この世界の人間の命。その大半が消されることを黙認する。もしくは積極的に加担する。
そうすればリオンドは、ローネンも巻き込んで『灰』への談判に協力すると言っている。
ローネンは『灰の手』のリーダー格だとこいつ自身が認めた。人類最強と政界の英雄が揃って帰還派の肩を持ってくれるってんなら、そらーデカい。定住派との趨勢は一気にこっちに傾くだろう。
だがよぉ……クラスメート間のパワーバランスはともかく、それが『灰』にまで及ぶかっていうと怪しいもんだぜ。
なんせこいつらは所詮、管理者である『灰』の手足として操られている側に過ぎねえ。その他大勢とは自覚を持っているかどうかの違いしかないってんだから、たとえ声高に来訪者の帰還を訴えたところで『灰』が素直に聞くような道理はねえんじゃねえのか。
「だがもしも奇跡的に淘汰を防げたとして、それが帰還の確率を高めるわけでもない」
「それは――」
「いや、言いたいことはわかる。その奇跡にこそ君は賭けているのだろう。確かにどういう方法であれ上位者たる存在の意思を曲げさせ、淘汰を行なわせなかったとすれば、そこには何かしらの奇跡が起きている。上位者の意に添わぬ行動を取りながらも帰還を許される可能性はゼロではない。ゼロではないが、しかし――」
立てた指を引っ込めて、リオンドはぐっと握りこぶしを作った。
「それはゼロと言い切ってしまってもいいくらい、極々小さな可能性だ。細すぎる道筋だ。それだけ淘汰の阻止という目標は難しいものだし、そちらを叶えつつ帰還も目指すというのは……とてもじゃないがまともな選択とは言えない。そうわかっているから君も奇跡などというものに頼らざるを得ないわけだ」
「…………」
「安心してくれ。現実的でないとはいえ、それでも君の志が立派であることに変わりはないよ。君には正義がある。人の死を許せず、友たちの平穏を望む。その純なる正しさに俺は感銘を受けた。シロハネ嬢よりも君に味方になってほしい。淘汰を前に無駄に争うことを共に防ぎたい、と。そしてそうなってくれたならせめて、君らのために帰還の願いだけはなんとしても叶えてやりたいと……俺はそう思ったんだ」
どうだろうか、とリオンドは開いた手を差し出してくる。
この手を取るか、否か。
実現困難な目標を諦めて……淘汰を受け入れて、せめてクラス皆での帰還だけを目指すこと。それとも、あくまでも両方の達成に拘って無理無茶無謀な道を突っ走るか。
ああ、そりゃ言わずもがな。
どっちが賢い選択かなんてわかりきってることだ。




