39.わたしには虫しか操れない
「いやなに、何も絶対に今後ずっとパーティを組めと言ってるんじゃない。ひとまず今回、この任務に関してだけ協力してあたってくれるなら、それでいいんだ」
たまげている俺たちへそう説明したトードだが、そこに付け加えるようにこうも言った。
「……まあ、正式なパーティとして登録するのを善処してもらえりゃあ、こちらとしてはありがたいがな」
「そりゃまた、どういうことっすか」
事情を聞けば、なんでもEランクからはクエストの受領がパーティ限定となるらしい。個人では、受けられないのだそうだ。それは何故かと言えば単純で、複数人じゃないと危険が大きいから。
一人の力では何をするにも限界がある。よっぽど突出した実力があるならその限りではないだろうが、少なくともEランク冒険者に個人プレーが許されるようなら組合が存在する意義はないと言っていいだろう。
と、トードは後頭部に手を当てながら語った。
「だから冒険者の始まりってのはまず、信頼できる仲間を見つけることだと言ってもいい。とはいえ自分で手当たり次第に声をかけたって難しいだろうから、俺たちが斡旋することもある。条件を提示すれば、それに合った奴を紹介してやるのさ。ところがなぁ」
なんでもメモリが言いつけた条件は相当に厳しいもんで、既にパーティが組めずにクエストを受けられない状況が半年も続いているらしい。
半年!
無駄にするには長すぎる時間だ。そりゃトードも申し訳なさそうな顔をするわけだ。
ただ、そんなに経っても希望の相手が見つからないなら、俺なら大人しく条件を緩くするか、いっそのことまったく変えちまうけどな。
「もちろん誰だってそうするさ。普通ならな。ただ、こいつの拘りは普通じゃねえんだ」
「拘りって、いったいどのような?」
件の少女メモリへと目を向けながらサラが訊ねる。
自分のことが話題となっているのにまったく関心がないように、ただ俺のことを見つめていたメモリは、そこでようやく反応を見せた。なんかワンテンポどころかツーテンポくらいは遅かったが。
「わたしが提示したのは……わたし以上の力を持つ、死霊術師」
「「!?」」
その言葉にサラはバッと俺を見た。俺は俺で、思わず自分を指差しちまったよ。そんで、メモリに確かめてみる。
「ひょっとして、俺がそうだって?」
「……」
こくり、と小さくだがメモリが頷いた。
マ、マジっすか……まさかネクロマンサーをピンポイントでご指名とは、なんだか変わってんな。
「半年も放ったまんまで悪いとは思ってたが、ネクロマンサーなんて探してもそう見つかりっこねえ。適性を持つ奴は少ねえわ持ってても目指さねえわそもそも人にも教えねえわでな……今更言うことでもないだろうが、ネクロマンサーはその術の性質からしてどうしても恐れられるからな。大成するのも極端に少ない。それこそかの有名な魔女たちの一角がそれを成し遂げたくらいで、他にゃ誰もいないようなもんだ」
ほーん。魔女たちってのがどれだけ凄いのかは知らんが、とにかくネクロマンサーが不遇な職業だってのはわかったぜ。
ま、スキルとかの説明で俺自身、かなり不気味に思ってたくらいだ。さもありなんって感じかね。
「私も実際に会うのはゼンタさんが初めてでした。きちんと職業を習得している人となると確かに、来訪者さんより遥かに珍しいかもですね……だけど、メモリちゃんもネクロマンサーなんですよね?」
「……」
「メ、メモリちゃん?」
「……そう」
二度目の質問を受けて俺から視線を外し、なんとなく昆虫を連想させる無機質な瞳をサラに向けたメモリ。その無言に汗をかいたサラが繰り返し名を呼んで、ようやくメモリは返事をした。
うーむ、独特な子だな。
見た目や雰囲気通りの言動とも言えるが。
「……わたしには、目指すものがある。そのために、ネクロマンサーとして切磋琢磨できる仲間が、必要だった。これまで、どんなに探しても、そんな人はどこにもいなかった……でも。ようやく見つけた」
それが俺ってことか。
昨日の一件で俺がネクロマンサーだってことはかなり広まっているからな……。メモリもそれを聞きつけたか、あるいは組合のほうから条件に見合う人材がいたと打診があったのかもしれん。
「だけど俺のほうが力があるって、どうやってわかんだ? お前のほうが強いかもしれねーじゃねえか」
そんな俺の疑問に、メモリはふるふると首を振った。
「ネクロマンサーの召喚術は、とても高度。わたしには虫しか操れない。小さくて、たった一種類の虫……ドラゴンゾンビなんて、呼び出すことはできない……です」
「あ、ゼンタさんには敬語」
サラがどうでもいいところをツッコんだが、みんな無視する。
「いや、あのな。騙したようで悪いんだが、俺のは魔法とは違うんだ。来訪者だからな。ドラゴンゾンビもスキルで呼び出しただけで、ネクロマンサーとしての力量とは無関係なんだぜ」
つーわけで、俺がメモリより優れたネクロマンサーってことにはならない。
と誤魔化さずに打ち明けたんだが、それをメモリは聞き入れなかった。
「来訪者、だろうと……あなたがネクロマンサーとして、わたしの先を行っているのは、事実だから……」
「だから、パーティを組みたいって? できれば今後もずっと?」
「…………」
こく、とさっきよりも小さめに頷いたメモリ。
表情には出ていないが、これは緊張の表れなのか?
受け入れてもらえるのか不安に思ってるのか……まー、そうだよな。ここで断られたらまた当てのない該当者探しの生活に戻るんだしな。次は半年どころか年単位で待つはめになるかもしれないんだし、そら不安にもなるわ。
「どうだ、サラ」
「ゼンタさんにお任せしますよ。私としては、一緒に冒険したいですけど!」
「へへ、そう言うと思ったぜ。俺も同意見だ……ってことでメモリ。俺たちとパーティ組むか?」
「……!」
ほんのちょっとだけだが、前髪から覗くメモリの静かな瞳に、輝きが灯ったように見えた。
「よろしく……お願い、です」
ゆっくりと、だけど深々と頭を下げたメモリにこちらこそと応える。
「よぉし、決まったな!」
パン、と手を打ち鳴らしたトードは喜色満面だった。話を聞いていたのかその横からぬっと出てきた受付の姉ちゃんに「頼んだ」とそれだけ言うと、姉ちゃんは当意即妙って感じで「はい」とだけ応じてカウンターの向こうへ引っ込んでいった。
「これからパーティとして登録させてもらうが、一応はまだ仮組みだってことを覚えておいてくれ。クエストの後に全員が了承すれば、正式なパーティの完成だ」
Fランク卒業直後だったり、メンバーが入れ替わった時は、現状のパーティを仮組み扱いにするのだとか。そんで、なんでもいいからひとつクエストを達成したあとに、本登録がされると。
てことはじゃあ、俺とサラのパーティも今はまだ仮組みのままだってことか。
「なぁに、こっちの整理の話であってそれで何が変わるってことでもない。クエストの報酬だって同じだ」
「それを聞いて安心したぜ。で、トードさんが勧めるクエストってのは?」
「おう。これはお前たちにしか頼めないもんだ」
懐からクエスト用紙を取り出して、トードは俺たちに突き出した。
「こっちも提示された条件が問題でな。見てみろ」
一番背の低いメモリの頭の高さに合わせて出されたその紙を、俺たちは三人で覗き込む。
「……依頼主は、ミカケ村……の、村長」
「依頼が届いたのは、二週間前ですか」
「条件は――必ずネクロマンサーが在籍するパーティ、だって?」
「そうだ! Eランク以上にネクロマンサーのいるパーティがうちにはいなかったんで、昨日まではどうやっても受領できなかったクエスト! 依頼内容は、住民の連続失踪の謎を解明することだ! ――これができるのは、ネクロマンサー二名を独占しているお前たちのみ。受けてくれるな?」
俺たちの返事がYESとNOのどっちだったかってのは、言うまでもねえよな。




