40.ネクロマンサーとしての嗅覚
「ミカケ村の近くまで運行ルートは通ってますよ! 乗ってきますか?」
ポレロの街を中心に他の街と行き来しているっつーその大型馬車は、元の世界で言うところのバスに近い。公共交通機関ってやつだな。
基本は街と街を繋ぐもんではあるものの、一応はルートをくねらせて街より小さなところ、つまりは村なんかもカバーしているらしい。
つっても村の前まで寄るんじゃなく、あくまでその付近を通るようにしてるってだけみたいだが。
「でも歩きでの移動より断然楽ですよね」
「だな。利用しない手はないぜ」
「メモリちゃんは馬車、平気ですか?」
揺れが決定的にダメだって人もいるとのことで、サラがメモリにそう聞いた。こう言っちゃなんだが、メモリは神経質そうっつーか、敏感そうなとこあるからな。
だが俺たちの心配を余所にメモリは躊躇いなく馬車に乗り込んだ。
「平気。行こう」
前払いで三人分の代金を支払って馬車へ乗る。
内部は左右の壁に沿って座席があり、向かい合う形で座るタイプだった。これだと大型と言ってもせいぜい十人前後しか運べなさそうだな。どんなに詰めても十四、五人が限度だろう。
席の間に立たせてもいいならもうちょい搭乗者は増やせるだろうが……そうなると道によっては怪我人が続出しそうだ。俺は乗るなら絶対座りたい。
「出しますよー!」
「お願いしまーす!」
馬のいななきと共に景気よく動き出した馬車は、あっという間にポレロから離れていく。自然へと移り変わる景色を眺めながら、俺は横に座るメモリへ声をかけた。
「よぉメモリ。なんだか随分とやる気みてえじゃねーか?」
率先して馬車に乗り込んだこと。だけでなく、トードから依頼を聞いて組合を出るときからずっと、メモリはこんな調子で俺たちを引っ張るようにしてる。
気合が入ってんのはいいことだが、なんかちょっと意外でな。
「三人での初仕事ですからね! 私も気合に満ち満ちてますよー!」
向かい側の席でしゅっしゅっとゆるゆるなパンチを繰り出すサラ。シャドーボクシングで気合を表現してるようだが、メモリはちらりともそんなサラを見ることなく首を振った。
「それもある……けど、それだけじゃない。……予感が、するから」
「予感だと?」
「それって……」
俺たちが思い浮かべたのは前回のクエスト、その出発でのことだ。
ウラナール山の再調査に出かけようってときに感じた、俺の『死の予感』。その後確かに何度も死にかけたことや、何よりインガなんつー恐ろしい敵と遭遇したことを思えば、あれはこの上なく正しいもんだった。
まさか今度は、それと似たようなのをメモリが感じたってのか……?
「これは、ネクロマンサーとしての嗅覚。わたしの感性が、クエストを聞いたときに囁いた……わたしの求めるものが、糧となるものが、この先にあると」
「糧となるもの、ですか?」
「そう」
サラは明らかにそれがどんなものかを聞きたがっていたが、メモリはただ肯定しただけでそれ以上語ろうとはしなかった。
ふーむ。メモリの言う予感ってのは、俺たちが心配したのとは種類が違うやつだったみたいだが、それはそれでなんのことだかさっぱりで気になるっちゃ気になる。だが本人に詳しく話すつもりがないんなら、俺が気にしたって無駄だな。
「メモリちゃん、飴ちゃん舐めます?」
「大阪のおばちゃんか」
甘味が欲しいという話になって、リンゴの木で買ったやつだ。それをサラの奴、メモリの餌付けに使おうって魂胆か。なんかちょっと距離があるっていうか、サラのぐいぐいっぷりがあんまし効いていない感あるからな、メモリは。
「もらう。ありがとう」
「いえいえ。ゼンタさんもどうぞ」
「サンキュー」
礼の言葉が貰えてニコニコ顔のサラは俺にも飴を寄越すと、自分もひとつ口に放った。
暇つぶしも兼ねて三人で同じ味(リンゴだ)の飴を舐めつつ馬車に揺られて、俺たちの初クエストは和やかにスタートした。
◇◇◇
「馬車はここまでです! お気をつけて!」
若い運転手……御者さんからそんな言葉をかけられて、俺たちは馬車を降りた。
ミカケ村のすぐ近くだとは言うが、この場所からじゃ村っぽいものはまだ見えてこないな。
「ちょっとした台地になってて起伏がありますからね。もう少し行けば見えるんじゃないでしょうか」
「まーどうせこっからは歩きだしな。ウォーキングでもするつもりで行くか」
御者の兄ちゃんから教えられた方角へ進む。
遥か先にある尖った山が目印なんで迷いようはないが、それにしても先頭を歩くメモリの足取りにはまるで迷いってもんがなかった。
その進みぷりったるや、慣れ親しんだ道を行くが如くだ。
毎日通る通学路でも俺ぁここまで真っ直ぐは歩けねえな。
「やっぱり何かを感じているから、なんですかね?」
「そうかもしれんな」
それが俺たちにとって悪いもんじゃなけりゃいいんだが。
と、歩いているうちに件のミカケ村が見えた。けっこうデカいな。村って響きと依頼された『住民の連続失踪』ってワードからほとんど廃村みてーなのを想像してたんだが、全然そんな感じじゃあない。
ポレロと比べるとさすがにあれだが、家屋や出歩いてる人も普通に多いしよ。
「あら、組合から来てくれたの? 案内するわ、ついてきてちょうだいな」
ちょいと丸めの体型をしたおばちゃんに話しかけて身分を明かせば、すぐに合点がいったようで俺たちをある建物まで先導してくれた。
「ミルスさーん! 冒険者の人が訪ねてくだすったよぉー!」
ドアノッカーをゴンゴンと打ち鳴らしながらけっこうな声量でおばちゃんが家主らしき人物を呼ぶ。家族ってわけでもなさそうなのにかなり遠慮がないな……それはともかく、ミルス?
依頼主となっているここの村長の名前は確か、リームスだったはずだけどな?
「おお、ようやく来てくれたか……!」
「はい! 組合より参りました、サラです!」
「ゼンタっす」
「……メモリ」
俺たちを見て、玄関を開けたその男はホッとした顔を見せた。
だが来たのが思いのほか若い連中だってことに気付いてからは、少し不安そうになったけどな。
失敬な……とはとても言えんよな。
客観的に見て、俺たちが冒険者って言葉から想像される姿とかけ離れてるってのは認めるしかねえもんよ。
だからこの反応はむしろ正常なもんだと納得できるくらいだ。
「と、とにかく中へどうぞ。事情をお話ししたい」
私はこれで、と去っていくおばちゃんにミルスと一緒に感謝を述べた俺たちは、通されるがままに彼の家の居間へと入って席についた。
そこにあるアンティーク調の家具を見てサラがかわいいかわいいと褒めちぎっていると、奥からミルスの妻がいい笑顔で紅茶を持って現れた。
「ありがとう! 私の好みに合わせて、主人が街から買ってきてくれたものなの」
出された紅茶もまたティーカップが洒落たもんで、しかも美味い。よくはわからんが、たぶん高級な茶葉とかを使ってるんだろう。
家自体も綺麗だし、割と金には困ってなさそうな夫婦だという印象を受けた。
「今回のご依頼はミルスさんがされたんですか?」
クエストの話をするにあたって奥さんが下がったところで、サラがそう切り出した。この聞き方からしてサラも俺と同じことを夫婦に対して感じたっぽい。
するとミルスは頷いて、
「村長には名義を貸してもらってね。村の代表だから、そのほうが話が早いんだよ」
まーな。冒険者への依頼だってタダじゃない。
つーか基本的に、金はかなりかかるそうで。
だから名義だけは村長となっているが、実際の依頼主としては依頼料を支払うミルスが当てはまっている……というパターンなのかと思ったんだが、ミカケ村の事情はもう少し込み入っていた。
「住民全員に関わることだというのに、何故か村長は依頼を出すことに賛成してくれなくてね。費用を全て俺が持つと言って、ようやく冒険者の発注が叶ったんだ。それだってえらく渋られたものだよ」
ミルスはそう言って、乾いた笑い声を出した。




