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416.語りたがらないパインの口から

「はい。それでは約束の通り、ゼンタさんには罰として鼻からパスタを食べてもらおうと思います!」


「ちょっと待て、おしおきが聞いてたのと違いすぎる。つーか罰ってお前な」


 いやそれ以前に、と俺は言った。


「よく思い返せ? 俺は約束を破ったりしてねえぞ。サラ、お前がやるなっつったのは『敵陣に一人で突っ走ること』だ。今回は敵のほうからやってきたんだから反故にはしちゃいないぜ」


「わー、用意してた言い訳という感じで素晴らしいですねー。それじゃあ追加でグラタンも食べてもらいましょうか。もちろん出来立てあっつあつを鼻からですよ」


「いや死ぬ死ぬ! 下手な拷問より拷問だろうが! いっそレヴィの尋問はお前が担当したらいいんじゃねーの!?」


 笑顔なのに能面めいた印象を受ける怖い表情で顔が固定されたサラは、パスタを巻きつけたフォークをぐいぐいと俺の鼻あたりへ押し付けてくる。


 真夜中の出来事から一晩が明けた朝。ギルドハウスの自動警備システムの段階を引き上げて今度こそ俺も眠りにつき、目覚めた途端に食堂に連れ出されてこうだ。


 まさか寝起きからこんな極悪な仕打ちを受けることになるとはな……ちなみにパスタはヤチのスキルから出されたものである。


 お察しの通りヤチも食堂内にいるが、アップルと一緒に朝食を取っているあいつからはサラを止めようって気配は微塵も感じられない。たぶん、サラほどわかりやすくはないがヤチはヤチでけっこう怒ってるっぽいぜ。


「自分で食べられないなら私が食べさせてあげますからね。ほらゼンタさん、鼻をあーんしてください」


「シスターのくせに悪魔かお前は」


「――待って、サラ」


 視線の主の見当がついていながら、自分から誘い出したうえにギルメンの誰にもそのことを伝えてなかったのは確かに俺が悪い。


 という自覚があるだけにろくな抵抗もできず、顔中がミートソースでべっとべとになっていく俺に救いの手を差し伸べてくれたのは……ここまで拷問を静観していたメモリだった。


 もっと早く口出ししてほしかったってのが本音だが、サラの手を止めてくれただけでもありがてえ。危うく俺のほうが何か前衛的な料理にされちまうところだったぜ。


 ヤチの慈悲か一応は置かれてたおしぼりで顔を拭く俺を他所に、サラはぶーと不満気に頬を膨らませていた。


「どうして止めるんですかぁ。メモリちゃんだってゼンタさんのやり口、酷いと思うでしょう?」


「それには全面的に同意する。……けれど、契約の文言を突き詰めなかったサラにも落ち度がある」


 け、契約。あの口約束はそんなに大仰なものだったのかと内心で呆れる。


 いやまあ、俺だって蔑ろにするつもりはなかったけどよ。だからこそ約束の裏をかいてカスカのほうから接触してくるように仕向けたわけだしな。


「罰というのならパスタを食べさせるよりも、契約内容の更新と徹底に努めるべき。解釈の余地を残さないように……そうすれば、彼も迂闊なことはできなくなる」


 言質さえ取っとけば絶対に守ってくれる。

 そう信頼されてると取ればいいのか? 


 あるいは言質を取り切れないと信用ならないやつだっていう辛辣な判定なのか……いずれにしても、拷問をストップさせたからと言ってメモリがサラほど怒ってねえかってえと、決してそうじゃないらしい。


 口調からしていやー、こら見事に怒ってらっしゃる。


 今いる面子の中でまだしもフラットなのはアップルくらいのもんだ。

 これまたヤチが出したハムエッグにサラダにトースト、それからオレンジジュース。というシンプルな朝食を胃に納めてナプキンで口元を拭ったアップルは、それを丸めて皿の横に放り捨てながらこっちを向いた。


「ゼンタを縛り付けるための契約はお二人さんでじっくり練ってもらうとして……今は私にもちょっと時間をくれるかな」


 アップルの言葉にサラとメモリはぴたりと口を閉じて、聞く姿勢に入った。


 ――カスカたちの撤退のあと、アップルはギルドの私室ではなく『リンゴの木』のほうに戻っている。それは一刻も早くトードからとある話を聞き出すためだった。


「叩き起こすつもりだったんだけど、仕込みがあるわけでもないってのにまだ起きててさ。たぶんパインもうちの騒ぎに勘付いてたんだろうけど、都合いいやってそのまま聞いてみたよ……『最強団ストレングス』のメンバーについて」


 アップルなりに焦りを抱いた、ってことらしい。


 カルラや鼠少女の危惧する『灰』陣営からの速攻を、しかしそうは言っても動くのが『灰』そのものではなく『灰の手』の公算が高いからには、所詮は人間のやること。準備期間は向こうにとっても必要だろうと、言うほど速攻の脅威はないはずだ――と賢いアップルはごく常識的にそう判断していた。


 ところが独断専行でカスカがチームで動き、それに付け入るようにしてレンヤまでやってきた。


 両者のやり取りを生で見たことでアップルも感じたことだろう。


 一口に『灰』陣営と言ってもその内情は複雑。

 管理者と協力者の二枚体制ってだけじゃあなく、『灰の手』内でも様々な思惑が渦巻いてるってことが、恐ろしいまでの不安定さがよくわかった。


 だから焦った。これじゃちょっとしたことを切っ掛けに『灰の手』が巧遅拙速を地で行くことも十分に考えられるとな。


 実際のところどうなるかは敵次第なんで、これは杞憂だともそうでないとも言える。現状どちらにも転びうるもんだ。


 もしもローネン率いる『灰の手』が魔皇とは違って長期スパンで人類の削減のために動くってんなら、ない襲撃に怯えて浮足立つような真似はそれこそ付け入る隙を晒すことに繋がるし、水面下での動きを見逃す原因にもなりかねない。


 とはいえ、最悪を想定するなら今この瞬間に『灰』陣営が好き放題に暴れ始めることがそうだ。すぐにも直接的な対決となった場合、何が一番の脅威か? 


 それを考えたアップルは早々にその対象である『最強団ストレングス』に関する情報を、普段はあまり語りたがらないパインの口からなるだけ引き出してきたようだ。


「昔話をしねーっていうパインさん相手にうまくやったな」


「状況が状況だからね。パインとしても語らざるを得なくなったんだろうさ」


 あー、それもそうか。


 マクシミリオンが仮面女たち向けて抱いた懸念なら、元チームであるパインだって当然持ってたはず。それももっと昔からな。


 そして今回の魔皇軍襲撃、からの『灰の手』の露見と離反。それらも組合長のトードを通してパインにだって知らせが行ってるであろうことを思えば――トードもまた仮面女と元チームだ――今更口を重くなんてしてらんねえわな。


 自分の娘と旧友が敵対する、かもしれねーんだ。

 まだそうなると決まったわけじゃないとはいえ、その点はマクシミリオンと同じくパインもほぼ確定的と見ているんじゃねえかな。


 ややもすれば戦うどころかガチの殺し合いになる……そうなったときさすがに娘の味方になるのを迷いはしねえだろうが、だからってなんの悔いもなくかつての仲間たちを討てるかっていうと、それは違うだろう。


「そこらへんのことは何も言いはしなかったけどね。ただ、昔の仲間がどういう連中なのかを初めて詳しく教えてくれた。ただそれだけ」


「そうか……」


 いくらなんでも戦うなとは言えやしねーか。娘だからって、そんで敵が旧友だからってな。


 アップルはもうギルドに属する立派な冒険者の一員だし、仮面女たちなんてその大先輩だ。それに対して宿屋の主人としてやれることと言えば、精々が昔話くらいのもんってわけだ。


 無論それは、パインが宿屋の主人という自分に拘るのであればの話。

 大ムカデんときはトードの声に応えて一日限りの現場復帰をしてたくらいだ、今回だってそうするかもしれない。


 そしてその際にはトードと並び『最強団ストレングス』の真ん前に立ち塞がるだろう……と、俺は思うぜ。


「パインは今でも強いけど、錆びついてないわけじゃない。クエストこそ受けてなくても現役な『最強団ストレングス』の面子とは比較にもならないでしょ。それは本人だってわかってるだろうし……あんまし期待し過ぎてやらないでほしいな、ゼンタ」


 珍しく普通に父を慮る娘の顔をしながら、アップルは少しだけ苦笑してみせた。


 本当に仲のいい親子だよな、こいつら。両親どっちの顔すらも知らねー俺からすると不思議なような羨ましいような……親がいるってのはいったいどんな感じなのかねえ。


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