399.言っても聞かないとは思いますけど
宴もたけなわってところで悪いかなとは思ったんだが、お開きの雰囲気になる前に話しておかなきゃならねーことがあった。
もち、愉快な話じゃあねえ。次の戦いについてのことだ。
「『灰の者たち』のことっすよね、兄貴。なんでも、あの魔皇軍すら利用してた恐ろしい連中だとか聞きましたが……」
「利用はしてされての関係だったろうがな。だが、セントラルをぶっ壊したあとの魔皇が、選別と同時進行で『灰』と事を構える備えもしてたってのはは確かだ」
そう説明しつつ、やはり俺が眠ってる間にだいぶ詳しい部分まで全員が理解したらしいことを知る。『灰』云々やマリアと魔皇関連の話は、辛うじてアップルに事情を伝えたくらいで他のやつらは一切関知してなかったからな。
ところが今やビート、ファンクの弟子コンビすらも訳知り顔で頷いてるくらいだ。これなら手間もなくていい。
おそらく周知のための場をセッティングしてくれたんであろう鼠少女には、ここポレロからひっそりと感謝の念を送っとこう。ヤチと違ってそれが届くことはねーけども。
「……っつーことで、委員長やカルラとは共同戦線を張ることになったぜ」
「わー、ようやくカルラさんたちとチームになれるんですね!」
サラが妙に嬉しそうにしてる。かと思いきや俺に「よかったですね」なんて言ってきた。なんだ、俺が特別喜んでるとでも思ってるのか?
そりゃまーカルラだって味方なら委員長に負けず劣らず頼りになるやつだ。嬉しいかそうじゃないかで言えばもちろん嬉しいけどよ。
「引き続き政府や教会とも一蓮托生かぁ……『アンダーテイカー』もデカくなったもんだ。で、アーバンパレスは当然としても、他の冒険者はどうだって? 向こうじゃ働きづめでそこら辺聞いてないんだよね」
ガシガシとコップの淵を噛みながらそう訊ねたアップルは、カウンターからの「行儀悪ぃからやめろ」っていう叱責の声に顔をしかめた。触れないでおいてやろう。
「さてな。『巨船団』は参戦表明をしたそうだが他んとこはまだ未定かな……どこも人手不足だろうし」
駆けつけてくれたどのギルドも単純計算、人員の半数以上を失ってることになる。政府もてんてこまいだがそれは一個一個のギルドも同じってことだ。これじゃまた連合として参戦するどころか日常業務すら回り切らねえだろう。
その点、船だけが被害にあって人の損失がゼロのガレルのとこは強い。全船の修復が完了次第いつでもまた戦えるんだからな。
「欠員が出なかったのはうちも同じだ。当分は他のギルドのぶんまで俺たちと『巨船団』で踏ん張るしかねーな。……そうは言っても『灰』が何かしら動きを見せねーことには、取り立ててすることもねーんだが」
「むう。いずれ戦いが起きることは確実じゃというのに、それまで何もできんというのはもどかしいもんじゃのう」
腕を組んで唸るようにそう言ったガンズを見て、そういやと俺は思い出した。
「そうだガンズさん。それにヤチとユマも聞いてくれ」
ん? と息ぴったりにこっちをむいた面子に、さらっと話した鼠少女の研究についてをもう一回なぞる。
「で、鼠っ子が研究員として三人をご所望なんだよ。紅蓮魔鉱石については俺も気になってる部分が多いからよ、できれば手伝ってやってほしいんだが……どうだ?」
「ほっほう! 紅蓮石ハンターとして名を馳せたわしに目を付けるとは、鼠の嬢ちゃんもお目が高い!」
名を馳せてたっけ……? と首を傾げる自分以外の一同なんて視界に入ってねえのがよくわかる、ものごっついキラキラした目でガンズは「喜んで参加させてもらおう!」と鼻息も荒くふたつ返事でOK。
「じゃあ、私もお手伝いしに行こうかな……どこまで力になれるかはわからないけど」
「ヤッチーとガンちゃんが行くなら私も行くっきゃないかなー」
と、ユマ・ヤチコンビも参加に前向きだ。これぞ本当の出向だな。
これで紅蓮魔鉱石を使ってギルドロボなんてもん着想、設計、施工をしたとんでもトリオが鼠少女の研究チームに入ることが決まった。大きな戦力になること間違いなしだ。つーかなんでぇ、あいつは色々と言ってたがやっぱりすんなり決まったじゃねーの。
「自分たちはひたすら待ちでしょうか、兄貴」
できることなら何か協力したい。そんな顔で聞いてくるファンクに、俺は苦笑した。
「気持ちはわかるけどな。けどいざって時に体張るためにも休養を取るのは大事だぜ? 受け売りだが、今は俺もそう思う」
初めて会ったときトードにも言われたっけな……「疲れを残さないのも冒険者の大事な資質」、だったか? 最近じゃ俺以上に冒険者稼業に精を出してるファンクもそのことはよくわかってるようで、真面目な顔で頷いた。
「ごもっともです……! 変に焦ってしまってすみません、兄貴」
「別に謝るこっちゃねーが」
だがそうだな。本当になんにもしねーでただ事が起こるのを待つだけってのも、逆に気が休まらない気もすんな。
別に誰も大怪我を負ったわけでもねえし、適度に体を動かすくらいのことはしときてぇ……と言ってもクエストはどんなもんにも不測の事態が付き物だ、ランクが下のやつだろうと不用意に受けることは避けたい。
とくれば、やれることはもう限られてる。
「いっそ明日か明後日にでも皆でまたセントラルへ出向くか? なんでもいいからやれることをやって、少しでも政府再編に協力するってのも手だろ」
中庭以外にはまだ散らかってるとこも残ってるそうだし、なんならテッカみたいに厨房とかのサポートをしてもいい。たった数人でもうちのメンバーは優秀なやつばっかなんだ。きっとマクシミリオンも助かるはずだぜ。
という俺の発案には皆が賛同してくれた。入野姉妹だけは面倒そうにぐでってたけどな。ホントなんなんだこいつら。夏休みで親戚の家に遊びに来てる子供かよ。
「ね、ゼンタさん」
話もまとまって、テーブルの料理も底をついてきていよいよ打ち上げも終了の雰囲気になってきたところで。
隣に座ってるサラが急に身を寄せてきて、こそっとした雰囲気で俺の名を呼んだ。
「どうした?」
「言っても聞かないとは思いますけど、一応言っておきますね」
なんだいきなり、と訝しく思えば、サラは微笑みつつも真剣な目で俺を見ていた。
「あんまり無茶しちゃ、ダメですよ?」
「……!」
「カスカさんやヨルちゃん、それに他のご学友の方々も……ゼンタさんが背負うことではないと思いますから」
まだカスカやヨルが『灰』についたとは確定しちゃいない。だから全員、特別そこに触れようとはしなかったんだがな。
サラはそんな空気が読めていない――じゃねえ、あえて読まないつもりのようだった。
「それで、なんで俺が無茶をすることになんだよ」
「ゼンタさんなら絶対にするからです。お見通しですよ? なんと言ってもこの世界で一番ゼンタさんと付き合いが長いのは、この私なんですから」
ふんす、とドヤ顔で胸を張るサラ。当たってる当たってる、無駄にでけーもんが俺の腕に当たってるから。
反対側には入野姉妹がいるんであんまし身を引くこともできねえ。かと言って直接指摘すると意識してるとサラにバレて敗北感を味わうことは必至だ。んなのイヤだぜ。
てなわけで俺がただ困ってると、ひんやりとした空気を感じた。発生源はどこかと思えば、メモリだった。揺らめく青白いオーラがその全身を包んでる。なんだあれは、ネクロマンサー特有の黒いオーラとはまた別もんだぞ……!
「あー……わかったわかった、一人で敵陣に突っ走ったりはしねーよ。ちゃんと約束する」
「本当ですかー? なーんか怪しいですね……」
「おい、信じねーならこの問答の意味がねーだろうが」
「む、それもそうですね。よろしい! 信じてあげます」
そう言ってようやく離れてくれてホッとする。まだ冷気は来てるが、氷点下からクーラーくらいにまでは和らいだ。大量にかいちまった冷や汗を拭う俺に、「その代わりに」とサラは続けた。
「約束を破ったらおしおきですからね」
「おしおきだぁ? どんな罰が待ってるってんだ」
「そうですね……久しぶりに私とメモリちゃんを連れてショッピングなんてどうです? 一日中荷物持ちをしてもらっちゃいましょうか」
「? それのどこが罰になんだよ。荷物なんかいくらでも持ってやるから、おしおきとか関係なく行こうぜ」
「……もうっ、だからゼンタさんはゼンタさんなんですよ!」
意味不明なことを言いながら俺の背中をばんばんと叩くサラ。
別になんも痛くはなかったが、理不尽じゃね? なんで叩かれなきゃいけねーんだ。
やっぱり解せねえぜ。




