42.魂の着地点
読み返してるんですが、誤字はなくなりませんね
報告感謝です
「村長!」
「……、」
大急ぎで走った俺たちは、村長が墓所へ行っちまう前に追いつくことができた。
ミルスに呼ばれてのそのそと振り返ったのは、一人の爺さんだった。
「……おぉ、ミルスか……」
「ミルスか、ではないですよ! 何をしているんです? 墓所には決して一人ではいかないようにしようと、皆で話し合って決めたじゃないですか。それも日暮れも近いこんな時間帯ならば、余計に危険ですよ」
「あ、あぁ……そうだった、そうだったな……」
乱れ気味の白髪の奥で目をしょぼしょぼとさせて頷く村長。村の代表と言う割には、なんだか覇気のねえ人だ。身なりにも気を使っている感じはしねえし、それを取り繕うためか少し香水が鼻につく。そしてその丸まった背中は、どうにも疲れ切っているようにも見えるな。
彼がはきはきと言葉を返さないことに、ミルスも不安になったようだった。
「村長。失礼ですが、お気は確かですか? ゲンを始めとする墓所へ向かった失踪者は全員が、何かに操られるようにふらふらと歩いていたと言われています。まさか村長にもそういったものが……」
「いや、いや……わしは大丈夫だ。気も、確かだとも」
「本当に? 念のために村長の家を調べても構わないでしょうか? あの奇妙な汚れがついていないか確認を――」
「ならん!」
そこで急に大声を出した村長に、ミルスはびくっとした。俺たちも同じくそうなった。
だって形相がよぉ、それまでのしょぼくれた表情から一気に鬼気迫るものになったんだぜ? そらビックリもさせられるわな。
そんで、そんな俺たちの反応にハッとなった村長は急速にまた覇気を萎ませた。
「大丈夫、大丈夫だとも、わしなら平気だ。妙なものに操られてはおらんさ……」
「村長……そうですか。しかし、それならそれでご自重いただきたい。二人だけの時間を大切にされていることはよく存じていますが、今は非常時なのです。どうしても墓所へ行きたいのなら、同伴者をつれてください。でないと危険すぎますよ」
「おぉ、次からそうしよう……今日はついうっかりとしていた。心配かけてすまんな……」
そこで村長はミルスの後ろにいる俺たちをちらりと見た。
「彼らは組合から派遣された冒険者です」
「この子らが……」
「はい。腕前は確かなようなので、きっと解決してくれます。そうなればまたいつでも会いに行けますからね。それまでどうかご辛抱ください、村長」
「うむ、うむ……わかったよ、ミルス。辛抱せねばな……」
何故か俺たちから顔を背けながら、ろくな挨拶もなしに村長は村へと戻ってしまった。
冒険者を信用してないにしても、ちょっと素っ気なさすぎる気もするぜ?
「あの、『二人だけの時間』というのは」
「ああ……実は村長は、失踪事件が起きるよりも少し前に、一人娘のミェルを亡くされているんだ。彼は早くに奥さんとも死別してしまっているが、男手ひとつでもそれはもう大切に彼女を育てていたよ。けれど、不幸にも母方と体質が似てしまって、ミェルは体が弱かった。肺や心臓といった重要な器官がすぐにやられてしまうんだそうだ。俺たちは何度も街医者に診せたが、結局は治らずじまい……教会にもつれていったが、費用もさることながら治療に耐えられる体力がないと言われてしまってね。それでも彼女はよく頑張っていたけれど、ついに……」
「そうですか……」
「病弱さにも負けずに明るくて、良い子だったよ。それだけに村長の落ち込みぶりは、もう目も当てられなくてね。外見も三十歳は老け込んだように見えるくらいだ」
さっき言ってた村長の心労ってのは、そういう意味だったのか。
大切な人が眠ったばかりの墓所に、何かよろしくないもんが居ついている。
そんでそれをどうにかするために余所者に荒らさせる……そんなの想像しただけで気が滅入るってもんだろうよ。
もちろん俺たちゃいたずらに墓を荒らすような罰当たりな真似をするつもりなんてねーが、村長からしたらそうとしか見えんだろう。
依頼を出すのに賛成しなかったってのも、無理はねーかもしれんな。
「……とにかく、調査を頼むよ。そして原因を突き止めて、それを排除してほしい」
「了解っす。じゃあまずは、噂の墓所を見てみっか」
だいぶ傾いてきているが、まだ陽もある。取り掛かるのは少しでも早いほうがミルスたちもありがたいだろうし、今のうちに調査しちまおう。
というわけでミルスは村に戻り、俺たちだけで墓所へ向かった。
と言っても距離的にはすぐ見える位置なんで、そう離れちゃいないんだが。
「ここにミカケ村で亡くなった人らが眠ってんのか……」
一応、両手を合わせておく。正しい作法なんて知らんが、こういうのは気持ちが大事だ。上を歩き回って騒がしくさせちまうことを、最初で謝罪しとかんとな。
「話がある」
三人で墓所へ入って、いざ調査を開始しよう! としたタイミングでメモリがそんなことを言った。
「なんです、メモリちゃん?」
「家屋の汚れについて」
「ああ、あのねっちょりしたやつか。アレがどうかしたか?」
「わたしはあれを知っている」
「「!」」
思わぬメモリの告白に、俺たちの目は丸くなる。
村人たちを怖がらせている謎の汚れの正体が、メモリにゃわかってるってのか!?
「あれは燐と動物の内臓を焼いた灰を混ぜ合わせた物。一般的には、ネクロマンサーが触媒として利用する」
「燐と灰だと……!? だったらあれは……」
「じゃ、じゃあ……村人の家の扉に汚れをつけたのは、どこかのネクロマンサーということに?」
「そうとは限らない」
「「へ?」」
混乱する俺たちをもっと混乱させてくれるメモリ。なんだ、いったいどういうこった?
「あれは、かなり時代が古い。今時のネクロマンサーが使うことはない……。もしも使用者がいるのなら、それはおそらくネクロマンサーとしての適性が皆無に近い者が、それでも死霊術の真似事をしたいとき。……わたしにはそれくらいしか思いつかない」
そ、そうなのか。よくわからんが、俺と違って生粋のネクロマンサーであるメモリが断言するってことは、たぶんそうなんだろう。
ってことは、ネクロマンサーが容疑者かと思えば、真相はその逆か。
「ちなみにありゃあ、どういう目的で使うもんなんだ?」
「……目印」
「目印、ですか?」
「そう……ネクロマンサーは様々な意図で魂を呼び出す。呼び出した魂の着地点。そういう意味での、目印」
「それってつまり――」
「――家の汚れは、まさか?」
「……」
こくり、とメモリは頷いた。
俺たちの想像と、メモリの推理は一致しているらしい。
「そうかい。墓所に原因があるのは確かみてえだが……どうやらそれを手助けしている第三者もいるっぽいな」
「それもおそらくは、村の住民の中に、ですよね」
「ああ。じゃねえとこっそり人ん家に灰を塗るなんて真似はできねえしな」
なんてこった。推定アンデッドを見つけ出して倒せば終わりかと思えば、それだけじゃ済ませられそうにねえ。下手人が村人の誰かだってんなら、そいつもとっ捕まえねえと事態の解決とは言えんだろう。
「……リアクションが怖いが、ミルスさんに話さんわけにはいかんな。あの人の協力なしじゃ誰が怪しいかなんてわかりっこねえ」
「話すのは、賛成。……だけど、誰が怪しいかはもうわかっている」
「……! メモリ」
「あなたも、きっとわかっているはず」
「…………」
「え、え? どういうことですか?」
サラはきょときょとと俺とメモリを交互に見ている。
できりゃあ俺も、気付きたくはなかったがな……。
「じゃあ、やるべきは釣りか」
「ミルスに協力を仰ぐべき」
「だな。早速、今日の夜でどうだ」
「急ぐのも、賛成」
メモリから賛同を得られたんで、俺も腹をくくる。
どうも今回のクエストは、解決しても晴れやかな気分にゃなれそうもねえからな。
「もう、二人だけで通じ合っていないで、私にもどういうことだか教えてください! 仲間外れはひどいですよー!」
「サラ、しー」
「うるさい子扱いですか!?」
「そうじゃねえ。いや実際やかましいけどな。ただ、ここではあんまし騒ぐな」
「あ、そ、そうですね。墓所では静かにしないとですよね」
「それもあるが……見られてっからよ」
「えっ?」
きょとんとしたサラが、メモリを見る。するとメモリも頷いた。
「何が? 何が私たちを見てるんです……?」
「さてな。だが、いやにじっとりとした視線だ。確実に俺たちが敵だとわかってるな」
「放っておけばいい。今は、何もしてこない」
「らしいな。んじゃ、さっさと村に戻ろうぜ。俺たちだけじゃ、いくら調べたって意味はなさそうだしよ」
「だから何が見てるっていうんですかー! もう私、ネクロマンサーのことを嫌いになりそうです!」
小声で叫ぶという器用な真似をしながら、サラは涙目でそんなことを言った。
こいつも何かを怖がったりするんだな、と俺はすこぶる意外に思ったね。
言ったらキレられそうなんで口にはしなかったが。




