413.まだ折れちゃいねえ
どうしたもんか、と考えを巡らせつつも歯噛みすることしかできねえ俺を、レンヤは小馬鹿にしながら見下ろしてきやがる。
「へっ、それにしてもゼンタ。少し見ないうちに服のセンスが変わったか? 前はイカした革ジャン着てたってのにそりゃあなんだ。タンクトップに短パンって、田舎のガキかよお前は」
「うっせーよボケ……人の服装にまでケチつけんなや」
あの革ジャンは俺だってオキニだったんだ。だがインガとの戦いで消し飛んじまったんだから仕方がない。ないもんは着れねえ。だから今はこんな恰好をしてる。
サラが言ってたショッピングってのは、そういう意味でも悪くない案だ。一張羅を失くしちまったからには俺も新しい服を見繕いたいからな。
んで、その買い物をするためには……この窮状からどうにか脱さないといかん。
「おっとぉ!」
「ッぐ?!」
スキルの重ね掛けでパンクしねーかっつーリスクはあるが、それを背負ってでも攻勢に出ようとした。
具体的にはさっき言った通り、【亡骸】+【怨念】でデバフから逃れつつカスカたちの動きを封じるっていう策を実行しようとして――それが叶わなかった。
やはりレンヤには俺が何をしようとしてんのか、大体読めてるらしい。それだけじゃなくいつ仕掛けようとするかっていうタイミングまでも。
その証拠に、やろうと思った瞬間にもう俺は攻撃を受けていた。
おそらくはなんらかのスキル込みであろう妙に重い蹴り。それを腹に食らって、無様にひっくり返っちまう。【重責】のせいで相変わらず意思通りにゃなかなか動いてくれない体で四苦八苦しながら起き上がる俺を、レンヤはコートのポケットに両手を突っ込んだままじっと眺めていた。
ちっ、反撃しない……できないってことまで、こいつには正確に見えてるみてーだな。
何もかも筒抜けか。やりにくいったらありゃしねえぜ。
「ヒャハ! 見え見え過ぎんぜ、ゼンタ。そんなんで俺様の裏をかけるとでも? 無駄だ、無駄。動きがいつも通りだってんならまだしも、その死にかけの亀みてーなノロさじゃあ何やったって俺様にゃ通用しねーよ」
「そうかよ……調子乗りのてめーになら十分通じると思ったんだが。意外と臆病だなぁ、レンヤ」
「あぁ?」
「死にかけの亀なんかにビビって警戒しまくってよぉ……そんなに俺が怖ぇのか?」
「――ヒャハハ」
亀にも劣る雑魚。そういうつもりで放ったセリフは、きっちりその意図まで伝わったようで。
レンヤのこめかみにビキッと血管が浮いた。すげーな、どんだけキレてたらこんな漫画みてーなことできんだ?
「まぁだ挑発するか。まるで今の自分がどんな状況かわかってねーようなその態度……盛大にムカつくぜ。だが繰り返し言ってやろう……それでこそ柴ゼンタだとな!」
「がッ、」
もう一発、今度は頬に拳を食らった。やっぱ激烈に痛ぇ……!
気が遠くなりかける、が、どうにか堪える。
足も踏ん張ってなんとか倒れねえようにする。
これ以上こいつの眼前で這いつくばることは、俺のなけなしのプライドが許してくれねえ。
「そうだ、その意地だぜゼンタ。そうやって下らねー意地を張れるお前だからこそ屈服させがいがある。大した労もなく従わせることのできた腑抜け共とは違う! お前こそが俺様の腹心になるべき男なんだ――そのためなら!」
「ヅ……っく、」
更にもう一発! もっと強烈さを増した拳が反対側の頬を打ち抜く。ぐらっと意識ごと上体が傾く……だが倒れねえ、気絶なんかしねえ。
「いくらでも痛めつけてやる。お前のそのプライドがぽっきりと折れて! 俺様に頭を垂れることになんの躊躇もなくなるまで、何度でも俺様が刻み付けてやるってんだ! 上下関係ってやつをその心と体になぁ!」
「ッッ……!」
思い切りのいいアッパーで顎をぶち上げられる。脳みそがシェイクされて、足元が急にドロドロのぬかるみに変わったようにまともに立っていられなくなった。
――だけど、それでも倒れない。意地を張ることはやめない。
俺のプライドはまだ折れちゃいねえ……!
「ヒャッハ! これも耐えるか! つくづく大した男だと感心するぜぇ……お前は俺様にとって掛け替えのない部下になることだろうよ。そういう奴を屈服させるのが『支配者』という職業! 世を統べる男として決定づけられた俺様の為すべきこと!」
「ロ――支配者……」
そういやそうだ、レンヤはそんな冗談みてーな職業だったな。
カルラの『姫』も大概だが、レンヤのはもっとひでえ。元から自信も自意識も過剰な男なんだから、そりゃこうも増長するってもんだろう。
こいつに支配者なんて字面は一番与えちゃいけねえよ。
元の世界じゃ一匹狼気取りで、つるむのは弱いやつのやることだと見下してた。だからまだよかったんだ。
それが異世界で来訪者になって、特別な力を持って、部下を持つ理由まで得られたからには……もう止まらない。レンヤは思うがままの覇道を突き進むことにそれこそなんの躊躇もねえはずだ。
自分こそが頂点だと信じて疑わず、全てを支配することが当然だと。
こいつの頭にはすっかりそういう図式が出来上がっちまってる。
「【隷属】がまだ反応しねえなぁ……いいぜゼンタ。まだまだ俺様に刻んで欲しいってことだな? お望み通りズタボロにしてやるぜ。安心しな、ぶっ壊したりはしねえからよ。その手前までで勘弁してやらぁ!」
「っ、レンヤ!」
「黙ってな白羽ぇ! 負け犬の声なんざ聞こえねえと言ったはずだぜ!」
思わずといった調子で制止の声を投げかけるカスカだが、レンヤがそれで止まるはずもない。
それに俺のほうが戦いを選んだ以上、カスカにとってもレンヤが俺を倒す、ないしはスキルで強制的に味方に引き込むってのは今後のためにも助かることだろう。
そう理解できているからこそカスカは強く止められねえし、ヨルなんかは元から手出ししようって気は皆無で静観してんだ。
カナデとハヤテは、レンヤのやり方に拒否感でもあるのかちょっと迷ってる風ではあるが……ってより、どうしたらいいのかわからねえって感じか?
まあなんにせよ、カスカたちの助けは期待できねえってことだ。元から対立してんだから期待すんのがおかしな話でもある。
だったらやはり、ここは自力でなんとかしねえとな。
「ふーっ……、」
「良い目だ。楽しみだぜ、その強い目からいつ光がなくなるか。俺様の靴を舐めるお前がどんな顔をしてるか! 想像しただけで笑えてくるなぁ!」
大地を足蹴にするようにして踏みしめるレンヤ。そうしながら引き絞られた腕には、並々ならねえ力がこもっているのがよくわかる。
ガチの一撃。最初に俺を襲ったのと同じか、それ以上のもんがくる。そう知れていても今の俺にゃどうしようもねえわけだが……。
「重ねて【君臨】発動。加えて【天理】も発動! ヒャハハ……とくと味わえよ、こいつが真なる覇王の拳だァ!」
覇王。そんなもんを自称するとは恥ずかしい野郎だ。と言ってやりたかったがしかし、発射準備の整ったレンヤの拳にはそう名乗っても何もおかしくねえだけの迫力が宿っていた。
これはヤバいぜ、この状態でまともに食らったりしたら――マジでどうにもならなくなる!
「そうだゼンタ、ようやく解ったかぁ?! お前は俺様に!」
ずん、と裏庭を揺るがさんばかりの踏み込みで。
「完膚なきまでに敗北すんだよ!!」
打ち出されたレンヤの殴打が、真っ直ぐに俺を捉え――
ガッッキィイイイィイイインン!!!
――ることはなかった。
「ッ、何ィ!?」
自分の拳が止められた。その事実に表情を歪めるレンヤ。それを盾越しに見ながらも、俺もまた驚きで固まっていた。
「『シールドプロテクション』……!」
防ぎようのなかった一撃を防いでくれた俺の仲間。
サラ・サテライトのあまりにも頼もしい、その後ろ姿に。




