408.敵に回したくない男
粘つく血液を散らせて手足の自由を取り戻す。それにプラス、ヨルの殴打も跳ね返してやった。
とりあえず頭突きで対抗するって策とちょいと迷ったが、こっちで正解だったな。スキル使用の負担が一段と重くなったってこと以外は最高間違いなしだ。
「ちいっ、なんと無茶苦茶な……! 実に敵に回したくない男だな、お前は!」
「気ぃ合うな! 俺もお前らにそう思ってたところだ!」
ヨルが飛翔し、高度を上げていく。それを目で追ったところに羽根の弾丸が飛んできた。だが、ヨルに注目しつつも俺には【先見予知】によって攻撃の脅威が見ずとも見えている。
いくつも飛来する純白の羽根を『ブラックターボ』による空中機動で躱したものの、こう邪魔されちゃ堪らねえ。なもんでまずはカスカを落とすことにした。
回避の動きそのままに、上に行ったカスカではなくヨルを正面に据える。
あの動きの速いヨルを頭上かつ背後っていう死角の極みみてーな位置に置くのはちょっとした冒険ではあるが、言ったようにそのリスクは【先見予知】である程度軽減できる。
無論、攻めてくるタイミング次第では見えていてもにっちもさっちもいかなくなっちまうが、そこを立ち回りでカバーすんのが技量ってもんだろう。
俺も少なくねえ修羅場を潜り抜けてきた自負がある、そんくらいやってやらぁな!
「【武装】、『不浄の大鎌』!」
「っ、またそれってわけ。だけどあのときと同じだとは思わないことね!」
向かってくる俺にも慌てることなく、例の切れ味抜群の『イコンの剣』を構えたカスカ。そのセリフからして、俺が【武装】で出した武器を見たことで前の決闘での出来事を思い出してんだろう。
あんときは大鎌が持つ不浄を使って、あいつの剣と相打ちに持ち込んで相殺ならぬ相破壊したんだった。俺がその再現をしようと企んでるとカスカなら見抜けて当然だ。そして、そうはさせじと意気込んでいる。
あいつの【武装】もスキルLVが上がってることだろう。それを根拠として脱再現を図っているんだろうが――成長してるのは何もカスカの剣だけじゃねえ。
俺も、俺の大鎌もあのときとは違うんだぜ。
「吸血鬼が夜の一族だってんなら、ソラナキは闇の一族だ!」
「!?」
「今の俺の『不浄』は! 前までとは一味も二味も違うってこったぁ!」
臓物のような刃から溢れ出す不浄のオーラは燃え盛り、逆巻き、業火の如くにその勢いを増した。それを見てカスカは顔を引き攣らせたが、剣を握った手は淀みなく動いていた。
「だったらその不浄ごと切り裂いてあげるわ――『イドラ・エリミネイト』!」
「『ブラックターボ』――『大鎌旋風』!!」
闇のジェットで加速。それも直線ではなく、回転運動で俺は鎌の軌道を円にする。そうしたのはもちろん、刃部分のトップスピードをもっと上げるためだ。
距離はそれほどなかったが、たったそれだけの間でも回転速度は止めどなく上昇し、激突の瞬間には俺自身わけがわからなくなるほどの加速を得ていた。
「嘘でしょ……?!」
「っしゃおらぁ!」
悲痛な驚愕と、凱歌の雄叫び。
どっちも武器がぶっ壊れたっていう結果は同じだが、片やそれを望む者と片や望まざる者。そりゃあ共倒れでもリアクションは違ったもんになるし、そうなりゃ必然次の一手にも差が出てくる。
今は攻め時。手ぶらになったカスカにはまだ翼っていう最大の武器があるが、一発は確実に入れられる――そこをカバーするヨルさえいなけりゃな!
「【技巧】発動!」
真上から降ってきた血の雨。その一粒一粒にとんでもねー威力が込められてることは食らわなくてもわかる。まるで散弾みてーなそれを、『ブラックターボ』でその場から離れつつ躱しきれねーもんは拳で打ち払ってどうにか凌ぐ。
ご丁寧にカスカを巻き込まないように撃ってきたな……それも当てることよりも俺とカスカを引き離すことが目的だったっぽい。
【金剛】頼りでその目論みを壊してやってもよかったんだが、ヨルを相手にそれをすんのは正直よろしくない。やつの血にどういう性質があるのかまだ把握しきれてねえからだ。
血属性は闇属性にも通じるもんではあるが、他の闇からの派生属性とは趣が異なってるっつーか、独特な立ち位置にいる。
吸血鬼ぐらいしか使わない属性ってんだからそれも当たり前っちゃ当たり前なんだが、俺の最大の武器である死属性がヨルに効きづらい反面、俺がどれだけ血属性への耐性を有してるかは未判明であり未実証。
そしてこの実戦でそれを試すわけにもいかねーんで、万全を期すためにはどうしても慎重にならざるを得ない。
メイルにやってた酸性血とかならまだいいんだが、それよりマズい特殊効果のある血を攻撃に混ぜてこねえとも限らんからな。さりげなくそういうことをされたら絶対に見抜けない自信がある。【先見予知】もそこまでは教えちゃくれねえし、俺が自分で用心しなきゃならねえってことだ。
とはいえ大まかにではあるが、この二人の得意な距離や戦法ってのも見れた。
後のことも考えておく必要があるし、ここからはもっとガンガンやっていくべきだろうな。
そう考えて屋根の近くまで高度を下げた俺は。
「【召喚】発動! 来い、『ケルベロス』に『ドゥームヴァルチャー』!」
「バウル!」
「クゥエ!」
頼れる仲間たちを呼び出す。
空中戦ならキョロは当然のこと、ボチもケルベロスモードの身体能力なら屋根から跳び上がる手間があっても十分戦力になる。
悪いが機動力に難のあるモルグは今回はお休みだ。あいつもキョロやボチに負けねえくらい頼りになるんだが、まあ向き不向きはしょうがねえってことで。
「キョロは飛び回って自由に攻めてくれていい。だけど優先すんのはヨルで頼むぞ」
「クエ!」
「ボチベロスは俺のサポートに徹底だ。俺をカバーしながら、隙がありゃどっちでもいいから即噛み付いてやれ」
「バウバウ!」
指示に従い、早速キョロはカスカのいる高さまで飛び上がろうとする。足元のボチベロスが唸ってカスカを牽制してくれてるのに任せて、俺は『搭載』によって【呪火】をキョロに乗っけようと手を向けて。
――その瞬間、攻撃の予兆で体中が悪寒に包まれた。
「! しまっ――」
「【歌唱】発動……『デストラクションボイス』!」
「ガぁ……ッッ!!?」
歌が聞こえた。
そして内臓が爆発した。
と、そう勘違うほどの激痛が体内で荒れ狂った。
俺だけじゃなくキョロとボチもやられている。
この感覚は覚えがあるぞ――ビートの音魔法! 外からのもんじゃあなく、振動によって内部から破壊する類いの攻撃だ……!
「血爪の一撃!」
「クゥエ……ッ」
「『フェザーショット』!」
「バウッ、」
「っ、キョロっ! ボチぃ!」
【金剛】を切らしてねえ俺でも参っちまうほどの痛みだ。キョロとボチも相当なダメージを負って動きが止まったところを、容赦なくヨルとカスカが追撃した。
ちくしょう、たった二撃ずつでどっちも強制的に【召喚】が解けちまった!
「くっそ……!」
俺のミスだ。
ヨルが姿を現してもまだ視線の気配が途切れてなかったことから、まだ他にも控えてるのがいる。それはわかってたし、【先見予知】を働かせて不意の参戦に気を付けてるつもりでもいたが、見事にしてやられた。
音による範囲攻撃! そういうのもまた、来るとわかっても避けられない攻撃の筆頭だ。また一段と厄介なのは『ヘブンリーフェザー』と同じく、ヨルもカスカも攻撃範囲に入ってたただろうにちっとも歌の影響を受けてねえってことだ。
更にもうひとつ……新しく姿を見せた影は、歌声の主ひとつだけじゃねえ!
「【流星】・【機運】!」
「!」
「『メテオスラッシュ』!!」
「ッ……【召喚】、モルグ!」
離れた場所から一気呵成に詰め寄ってくるそいつ。その手にある巨大な剣の輝きを見てマズいと直感した俺は、一応呼び出す準備だけはしていたモルグを咄嗟に前に置いた。
指示を出す時間なんてなかったが、出てきた途端に肉迫する刃を目にしたことで己に何が求められているのかを完璧に理解してくれたらしい。
「ゴォアァ!」
モルグは戸惑うことも臆することも一切なく、果敢に肉塊の両腕で巨剣を受け止めた。




