411.あんまし褒めたくはない手段だが
「せいやぁっ! 『メテオスラッシュ』!」
青い光の軌跡を描きながら振るわれる剣撃。それを紙一重で躱しつつ【技巧】で羽根の群れを叩き落とす。が、それに追加された血の散弾はさすがにキツい。『ブラックターボ』を足裏から噴射させることで俺は体を動かすことなく上空に逃れた。
「まだだ! 俺の流星はカーブを描くんだぜ、柴!」
「!」
「上昇の『メテオスラッシュ』だ!」
飛び上がった俺に追随し、まるで剣自体に引っ張られるようにしてハヤテも宙を翔け昇ってきた。一度躱したくらいじゃ躱したうちには入らないらしいな。面倒な技だ。
噴射に使った闇を今度は足に固める。
「『燐光』――【黒雷】蹴り!」
「っぐう!?」
加速させた【黒雷】の下蹴りで剣を叩き返す。いくら来訪者の身体が斬れないっつっても素手であの剣には立ち向かえない。『常夜技法』の闇属性や【黒雷】の死属性で部位を守ってねーと大ダメージは必至だろう……だが逆に言えば、しっかり守ってる部位ならこうやって刃にぶつけてもへっちゃらだってことだ。
軌道を曲げられてもまだ推進力が衰えず、そのせいで「ああぁー……」と声だけ残して明後日のほうへ飛んでいくハヤテ。を見送る間もなく音の爆発が起こる。
「危ねえ危ねえ」
一人離れた位置にいるカナデの仕業だな。俺のいる空間を狙って正確に射撃、ならぬ歌撃を行なったんだ。それを【先見予知】で見越した俺は闇の噴射で音の暴力から逃れた。
その先にはカスカの翼が待ち構えている。
こいつ、さっきから先読みが上手い……!
「【翼撃】発動――『ツインエンジェルスマッシュ』!」
「【技巧】発動――三連『絶死拳』!」
「「ッ……!」」
カスカの翼の攻撃には抜群の破壊力がある。まず翼自体が異様に硬いし重たいからな。それを全力でぶつけるってんだからそりゃ強い。しかも今はカナデの『戦いの調べ』とやらで強化もされてる。
だがそれにしたって『絶死拳』三発ぶんと互角たぁたまげるぜ。
「けどなぁ! っらぁ!」
「うっ――」
殴打とは違って翼だと即座に次へ繋げるってことができない。威力重視で両翼で攻撃してきたんだろうが、そのせいで技後硬直の隙を浮き彫りにさせちまったな。俺はそこを逃さずカスカの胸ぐらを掴んだんだが――、
思った通りに来やがった。
背後に感じる奇襲の気配!
これがあるからカスカも一撃に全力を注げたってわけだ。とはいえ、戦闘モードに入ってる今の俺はソラナキの感覚をビンビンに機能させている。最初みてーな不意打ちはもう通用しねーと教えてやらねえとな。
「『燐光』!」
「「!」」
「『極死拳』!」
『常夜技法』による強化と加速を得た『絶死拳』の進化版――『極死拳』。
極まった死の拳は不吉ながらに、どこか清らかさすら感じさせる青紫の光を振りまいて突き進む。
「うぐぁ……ッ、」
「きゃあっ!」
一発で真後ろにいたヨルも、それに合わせて反撃しようとしていたカスカも、まとめてぶち抜いてやった。傍からは俺が拳に振り回されて一回転したようにも見えただろう。丁度、空中を剣に引きずられてUターンしてきたあのハヤテみてーにな。
「柴ぁ!」
「やるかぁ?! ハヤテ!」
「……! ああ、やってやるぜゼンタぁ! 逃げんなよ!」
「ハッ、誰が! 望むところだってんだよ!」
ハヤテがトップスピードに乗る。俺もやつの到着を待つことなく、『ブラックターボ』で裏庭の上空を翔けた。
「【流星】・【彗星】同時発動――『天翔ける星の乗り手』!」
「【武装】発動、『非業の戦斧』――『絶死』・『燐光』!」
「『フルメテオスラッシュ』!」
「『マキシマムパワースラッシュ』!」
蒼白の一条と青紫の一閃。真っ直ぐ突進する巨剣と振り下ろされる戦斧とが激突し、星空のような火花を散らせた。
「うおぉおおぉぉぉおぉおッッ!!」
「らあああぁあああああぁッッ!!」
俺とハヤテの上げる雄叫びも、裏庭の外には一切聞こえてないんだろう。だが俺と、そしてハヤテには、お互いの魂の叫びが耳に……胸に刻まれていく。正真正銘の渾身。全てを乗せた一撃での真っ向勝負、その果てに。
「ちッッ……っくしょう!!」
「うぉっっしゃあオラぁ!!」
勝ったのは俺だった。『非業の戦斧』は粉々に砕け散ったものの、ハヤテの巨剣も根元から折れた。そしてハヤテの武器は他にはない。少なくとも本命は間違いなくこの剣だった。と、その悔しそうな表情を見ればわかる。
一発勝負自体は痛み分けに終わったが、受けた被害の差で俺に軍配が上がったってところか。
手に残った剣の柄だけを見つめて自由落下に身を任せるハヤテを、飛んできたカスカが抱きとめてそのまま離脱していく。
追いかけようとしてたわけではねえが、それを警戒してか俺の目の前に音の壁が張られた。見えはしねえがわかるぜ。気付かず突っ込んでいたらまた音波にやられてただろうな。
そしてそこを、またぞろ背後から接近してきているヨルに討たれてた、と。
「死角攻めが徹底してんなぁ、ヨル! 吸血鬼の王女様にしちゃイヤらしい戦い方だ!」
「ふん、何を言うか。吸血鬼が牙を突き立てるには背後からと相場が決まっておろう!」
「そりゃあそうだ――なっと!」
「ちィ……!」
速い回転で繰り出される連撃をこっちも手数で応戦。大きめに弾くことを意識してやってくうちに空いた部分へ拳を叩き込む。
ヨルは反射でそこに血の鎧を作るという離れ業で防御したが、そんな咄嗟で作る外装程度で殺し切れるほど俺の一撃はちゃちじゃない。
鎧越しでも無視しきれない痛みに呻いたヨルは、余計に隙を大きくさせた。チャンス。そう思ってぶつけた拳を、けれどヨルは防ごうとはせず。
食らった上で、がっしりと掴んで放さない。
「血性変化、赤煙――血霧霞」
「うっ……!?」
ヨルが、口から大量の血を吐いた。それはすぐに蒸発して気体化。濃密な霧となってヨルごと俺を包み込んだ。
何も見えない。だけじゃねえ、感覚が閉ざされた。ソラナキの力で強まった五感も、【先見予知】からのアラートもピタリと止んだ――これは明らかに異常!
「がっはぁ?!」
ヤバい、と思ったがヨルの腕力は凄まじい。振り解くのに手間取った数瞬。それだけあれば十分過ぎた。
ヨルがいるのもお構いなしに襲う、衝撃波と翼。
最初がカナデの歌、直後がカスカの『エンジェルスマッシュ』。
食らったもんをそう理解しながら俺は地面に叩き落とされた。
視界が晴れて、よく見える。五感も戻ってきた。カスカの「これでどうか」という手応えがあったことを感じさせる声――ああ、効いたぜ。
事前に打ち合わせがあったんだろう仲間を巻き込んでの捨て身戦法。
あんまし褒めたくはない手段だが、それをやれるだけの信頼関係が構築されてるってところは評価するしかない。
おかげで……もっと深くスイッチが入ったぜ。
「っ、まだだ、ゼンタは……ッガァ?!」
一緒に落ちてすぐ傍で蹲ってたヨル。を、まずは起き上がりながら蹴り飛ばす。鎧の上からじゃない、ようやく【黒雷】がばっちし通った感触。
それがまだ感じられるうちにすぐ地面を蹴ってカスカへ接近――すると見せかけ、身構えた横を『ブラックターボ』で擦り抜ける。そんで屋根に上り直してたカナデの下へ迫る。
「むぐっ?!」
歌を歌わせる暇を与えず、開こうとしてた口を掴んで塞いだ。そして体を持ち上げてカスカに向けて投げつける。
「カナデ!」
「だ、駄目カスカ!」
飛べねーカナデを受け止めようとするカスカだが、カナデの言う通りそいつは悪手だ。まさにそうさせるために俺はカナデを投げたんだからな。
餌に食い付く魚のごとくに仲間を宙で抱きしめたカスカ。その真上に俺は既にいる。
「っ……!」
「『絶死拳』!」
ヨルと同じく、防御なんざ間に合わせない。カナデごとカスカを打ち抜き、地に落とす。
「うっ、ぐ……」
「はぁっ……、」
「か、ふぅッ」
「う、嘘だろ……? 四人がかりでこんな!」
「ふー……」
カスカも、カナデも、ヨルも、ハヤテも。四者四様に息も絶え絶え、戦意も落ち始めてる。それを確かめて俺はゆっくりと裏庭に降りて。
「やっと気ぃ抜いたな?」
「!?」
「このときを待ってたぜ。【君臨】・【天賦】発動――『覇王撃』!!」
「ガぁッ……?!」
戦ってる四人の誰でもない、だが聞き覚えのある声の思いもよらねえ一撃を食らっちまった。




