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404.恵まれた死亡率

 確かに、これはカスカが前に言っていた。


 全員一緒じゃないと帰ることができないとしたら、お前はどうするのかと。そう問いかけられたのを覚えている。そして、それに対しても明確な答えが出せなかったこともだ。


 そもそも残りたいと希望するクラスメートがいるってことすら、カスカと会うまでは想像できなかったくらいだ。当時の俺だとそりゃあ、黙る以外のことはできねえってもんだろう。


 じゃあ、今はどうか。あれから色んな経験をして、色んなことを知った今の俺なら、ちゃんと返事ができるのか。


 できなかった。またしても俺は言葉に詰まっちまった。


 帰還と定住。戻りたい派と、戻りたくない派。これこそどちらかを立てればどちらかが立たなくなる、両立のできない二者択一なんだとすれば。


 必ず泣きを見るやつは出てくる――問題は、どちらの派閥に犠牲を強いるかっつーこと。


 ……普通に考えりゃ、この危険だらけの世界。こちらに馴染めず帰還を望む連中の言う通りにしてやるほうが、人道的な気はするが……。


「いいえ。そこに優劣なんてない」


「!」


 迷う俺の内心を正確に読み取ったように、ぴしゃりとカスカは言った。


「帰りたいという願いも、帰りたくないという願いも、等しく平等よ。そこには本人の意思があるだけ。他の誰かの意思を曲げてでも自分の思い通りになってほしいと、切に願っているだけ。どちらが優先されるべきかなんて、そんな判断は誰にもつけられるものじゃあないわ。特にゼンタ。あんたのようにまだ迷い続けている奴には尚のこと、決めつけられたくない」


「…………、」


「自分の望みならそれでいいのよ。そうじゃなくて客観的に正しいか正しくないか。そんな薄ら寒いお題目で私の希望を、たったひとつの未来を潰そうとしないで。私はそのことを言いにポレロまでやってきた」


 ――なんだって最初の接触がよりによってカスカなのかと思ったが。

 それは単純に、こいつが言いたいことを言うために機会が設けられたってだけなのかもしれん。


 優劣なんてない、か……それはその通りかもな。


 せっかく帰る手段があるのに、危ない世界に取り残される。家族とももう会えない。帰還を望む人間にとってこれは惨い仕打ちだろう、だが。


 元の世界にこそ馴染めていない、この世界でこそ生きていきたいと望むやつが、強制的に帰らされることもまた。


 それに負けないくらい残酷なんじゃあねえか。


「――何人だ?」

「え?」

「そっちにいるのは何人なんだ。ここに残るつもりの、つまりは定住派の人数だよ。どれくらいいんのか教えろ」

「…………」


 カスカの目がすっと冷えた。俺が多数決なんていう、カスカの言葉を何も聞いてなかったかのような方法で是非を決めようとしている。そう思って頭にキたんだろうが、しかしすぐにその勘違いに気付いたようで。


「ああ……知りたいのね、『灰』の保護・・がどれくらい進んでいるのか」


 さすがに察しがいい。委員長やカルラと並ぶ、うちのクラスの誇る成績上位者なだけのことはある。俺なんかの思惑くらいは労せずとも見抜くことは容易いんだろうな。


 だが、何を思ったかカスカはすぐに答えようとはせず「どうしたものかしらね」と悩む素振りを見せた。


「おい、そんだけ意思表明しといて今更そこを隠そうってか?」


「そう、優しい私はゼンタのためにもこれは言わないほうがいいんじゃないかと考えていたんだけど……気が変わったわ。とびきりの『悪いこと』、教えてあげる」


「なに――、」


 ぞくりと、背筋を這う悪寒。さっきとは比べ物にならないほど、これからカスカの吐く言葉は恐ろしいものになるだろうと。なんの根拠もなくそう思えた。


 そしてそれはイヤになるほど正しく。


「確かめたのよ。まだどこにも確認できていない残りのクラスメートたちが、無事かどうか。私はそれを管理者に直接聞いてみた」


「……!」


 謎のヴェールに包まれている管理者という存在。カスカはそれと直に対面して、やり取りまでしている。そこに驚く暇もなく、本当の衝撃がやってきた。


「死んでいたわ」


「――、」


「聞こえてる? もう一度言うわよ、死んでいるの。あんたたちでも私たちでも把握できてなかった六人がどうなったか、『灰』は探り出してくれたわ。そしてとっくに命を落としていることがわかった。モンスターにやられたり人に殺されたり野垂れ死んだり……死因がわかっていないのもいるけど。とにかくもう誰も生きてはいない。おめでとう。これでひとまず、無事な全員の居場所がわかったことになるじゃない」


 帰還の方法も、クラスメートたちの所在も知れた。

 当初に役割分担して打ち立てた目標を、これでクリアできた。

 なんの感慨もない声でそれを祝うカスカに、俺は何も言えなかった。


 死――死んでいる。その言葉だけがぐるぐると頭ん中を回っている。


 不安ではあったが。けれどなんだかんだ生きているだろう、皆どこかでそれなりにやってるだろう。……そんな風に思ってた。ヤチがガレルに拾われて無事でいたのはかなりの幸運だと理解しながら、なのにそれと同じくらいの幸運がクラスの全員に降りかかっているはずだと、心のどこかで勝手に信じ込んでいた。


 だがそんなことはなかった。


 クラスの二十七人のうちの、六人。こいつらはなんの容赦もなく、この過酷な世界の餌食になっていた。


 ナガミンも合わせると、うちのクラスからは七名もの死者が出てることになる――。


「まあ……どの世代の来訪者も、与えられた役割ロールを終えるまでに一人二人は死ぬらしいわ。片手の指で数えられるほどの人数でもそれくらいの死者は出るというんだから、私たちはまだいいほうよね。四分の一未満なら恵まれた死亡率よ」


「本気で、そう言ってんのか?」


「本気でそう言うしかないじゃない。死んだ命は帰ってこない。だったらせめて、生き残っている二十の命を喜ぶべきでしょ? この割合がひっくり返ってたって何もおかしくなかったんだから」


「それくらい危ない世界だってわかってんのに、それでも残りてえかよ」


「承知した上で言ってるのよ。どれだけ危険だろうとあっちの世界よりずっとマシだ、って。当たり前よ、向こうで生きることは私にとって死よりも重いんだもの」


 すっぱりと言い切りやがる。そこまでかよ。だが、実のところカスカの言い分は俺のそれとも限りなく一致するもんだ。


 どんなに危なかろうが、命が軽かろうが。

 向こうで生きるよりももっと楽しいっつー、否定しようのないこの本音。


 だがそれを他の連中にまで強制すんのは違う……違うんだが、しかし。


「階戸辺レンヤを始めとする闇ギルド所属の五名。私と、カナデ、それから天満くん。そして誰より早く『灰』に誘われていた砂川さんも。この九名が『灰』の協力者――所謂『灰の手』で、定住派ね。そっちは?」


「……知らん。誰が帰りたいかどうかなんていちいち聞いて回ってねえよ」


 先にカスカからは聞き出しといてなんだが、こっちの情報はなるべく漏らすべきじゃねえと感じた。


 カルラはマチコら共々帰るつもりだろうし、ヤチなんかはたぶん……俺やユマと同じ選択をしたがるだろうと思う。そんでユマはどうか知らんが、俺は定住のほうに傾いている。


 『灰』に従うカスカたちとは明確に線を引きながらも、俺たちもまた一枚岩ってわけじゃあない。だから素直に打ち明けるわけにはいかないんだ。万一にもこれが俺たちにとっての隙になっちまったら、後悔してもしきれねえ。


「だが、そっちにいない十一人が揃ってる。それだけは言っとくぜ」


「知ってるわ。砂川さんからもそう聞いているし。誰がいて、誰がいなくなったのか。魔皇軍との対決ではクラスからも死者が出たらしいじゃないの。生徒じゃないもう一人――」


「……!」


「長嶺先生を、殺したんですってね?」


 感情の籠っていない、ただの事実確認。そういう声でカスカは担任の生死を訊ねた。


 いや、生死じゃない。こいつが確認してんのは殺したか否かだ。もっと言えばハナから聞いてるってこたぁ、確かめるまでもなくそれにだって確信があるってことだ。


 だからカスカの意図するところは、つまり。


「わかるでしょ? もう、無理なのよ。全員で仲良く元の世界へ戻るなんてことは不可能。だって私たちの誰もが、以前とはまるで変わってしまっているんだもの――」


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