396.仲間意識もご立派だけれど
『灰』との対決が始まるからには、鼠少女はますます高性能な目を活かせない。迂闊にその力に頼れば、逆に上位者から目を付けられる可能性があるからだ。
だが、目が使えないからと言って何もできないわけじゃあない。独自の調査によって得られた鼠少女の知見は今後にこそ輝くものだ。是非とも俺たち来訪者の、そして人類全体のアドバイザーになってほしいところだ。本人もそのつもりでいるようなんで、心強いこったぜ。
何しろ紅蓮魔鉱石には未解明な部分が多すぎるからな。その謎が上位者と関係があるにせよないにせよ、マリアや魔皇同様に俺たちだって紅蓮魔鉱石を手放すなんて選択肢はあり得ない以上、真相究明はやっておくべきだろう。
どう使うっていくべきか、あるいは使用を控えるべきか。そういうのの参考になる。
それを鼠少女が率先して行うというのであれば、俺も止める理由はない。ないんだが……。
「けどお前、チームを組むって言うが自分以外に候補はいんのか?」
「そうだね……石と関わりのあった人物はなるべく集めたいかな。具体的にはガロッサのダンジョン、その入口である大扉の警備をしていたロイヤルガードの騎士たちや、魔皇のように体内に石を取り込むことで己の強化に用いていたユーキくんなどだね。石と長く接した者たち、と言い換えてもいい。彼らも、特にユーキくんは多忙もいいところだろうけれど、こちらにも協力してもらいたいと思っているよ」
あーそうか、ガロッサには常駐の警備員がいたのか。普段はロイヤルガードがやってるそれを、攻略クエストのために貸し切ったときはアーバンパレスが引き継いでたってわけだな。
確かにそこの担当たちなら、石の力を使うことはないとはいえ接してる時間はべらぼうに長い。ガロッサの変化に伴って起こる石の反応だとかも実際に見てきてるだろうし、聞けることはそれなりに多そうだ。
そんでユーキは、石について研究するってんならそりゃ外せない人物だ。あいつほど個人で紅蓮魔鉱石を活用してるやつなんざ他にはいない。鼠少女の人選は当然のもんだろう。
そして、ここでその話を切り出した理由も俺には見当がついている。
「そんじゃあこっちからもガンズと、あとヤチとユマも出すとすっか」
ギルドロボ・フューネラルを作り上げたえれぇトリオだ。
言わずもがなガンズには紅蓮魔鉱石についての知識があるし、情熱もある。ヤチはうちの石の実質的な所持者であり、力を支配してる大元。ユマはロボの設計ではなく作成面で手を貸しており、特殊な技術を身に着けている職人だ。
魔皇や百年前にガロッサの石を使用していた人物にも負けねえほど紅蓮魔鉱石の力を引き出しているこの三人組は、研究のための即戦力になるだろう。鼠少女もチームに喉から手が出るほど欲しい人材のはずだ。
そう思って提案してみたら、案の定鼠少女は嬉しそうな顔を見せた。
「それは助かるね。彼女たちもギルドハウスの修復のためにかかり切りだろうけれど、そちらが一段落したら是非。そう君のほうから口添えしてくれるかな」
「ああ、任せとけ。つって、別に頼み込まなくたってガンズさん辺りは喜んで参加するだろうけどよ」
で、ガンズが行くならとヤチ・ユマコンビも関係者としてついていくだろう。
そう言ってやると、鼠少女はいつものようにキザったらしく肩をすくめた。
「さてどうだろう。ギルドリーダーの意向に反してまでぼくに協力するとは思えないから、君の口から『行ってきてくれ』と頼まれるかどうかは大切なことなんじゃあないかな」
「そーか? うちは他所のギルドみてーな上下関係はないに等しいぜ? 全員いつも好き勝手やってるし」
「それでも最終決定権は君にある。そうだろう? 各自自由というギルドのスタンスだって、君がリーダーだからそうなっているんだ。どんな組織でも長の人柄というものは出るものだよ。アンダーテイカーはその典型とも言えるね」
そうなのかね……そうなのかもしれん。思い返せば一番好き勝手やってんのは俺かもだしな。
サラ筆頭に皆どこかしら突っ走るとこはあるが、大事な場面ほど落ち着いてる印象がある。そうじゃねーのはそれこそ、あんま言いたくねーが俺くらいか。
「子は親に似るとはよく聞く言葉。それと同じように団員もまた団長に似るようですわね。まあ、ギルドの存在意義を考えればそうなるのはある種当たり前のことなのかしら」
「んだよカルラ。それぁクラスメートを従者にしちまったことの自嘲か?」
「いいえ? それはあの子たちのためのやむを得ない処置ですもの。わたくしを守るために強くなる。そういう目的意識を与えないことにはとっくに潰れていたでしょうから。自然と似たのではなく、強制的に似せたのですわ」
あなたの場合は違う、とカルラはからかうように言った。
「成り行き任せにしてはよくぞ集まったものね……いえ、その無軌道さ故に、なのかしら」
「あぁ? 何が言いてーのかさっぱりわかんねーぞ」
「良いギルドだと褒めてやっているのよ。感謝なさいな」
誰がするか。と返事をするよりも先に、カルラはくるりと俺たちに背を向けた。
「いい加減にもう休ませていただきますわ。睡眠不足は美容の大敵ですもの……この美貌に少しでも陰りが差しては大変、世の損失ですわ」
「すげーなお前、マジで」
「鼠少女、でしたかしら? 石の研究にとやかく口を出すつもりはございませんけれど、くれぐれもわたくしに迷惑をかけるようなことはないように。いいですわね?」
「ふふ、了解だお姫様。肝に銘じておこう」
「よろしい。そしてゼンタ」
「ん?」
顔だけで振り返って、カルラは真剣な口調で「お気を付けなさい」と警告をした。
「あなたのホーム、ポレロへと戻るのでしょう?」
「ああ、そのつもりだが……」
「わたくしたちから離れ、更には石の研究に浅倉ユマと中沢ヤチを差し出すというのであれば、離れた地であなたは一人きりの来訪者となる」
「!」
「与しやすし……と考えるかは、定かではありませんけれど」
「『灰』が? それとも『灰の手』がか?」
「もしくは、白羽カスカが。元はそちらのギルド所属だったのでしょう?」
「……今でもそうだよ。少なくとも俺は、脱退を認めてねーからな」
俺の言葉にくすりとカスカは笑った。
「なら、尚更ね。わたくしたちと同じ理由で彼女が『灰』についたのだとしたら、どうあっても和解はあり得ませんもの。まだ仲間意識があるというのなら、それは付け込まれる隙に他ならない」
「……!」
やっぱカルラも、そう考えてるか……カスカの離反の動機について。
それだけが理由ってんじゃないが、俺たちが『灰』と対立する決め手のひとつに席のことがある。上位者に元の世界へ帰してもらうためには、その交渉の席につかなきゃならない。
だとするならカスカもそれを理由に、そして俺たちとは反対の目的で『灰』に従っているのではないか……俺はさっきそう推測したし、カルラも同様の見解を持ったってんなら、その真実味はぐっと増したことになる。なんともイヤーなことだがな。
「所在と安否どちらも不明の生徒は残り六名……彼らも含めて少なからず『灰』に取り込まれているという想定もしておくべきでしょうね」
「っ、なんでそんなことまで……何を根拠にそう思うんだよ」
「むしろ何故そう思えないのかと問い返しましょう。ここに至って未だ接触がないと? そちらのほうが可能性としては低いでしょう。砂川ハナがそうであったように、白羽カスカもそうであるのなら、どのような経路にしろ他の生徒らも『灰』と通じているはず。その場合は管理者よりもまず先に、わたたくしたちは来訪者との――クラスメートとの雌雄を決さなければならない。そうではなくて?」
「…………」
「仲間意識もご立派だけれど、それを捨てる覚悟もしておきなさい……明日の朝からはそういう覚悟も必要ですわ」
何も言えなくなっちまった俺だが、元から返答なんて期待していなかったんだろう。それではおやすみなさい、とだけ言ってカルラは……二度と振り向かずに去っていった。




