390.真っ黒な『灰』
「『最強団』そのものが――」
あの仮面女も、世界一有名なネクロマンサーであるグリモアも――。
「『灰の手』の一員だって……?」
信じられない思いでいる俺に、マクシミリオンではなく鼠少女のほうが言った。
「以前から違和感を持っていたんだよ、マクシミリオンくんは。それが今回の構成員たちの造反。そして魔皇の言葉を聞いたことで違和感は疑惑に変わり、皆を集めてぼくが話をしたことで疑惑は確信へと至った。この世界には『灰の者たち』という管理者がいて、その協力者である『灰』がいて、とりわけ自分の周囲にはその影が多いという確信にね」
「……!」
現状『灰の手』の中心と思しきはローネンであり、となれば必然、『灰の手』の配置だって奴を中心としたものであることに疑いの余地はねえだろう。
だがその配置がどこを押さえてくためのものかっていうと、その要点はローネンじゃあない。だってローネン自身が向こう側なんだからな。
奴らが手を厚くさせていたのは政府と、それからその専属ギルドであるアーバンパレスだ。
『灰の手』と共同でこそないが、管理者に協力を惜しまない選択をしたマリアが率いる教会とは違い、アーバンパレスを率いるマクシミリオンは知識や思想も含めて純粋な意思で人類側に立つ男。
翻って、『灰の手』の包囲は彼こそを覆うためのものとも言える。そういう目的があるからこそ、役人だけでなくギルドの構成員にまで裏切り者が紛れ込んでいたに違いねえ。
マクシミリオンの周囲にはとりわけ『灰の手』が多い――だとすれば、彼が今の彼となるに多大な影響を及ぼしただろう色んな意味で伝説のギルド『最強団』。そこにすらべったりと『灰』の手が触れている可能性は、確かに否めないかもしれん。
「けどなんか、それの証拠みてーなもんはあるんすか」
補足を終えて口を閉ざした鼠少女からマクシミリオンに視線を戻して、そう訊ねてみる。すると彼は機械的な調子で「証拠か」と繰り返した。
「トードさんの伝手で頼み込んで、ちょっと鍛えてもらったくらいで、正味三日ぐれーの付き合いしかねーっすけど。だがそれぐらいでも、仮面女やグリモアが大人しく誰かの指示に唯々諾々と従うようなやつらじゃねーってこたぁ十分にわかった」
「ふむ……その所感は極めて正しいと、お前以上に彼女たちを知っている俺も思う。だが一口に『灰の手』と言っても、皆が皆同じような働き方をしているわけではないだろう」
「それはそうっすけど……」
たとえばローネンとハナじゃあ、やってることも忙しさも全然違う。きっと向こうでの立場もな。『灰』への忠誠度がそれぞれどんなもんかはともかく、任される仕事の中身も量も一律ってことはない。
常日頃から熱心な構成員として魔皇軍との戦いに身を投じていたレヴィのように、その時が来るまで何もしないことが仕事でもある奴だっているわけだ。
マクシミリオンが言いたいのは『最強団』もそれに近く、普段は何もしないことこそがその役目であり、あくせくと『灰』に命令されてはいねーんじゃねえかって話だろう。
「聖女マリアも似たようなものだったのか……今にして思えば、彼女と『最強団』の印象はどこか重なる部分がある。結成当時ではなくそれからしばらく後の、五人ともに正規の活動をしなくなってしまったあのギルドとな」
――それは、少し共感できる。
仮面女の、ひどく不躾ながらに奥歯にものが挟まったようなあの物言い。あれは初めて会ったときの、多くのことを隠しながら俺と会話していたマリアともどこか通じるもんだ。
態度や雰囲気はまったく違うが、似通っている。
改めて思い返すと確かにそう感じた。
「加えて、直近のことだが。『最強団』の一人が魔皇の襲撃を受けて負傷したということで、俺は慎重を期してエンタシスのコンビを護衛にやった。片方は君もよく知るメイルだが、その際、護衛対象が漏らした内容がどうもキナ臭いものでな」
「そいつがなんか怪しいことをメイルに言ったんすか?」
「メイルに対してではなく、護衛中に接触した同族と、その付き添いの少女にだそうだ」
「同族……?」
「アンダーテイカーの一員だと聞いている。吸血鬼ヨルヴィナス・ミラジュールとその友、カスカ・シロハネ。当時教会に逗留していたという彼女たちを連れ出したのが冒険者にして吸血鬼の始祖、仲間たちからはカーマインと呼ばれている『最強団』の中衛を務める少女だ」
少女と言っても、俺より遥かに年上だが。
と軽く冗談めかしてマクシミリオンは言ったが、俺は話題がいきなりヨルとカスカに関連するものになったことに驚きを隠せない。
あいつらがどこに消えたか、何を思って消えたのか。そのきっかけになったと見られる教会本部に訪れた自称吸血鬼の始祖と何を話したのか?
喉に引っ掛かった魚の骨みてーにずっと気になり続けてたそれが、まったく予想だにしてなかったタイミングで明らかになろうとしている。これで驚くなってほうが無理ってもんだぜ。
「カーマイン、ってのがそいつの名か。まさかヨルが騙されることはねえだろうとは思ってたが、マジで吸血鬼だったのかよ。しかも始祖って、つまり元祖の吸血鬼ってことだろ? よくわからんがなんか凄そうじゃねーか」
「俺も吸血鬼の生態や歴史について詳しいわけではない。全てカーマイン自身からの聞きかじりだ。が、少なくとも彼女の実力は本物だ」
「マクシミリオンさんとどっちが強いんすか?」
「うむ……一対一を想定するにしても、俺が勝利するためには何かしらの策を弄する必要があるだろう」
「……考えなしに真正面から挑んでも、勝てるような相手じゃあないと」
マクシミリオンですらも、か。そりゃつまり、彼が挑んで敗れた魔皇と同じくらい強いってことか?
という俺の内心は思っきし顔に出てたようで、マクシミリオンは「いや」と否定から入った。
「魔皇。それから聖女マリアは、間違いなく隔絶している。いやしくも俺は市井から最強の冒険者と呼ばれているし、知る人は『最強団』こそがその称号に相応しいと言うだろう。だが真に最強はあの両名だ。どちらとも戦ったからこそ、俺はそう断言できる」
マクシミリオンの言葉に、俺は同意を込めて頷く。
俺もどっちとも戦ってるし、見解にも納得がいく。あの二人に並ぶような他の最強なんてちょっと考えられないもんな。
そのカーマインってのもさすがにマリアや魔皇クラスってことはないらしく一安心だ――つって、めちや強いだろうってことに変わりはねーんだが。
「聖女と魔皇を頂きとすれば、その一段下に『最強団』の面々はいる。俺やエンタシスは更に一段下といったところか」
「……、」
「勝てる勝てない、という物言いはしたくない。あのギルドが敵に回るのならそれは非常に厄介なことだと言わざるを得ないが、だとしても我々が目指すのは勝利のみ。そうだろう、ゼンタ」
「ああ」
「証拠はあるのかと言ったな。そんなものはない。確証なんてどこにもない。ただし、カーマインが己の子孫とでも言うべきヨルヴィナスに、自身こそが同族らを滅ぼした張本人だと打ち明けたのはそれだけ魔皇軍に――魔皇の傘下に吸血鬼たる彼女が引き込まれるのを避けたかったからだと、俺やメイルは考えている」
「吸血鬼の産みの親が、吸血鬼を滅ぼしただぁ?」
「そうだ。それだけならば、他の種族同様の立場に自らの一族が貶められることを、始祖としてのプライドが許さなかったのだとも思える。俺の知るカーマインの人物像とも一致するものだ。が、これまでの違和感と照らし合わせて判断するに、確証はなくとも彼女と彼女が所属する『最強団』は黒――否。灰であると俺の勘は訴えている」
容疑ではなく、真っ黒な『灰』だってことか。
「…………」
「護衛に宛がったメイルたちが払い下げるように帰された際にも、ヨルヴィナスとシロハネはまだカーマインの下に残っていたというが……」
「ああ。それっきり行方不明。一度だけ、中央からポレロの組合へ通話があったけどな。それも一方的に別れだけ告げて、あとは音信不通っすよ」
「……そうか」
眉根を寄せながらしかつめらしく頷いたマクシミリオン。その態度の意味はひとつ。俺は彼から卓上へと視線を移して、ため息をついた。
こんな別れ方だ、最高に嫌な予感はしてたが……それが最悪の形で的中しちまったかもしれねえ。
仮面女たちだけじゃあ、なく。
カスカとヨルも、おそらく既に『灰』の側へと取り込まれている――。




