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420.世界一の能無しだ

「来たか」


 緊張が走る。たかがチャイムなんかにこんな警戒心を抱くのは初めてのことだぜ。中でも、この中じゃ一番戦闘から遠いヤチははっきりと顔を青褪めさせているくらいだ。


 しかし習慣ってのは恐ろしいもんで、そんなに怖がってても体は自然と客の確認に向かおうとしている。わざわざ着ているメイド服は伊達じゃねえな、もはや本能の域だろこれ。


 普段なら大人しくヤチに任せるとこだが、客が誰かはわかりきってんだ。一人で出迎えさせるわけにゃいかねえ。俺たちもヤチの後に続いて玄関へと急いだ。


「お、お待たせしました……」


 声を尻すぼみにさせながらもどうにかヤチが『家政婦ハウスキーパー』らしい態度を崩さずに扉を開ける。そこにいたのは――。


「トードさん!」


「おうゼンタ。急に押しかけて悪ぃが、なか入ってもいいか」


 目の前にでんと立ってたのはトードだった。チャイムを鳴らしたのはこの人だったらしい。けどもちろん、トード一人だけってこたぁない。


「こいつもな」


 そう言って一歩横へとズレたトードの後ろから顔を見せたのは、若い男だった。


「紹介するぜ、リオンド・アントギクス。俺の古い友人で、世界一の能無しだ」


「の、能無し……?」


 友人の紹介とはとても思えない文言に俺はたまげたが、そんな風に言われた当の本人は「はっはっは」と快活に笑った。


「おいトード。久しぶりに会った友人に対してそれはあんまりな物言いじゃないか」


「そうか。何せ久しぶり過ぎたもんで、お前への気の使い方ってのを忘れたみてーだ。あれだけの面子を腐らせてることにポロっと本音が出ちまったよ」


「ほぉ……荒くれトードも随分と変わったな。すっかり組合長が板についている」


「そういうお前は変わらんな。相変わらず嫌味のひとつも通じやしねえ」


 その言葉にもリオンドは楽しそうに笑うだけだ。

 嫌味が通じないというか、この男自身に嫌味がないって言うべきか。


 トードとも仲が悪いんじゃなく、むしろ気心知れてるからこその悪態って感じがする。聞くに相当長い間会ってなかったようだが、その空白期間を思わせないほどに二人の距離は近い。


 駆け出しの頃から一緒に命を預け合った関係だもんな。多少疎遠になったところでギクシャクするようなことはないんだろう……そしてそのせいもあって、トードとしちゃあやりにくいことこの上ないってのもありそうだ。


「とまあ、見ての通りリオンドは若干空気の読めねえ男だが、悪いやつじゃない」


 悪いやつじゃない――それは、既にマクシミリオンの見解を聞き、自身も概ね同意を示した男が言うには思い切ったセリフだった。『最強団ストレングス』の立ち位置を理解できてねえわけじゃねえってのに、それでもこの人は……。


 俺の視線の意味をトードも汲み取ったらしく、真剣な顔付きで頷いた。


「何もしねえさ。何もさせねえ、俺がな」


 奇しくもさっきビートたちに俺が吐いたのと同じような言葉をトードも口にした。だからわかるぜ、そこにはかなりの決意があるってことがな。


「Sランクギルド『最強団ストレングス』のリーダーがAランクギルド『葬儀屋アンダーテイカー』のリーダーと話をしたいと言うんだ。この地の組合長として俺も同行し、責任を持って見届けるつもりだ」


 いつか俺とサラが初めてアーバンパレスと相対したときのような厳粛な雰囲気でトードはそう告げた。組合長として、か……頼みは聞いたのは友人だからってだけじゃあねえと。


 こうして組合長直々に案内までしてやってんのも、同行者は他ならぬ自分じゃないといけねえと考えたからなんだろうな。


「トードさんがそう言うんなら否やはねえよ。どうぞ遠慮なく上がってくれ」


「……ありがとよ」


「やあそれはよかった。では、失礼して」


 深い感謝の伝わるトードに対して、リオンドは臆面もなく自然体にギルドハウスへと足を踏み入れた。おいおい、マジで空気なんぞどこ吹く風って感じの男だな。


 今し方アップルからこいつの素性を知らされてなけりゃあ、本気でトードの旧友がポレロへ遊びにきたんだとしか思えなかっただろうぜ。


「うむ、これはいいギルドハウスだな!」


「確かに、思った以上に整ってんな。ゼンタにしちゃあちこち可愛らしすぎる気もするが」


 玄関口から入ってすぐのリビングは食堂が見える上に三階まで吹き抜けになっている。そこでざっと内部を見回したリオンドが開口一番に褒めると、それにトードも続いた。


 ああ、そういやトードはまだ家ん中を見たことなかったんだったな……なんかとうに招いてた感覚だった。


 ちなみに、お隣さんのパインはアップルを引き取りに何度かこっちにも顔を出してるぜ。まあそれもギルドハウス完成直後のしばらくの間だけで、最近はご無沙汰だがな。どっちかっつーと俺たちが『リンゴの木』に出向くことのほうが圧倒的に多い。


「まあ、そこに座ってくれよ。うちに応接室なんてもんはねえからさ。ヤチ、茶とつまめるもん出してくれ」


「畏まりました、ご主人様」


 リビングのソファに並んで座った二人に、ヤチが甲斐甲斐しい態度でワゴンから出した紅茶を注ぎ、ケーキも用意した。


 本当に便利だな、このなんでもワゴン……俺も戦い一辺倒じゃなくこういうスキルが欲しいぜ。割と切実に。ま、味で言うとそこそこってところなんだがな。不味くはねーが、格段に美味いってわけでもない。普通も普通だ。


「ドライフルーツのカップケーキか」


「俺にはイチゴのショートケーキ……凄いじゃないか、好みにぴったりだ。トードはともかく、どうして俺好みのスイーツまでわかったんだい?」


「ヤチは俺と同じ来訪者っすから。スキルの力で、そのワゴンから出されるもんに苦手だったり食えねえもんは混ざらないようになってんすよ」


「ほう……本当に便利だね、来訪者の力というのは」


 おっと、俺とまったく同じこと思ってらぁ。

 俺からしても羨ましいくらいなんだから現地民にとってはもっとだろうな。


 にしても、トードはそもそもスイーツなんか食わないタイプかと思ってたぜ。カップケーキとか好きなのか……いや別に何も変なことはねーんだが、厳つい巨漢にちっちゃなケーキっていう組み合わせがなんつーか、ちょっとしたギャップがあるな。


 反対にリオンドは嬉々としてショートケーキを口に運ぶ姿にも意外性はない。トードの厳めしさに対し、こっちはスマートな印象を受けるなかなかのイケメンだからかね。 


 あとは見た目の差ってのもあるか。

 リオンドはトードよりも下の年代のマクシミリオンよりも、更に下の年代に見える。


 どっちかと言えば俺たちに近いぐらい……二十代の半ばから後半ってところか。トードとは父と息子くらいに歳が離れてるようにしか思えん。

 が、関係性を踏まえるにこの二人は間違いなく同年代であるはずだ。


 つまり、これこそがまだ見ぬ『最強案ストレングス』メンバーの力。ヴィオ・アンダントの時間魔法による効果なんだろう。


 肉体の時を止めてる、という噂は仮面女の例に漏れずこのリオンドに関しても真実だったってわけだ……まったく、そうポンポンと不老になんぞなるもんじゃあねえぜ。人間の枠組みを気軽に超えすぎだろうがよ。


 って、そんなことを魔族化(?)の進んでる俺が言ってもしょうがねえかもだが。


「ギルドともなりゃ組合を通さず依頼も受けられるんだ。応接室ぐらい作ってもバチは当たらねえぞ、ゼンタ」


「作るときはそう思ったりもしたけどよ、ここで話聞いたほうが早えかなって」


「効率重視だけじゃなく体面ってもんにも少しは拘ったほうがいいぞ……だがまあ、ギルド長はお前なんだ。お前の好きにすりゃいいが」


「そうだともトード。うちにだって応接室なんてものはないぞ」


「バカ野郎、お前んとこはそもそもギルドハウス自体が今はねえだろうが!」


 本来ならギルドとは認められねえぞと睨むトードに、そんなことを言うなよとリオンドが笑いながらバシバシと背を叩く。

 ……うーむ、仲がいいのは十分わかったんで、そろそろ本題に入ってくんねえかなお二人さん。


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