395.紅蓮魔鉱石の由来
「で、お前はどうするよ?」
「癪なことですけれど、あなたを支えます」
「お前が、俺を?」
「わたくしが、あなたを」
「…………」
「ちょっと、そんな顔をするのは失礼が過ぎるのではなくて?」
呆れたように髪をかき上げようとしたカルラだが、ボリュームあるそれがナイトキャップにすっぽり収まってることを思い出したんだろう。上げた手を所在なさげに揺らして、結局何もせずに下ろした。
こほん、と誤魔化すように咳払いをひとつ。
「具体的にはひとまず地盤固めですわね。中央に残ってマクシミリオン・カイザスを手伝うこととします」
中央都市に構えてた『天道姫騎士団』のギルドハウスはもう引き払われちまってるが、政府の敷地内に泊まり込むつもりのようだ。
つか、カルラのこの恰好を見るに既にそうしてるってのは丸わかりだ。マチコたちも今頃はどっかの建物の一室で眠ってることだろう。
「統一政府が存続するかは別にしても、政府組織の立て直しを急ぐことは巡ってわたくしたちの立場を有利にすることでしょう。今更人類でゴタゴタするのはナンセンス極まりませんもの」
壮大な身内もあったもんだな……だが俺もそれには全力で同意するぜ。
人同士でのごたごた、つまりは社会の混乱ってのは、これから尚のこと一致団結しなくちゃならねえ俺たちにとって非常によくないものだ。
いくら魔皇案件が片付いたって言っても、ここからの言うなれば『灰』案件。その深刻さはそれと同等か、あるいはもっと上だ。知れ渡っちまえば人々の不安は払拭されるどころかますます酷くなっちまう。
そして『灰』の方針、もしくは『灰の手』を率いるローネンの方針次第では、あっさりその懸念は現実のものになる。そうなったときのために早いとこ政府を再編しとくのは大事なことだ。
人々にとって世界のルールを定めているのは上位者ではなくセントラル並びにその直下であるアーバンパレスと教会だ。
それらが健在であるか否かによって、世界の真実ってもんを知った際の受け止め方もだいぶ違ったもんになるはずだぜ。
「委員長はどうだって?」
「わたくしと一緒ですわ。そもそも一応は彼、セントラルの所属でしょう?」
「確かにそうだ」
ユニフェア教団のときとは違って、敵組織に潜り込んでたってわけじゃあねーんだ。
魔皇のことが片付いたからといっておさらばってことは委員長もしねーだろうし、何より政府の現状にはカルラと同じく委員長の力が必要だろうよ。ここに残るっていう判断は至極打倒なとこだな。
「ぼくもまた手伝わせてもらおう」
と、しばらく黙っていた鼠少女が会話に混ざってきた。
「鼠っ子。お前もマクシミリオンさんを助けるのか?」
「そのつもりでいるよ。ただしぼくなりのやり方で、マクシミリオンくんというよりも君たちを、ね」
「んん? お前なりのって、そりゃまたどういうこった」
「紅蓮魔鉱石さ」
帽子のつばを一本指で押し上げながら鼠少女はご存知とばかりに端的に答えたが、俺にはよくわからんかった。
なんでここで紅蓮魔鉱石の話になんだ?
「つまりだね、ぼくにはあの石のことが気になって仕方がないんだ。君だってそうじゃないかい? 聖女と魔皇が揃ってああも特別視した代物だよ?」
「ああ。そりゃあ、まあな」
ガロッサの石を奪った魔皇の手腕は鮮やか過ぎたし、自分の体にまで埋め込んでいたくらいだ。
マリアだって石の相互干渉による危険性を薄々察しながらも所持し、娘のユーキの成長促進のために使っていた。
特別視と言えば確かにそうだ。あの二人がここまで頼るアイテムってのも、他にはないだろうしな。
「だけど単純に、紅蓮魔鉱石はすげー力を持ったアイテムだからな。先代魔皇軍との戦争でも大活躍したみてーだし、それもあって当時を実際に知る二人が重宝してたってこったろ?」
そこに何もおかしな点はない。そう言えば、鼠少女はうむうむとその小さな頭で頷いた。
「その通りだ。思い出によるものかもしれないし、ただ単に石の力を有難く使っていただけなのかもしれない。特別視の理由自体に大した意味を見出すことはできないかもしれない――だけど、じゃあ。無限の魔力に、所持者の要望に可能な限り応える従順さ。恐ろしいまでの力を持ちながらも誰にでもその力を明け渡すような魔鉱石がこの世に存在している理由は、なんだろう?」
「……!」
「聖女と魔皇という、間違いなく世界最強の実力者二人がこぞってその力を手放さないほどの強力な物質。そんなものが確認できているだけで四つ。……果たしてこれで全てかな。もっとあるとすればそれはどこにいくつあるのか。この箱庭に存在する全てはぼくという闖入者を除き、上位者が用意したものであるはず。紅蓮魔鉱石を置いた意図は、その用途は? 考えてみる程に面白いとは思わないかい」
言われてみりゃあ、そうだな。
自前で無限に魔力を放出し続ける物体なんて、こっちの世界の常識からしてもちっとも普通じゃない。異常も異常だ。
しかもそれを単に魔力タンクとして使うだけなら誰だってできるし、ちょっとセンスがよければもっとすげー使い方だってできるときた。
……改めて考えると、いくらなんでもヤバすぎる代物だよな。
さっき話に出たガレルの空船だってすげーお宝だが、ここまでとんでもじゃあない。船を動かしたりその機能を発揮させるためには大量の魔力を使うわけだしな。
しかしその制約も、紅蓮魔鉱石が一個あれば解決できる。ヤチがガレルを主人に設定し、石を持ったまま向こうに移籍したら、その日から『巨船団』は世界一のギルドになるだろう。
そんぐらいの力が紅蓮魔鉱石にはある。
「何十年も石探しに精を出してたガンズさんでさえも紅蓮魔鉱石の由来ってもんは知らねーらしい。調べられるもんは全部調べてあるだろうから、そんなあの人でもわからんってこたぁつまり、そもそも資料もなければ記録もないってことなんだろうな。……似てるぜ」
「うん、似ている。消えた種族、消えた歴史、消えた記憶。上位者の不自然淘汰によって消され、過去という人々の思い出からも消え去った様々なものに、紅蓮魔鉱石はとてもよく似ている。違うのは実態はともかくとして多くの人に知識としてだけは根付いているという、その一点のみだ」
「そんじゃあやっぱ石の由来は――上位者の力だと?」
「その可能性は、大いにあるだろう。現時点で判明している材料を元にした推測によればね」
「……危険ではなくて?」
厳かに肯定した鼠少女に、腕を組み直したカルラの険しさを増した目付きが向けられた。「危険?」と俺がおうむ返しに呟けば、カルラは鼠少女から目を離さずに言った。
「その目はなんでも見えてしまうが故に、迂闊に上位者へ繋がるものを見てはいけない。と、昨日のあなたは語っていましたわね。だからレヴィ・マーシャルを介して『灰』の動向を探ることはできないのだと。わたくしもそれを聞いて、試さないのが賢明だと判断しましたわ。無論あなたの身を案じてのことではなく、そのとばっちりでわたくしたち来訪者にまで要らぬ害が及ぶ可能性を不安視してのものですけれど」
いくら上位者が基本は自らの手を下すことはなく管理者任せとは言っても、自分の身に何かしらの力が向けられたら、さすがに重い腰を上げるのではないか。
そして上げてしまったが最後、その力が来訪者――つまり俺たちだ――と結託してる怪しい何者かであることに気付き、立ち上がったついでに来訪者ごとそいつを足で踏み潰して、万事解決。とするかもしれない。
箱庭への無断の侵入者である鼠少女のミスってのは、そういう多大なリスクが付き纏うものになる。要は上位者の過剰な反応を誘発させちまうってことな。カルラはそれを心配しているんだ。
だがしかし、そのリスクを誰より承知しているのがこの鼠少女本人だ。
「うん、もっともな指摘だね。ぼくも君と同意見だよ。だから安心したまえよ、カルラくん。ぼくは何もこの目で紅蓮魔鉱石を見るだなんて一言も言っていないぜ?」
「ではどうすると?」
「チームを作る。研究班だ。この目を使わずに紅蓮魔鉱石の根源を詳らかとすること。それが対管理者、対上位者に備えて、ぼくにできる最大の貢献だと考えている――」
うまくいくかは、わからないけどね。
そう茶目っ気を出して鼠少女は小さく笑った。




