400.素質は、より深まった
重めの話題もあったが打ち上げ自体は盛り上がって、楽しいうちに終われた。
終了間際にサラから単独で暴走はしてくれるなと注意(と暴力)を受けちまったが、それも俺の身を案じてのものだとはわかる。もちろん、従うつもりだ。一人で敵陣に突っ走ろうなんて気は元からねえからな。
テーブルやら食器やらを自分たちでいそいそと片付けて、ギルドハウスへ戻ろうってときはまだ昼日中。太陽がカンカンと真上から俺たちを照らしていた。
「っ……?」
白む景色にくらっとする。一番日光の強い時間帯とはいえ、ちょっと今日の眩しさは半端じゃない。肌に突き刺さるような感じだ。
ところが、そう感じてるのは俺だけだったようで。
「ゼンタ? あんたやっぱりまだ体調良くないんじゃないの?」
後ろから俺を支えたアップルが気遣わしげに言った。やたら白っぽい視野を瞬かせることで元に戻してから確かめてみると、全員がそういう表情をしていた。
つまり太陽光がヤバいんじゃなくて、俺が特別に弱っているんだっていう判断をしたわけだ。
「いや……大丈夫、体の調子は悪くねえ。二日ぶりに強烈な日光を浴びてちょっとキたみてーだ」
魔皇戦後に倒れて以降はずっと室内にいたか、夜にしか外に出てないからな。朝のうちはまだよくても真っ昼間ともなれば太陽が鬱陶しくもなるだろうよ。
そう理屈付けることで皆を――特に悲痛な顔になってるヤチを安心させようとしたが、いまいち納得は得られなかった。
「だからって、いつでも元気いっぱいなゼンタさんが日光程度でふらつくなんてあり得ますか? 完全に復調してるならそんなこと起こらないはずですよ。太陽が苦手なヨルちゃんじゃないんですから」
「いやそれは……、吸血鬼?」
倒れるように眠りはしたが、肉体的な不調はない。
という俺と鼠少女の説明が嘘だったんじゃないと疑ってるらしいサラをどうにか落ち着かせようと口を開いた俺だが、ふと引っかかるものがあった。
――ヨルのことだ。サラはただの喩えとして名を挙げたんだだろうが、俺にはそれがヒントになった。
そうだ、ヨルも種族的な特性で太陽が苦手だった。元の世界での吸血鬼物によくあるような日光で灰になる、なんてことはねーが強い日差しを浴びると気分が優れないようで、パフォーマンスも落ちる。
反対に太陽の沈んだ夜の時間帯はまさに世界があいつの庭も同然、持てるポテンシャルが最大限に活かされるってわけだ。
闇属性ではなく世にも珍しい血属性の魔法をメインとする吸血鬼が、なんでそんなにも夜っていう闇の象徴に馴染む存在なのか……ってところには疑問もあるものの、とにかく種族としてそうなんだからそのことに疑問の余地はない。もっと簡単に言えば体質みてーなもんだ。日光アレルギーと言えばわかりやすいか?
そして百年以上前には吸血鬼よりも更に、闇そのものと深く関係する種族がいた。それがソラナキ。先代魔皇の一族だ。
鼠少女は、魔族の力を貰ったことで俺は魔族に近づいていると言った。俺自身その片鱗は既に実感してるところだ。
これをより正確に言うなら、俺が近づいてるのは魔族の中でもソラナキってことになるだろう。ソラナキの力を手に入れてこうなってんだから、それは考えるまでもねえこったな。
世界一闇の力の扱いに長けた一族。鼠少女はソラナキのことをそうも言ってたな。
だったら逆に、世界一光の力からは遠い一族。そういう言い方もできるんじゃねえか?
闇属性は多属性全てに優位を取れる。たったひとつ、光属性を除いて。
この法則は魔法だけじゃなく、属性を有した存在にもそのまんま適用される。つまり闇に傾倒した種族であればあるほど、光には極端に弱くなっちまうってことだ。ソラナキだってそれは例外じゃねーだろう。
だったら結論は出てるようなもんだ。
「それじゃあゼンタさんは、その【併呑】というスキルで分捕った闇の力のせいで、光属性が弱点になっちゃったってことですか?」
「分捕ったってお前……ちゃんと話聞いてたか」
合意の上で譲られたんだっつーの。どっちかってーと押し付けられたのにも近い。間違っても俺が強盗よろしく奪い取ったわけじゃあない。
「ネクロマンサーである以上、元より光属性は強敵。あなたの場合は、それが殊更強調されたことになる。光に対してなお脆弱になった、ということ」
「日差しで目が眩むくらいに? そりゃまた難儀だね」
呆れと心配の混ざった口調で腕を組んだアップルに、「でも」とメモリが言う。
「闇の力は……その素質は、より深まった」
――そういうことになる、か。俺が職業としての『死霊術師』だから闇の力とは元から相性が良く、そのおかげでぶっつけ本番でもなんとかなる程度には、先代魔皇の『常夜技法』を使いこなすことができた。
そしてそれは反対に、この貰い受けた『常夜技法』は俺が持ってる力を更に活かすための材料になるってことでもある。
闇の噴出による加速の『ブラックターボ』は単純に攻撃速度や威力の上昇に役立ったが、もっと闇の技法に精通すればするほどにやれることも増えて、強くなれるはずだ。
その代償として光に対してのリスクが増大することは当然とも言えるし、甘んじて受け入れるべきものでもあるのかもしれねえな。
「へー。だったら私、今のゼンタさんになららくしょーで勝てちゃいそうですね」
「ここまで聞いて感想がそれってすげーな」
つか、マジであっさり負けそうで怖え。
スキルで色々と工夫はできるものの敵を倒すためには結局のところ正面突破しかやりようのねえ俺にとって、光の使い手であり、かつガッチリと守りを固めながら攻めてくるサラはかなり相性の悪い相手だ。
それでもちょっと前ならステータスでゴリ押すことだってできただろうが、今はどーかな……ここまで光に弱くなったとなると手も足も出ずに沈められそうな気もすんな。
いやまあ、味方なんだからいいんだけどよ。
俺もメモリも光が弱点なもんで、サラが同パーティにいるのは補完的にゃ重要だ。
なんと言ってもこれでこいつ、光の使い手の代表とも言えるシスター様だしな。
もしも他の光の使い手が敵として立ちはだかっても、サラならそうそう後れは取らねえだろ。安心して背中を任せられるってもんだ。
「ゼンタくん」
「ん、なんだヤチ」
「ギルドハウスの窓、全部塞いじゃったほうがいいかな……? 照明ももっと薄暗いものにもできるよ。なんだったら真っ暗でも私は大丈夫だし……」
大真面目に足元の誘導灯だけにする案を出してくるヤチ。いや、だから重いってヤチさんや。さっき出てた話題の何よりお前が重いぞ。
気遣ってくれるのはありがたいが、家ん中をそんな上映中の映画館だかアトラクションのお化け屋敷だかみてーな状態にはしたくはねえっての。いくら光に弱いっつてっも俺はあくまで人間なんだぞ? 常時それじゃ落ち着かんわ。
つーことで俺はヤチの案は丁重にお断りさせてもらった。それで皆ホッとした顔してたぜ。
そりゃあイヤだよな、ホラーハウスさながらに薄暗い家に住むなんてのは。
いつまでも路上でたむろってるのもアレなんで、一旦話は終わりということにして俺たちはようやくギルドハウスに帰った。徒歩十五秒の距離でずいぶん長くかかったな……。
室内に入るとまだ若干気怠かった体がなんともなくなって、本当に闇の一族に近い体質になっちまったんだなぁとより強く感じたが……ま、あえて伝える必要もあるまいと口に出しはしなかった。
「……ふう」
んで、銘々が仕事を始めたり自分の部屋に戻っていくのを眺めながら、俺は確信する。俺以外には誰もそれに気づいてねーみたいだな、と。
感覚の鋭いメモリやアップルですらもなんも感じていないようなのはちと意外だが、俺にとっちゃ都合よくもあるか。
さて、向こう次第ではあるけども……まずは大人しく夜を待つとしようかね。
400話ヴァー




