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384.魔皇の功罪

 そういやここはどこなんだと質問してみれば、鼠少女は別館の三号館だと答えた。


 本館の大部分は魔皇の攻撃によって壊され、別館一号館はマクシミリオンたちがゴーレム+『灰の手』を退けるために戦ったことでそちらも酷い有り様。戦場になった建物がそうなるのはある種仕方ないことでもあるが、一番の主戦場だった中庭に面した建物は大体がそれに並ぶ被害を受けている。


 と、鼠少女が教えてくれた。


 聞けば魔皇のせいが半分、ゴーレムと『巨船団ガレオンズ』の砲撃のせいが残りの半分の半分ずつといった割合であるらしい。ガレルのやつ、中庭の空で相当に暴れ回ったんだな……。


 ほとんどの建物が崩落してるのは俺もこの目で確かめたことだが、それでも無事なところも残ってたんだな。中庭から離れてれば離れてるほど被害を免れられたってことか。


「そう、この三号館もそのひとつ。そしてここは医務室だ、疲れて眠る君を休ませるためにはぴったりの部屋だろう?」


 政府の役人という職はさぞ激務なんだろうねえ、と鼠少女は面白そうに言った。


 医務室がわざわざ用意されてるってことは、まあ、そういうことだよな。特に別館ってのは実務に携わる人間が多く、本館のように役人の中でも特段のお偉いさんたちが優雅に働いているような場所とは少々事情が違うようだ。


 おかげでこれだけ被害を受けていても、俺がすやすやと眠ってられる場所が残ってたわけだがな。


 どーりで病院っぽい印象を受けるわけだぜ、とベッドにくっついている手すりを見ながらそう納得した。


「で、人の被害は?」


「それに関しては……君の見たまま、ということでいいと思う。壊れた建物分、倒れた戦士の数が、そのまま死者を表している。もっと詳しく知りたいのであればマクシミリオンくんに聞いてみるといいよ」


「そうか……、」


 わかっちゃいたが、やっぱひでえもんだな。


 統一政府セントラルも、市衛騎団ロイヤルガードも、『恒久宮殿アーバンパレス』も、その他ギルドも、教会勢力も、更には周辺の一般市民からも。多数の死傷者を出しちまってる。こうなってくるとうちや『巨船団ガレオンズ』では誰も欠けてねえってのが奇跡に思えるぜ。


 そういやカルラのとこはどうだったんだろうか……んー、クラスメートが一人でも死んでたらあいつはあんな顔で笑ってねえだろうから、たぶん大丈夫だな。なんたって来訪者はしぶといもんだしよ。


 壊滅はしてない。生き残った者はたくさんいる。だが、非戦闘員も含めておそらく敷地内にいた半数近くが亡くなっている。俺の見立てではそうだ。


 そこは鼠少女の言う通りマクシミリオンにでも訊ねればはっきりするんだろうが、聞くのが怖いでもあるな。数字として認識するには少し、死んだ命が多すぎる。


 ユニフェア教団の一件だって万を超す死人が出ていたが、あれは年単位で被害が進行していたもんだし、死者だってあの日に亡くなったんじゃあなく、エニシの手にかかった時点でもう人としては死んでいたんだ。


 だが今回はわたった一時間くらいで政府関係者並びに応援の冒険者が半分も殺された。都市のほうにも余波がいって一般市民も死んだ。……言葉にすると寒々しく、その渦中に自分がいたことが信じられなくなるほどに残酷だった。


「確かにこれは、残酷な話だ。君にとっては気持ちの良くない言い方をさせてもらうよ、ゼンタくん」


「なんだよ」


「君がそうと決めた通り、ぼくたちはこれから『灰』と決定的に対立することになる。戦うことになる。その闘争がどういった形になるかまでは、ぼくの両目をもってしても計り知れない上位者の意向次第なので、判然とはしないけれど。ひょっとすれば全て管理者任せになって、判断も彼らが下すかもしれないが、どうなるにしたって戦力はあったほうがいい。ここまではわかるね?」


 覗き込むような目で見てくる鼠少女に、俺は頷いた。


「そのための戦力、頭数が魔皇の襲撃で予想以上に減っちまったって言いてえんだろ。いや、戦力だけじゃねえか……戦士に限らず政府の人間もごっそりいなくなってんだから、戦う以外の力も軒並み低下しちまってる。俺たちにとっちゃマズい事態だが、魔皇とはまた違う形で人類の削減を狙ってやがる管理者からすれば好都合だよな」


 俺が訊ね返せば、満足そうな肯定の声が返ってきた。


「やはり君は、頭の回転が速いね。というより無駄がない。自分が何をすればいいか、何を考えればいいのかが常にわかっている。だから話も早くなる。あの賢いナキリくんも高く君を評価するわけだ」


 委員長、カルラ、カスカあたりはうちのクラスの成績優秀者で、すこぶる頭がいいからな。

 俺はてんで勉強ができないんであいつらと並ぶ機会はなかったが、確か上位十人だけ発表される総合成績表でいつもランクインしてたはずだ。


 特に委員長は秀才ってだけじゃなく、担任のナガミン以上にクラスのまとめ役を務めていたくらいだ。色んなやつらからの相談もよく受けていたようだし、人の話を聞いて自分なりの答えを出すのが上手いんだろう。元々面倒見のいいタイプだしな。


 そんなしっかり者が俺のいないとこで俺のことを褒めてくれてるってのは、嬉しくもり気恥ずかしくもありって感じだ。

 あいつ若干、ただ喧嘩っ早いだけの俺を正義感の鬼だと勘違いしてる節があっからなぁ。


「いや。ナキリくんの君に対する評は、とても正確だと思うよ」


「よせやい」


「だから、これを言ったら君は気分を害するだろうということも予想がつくんだ。この減った頭数が、ぼくらにとって好都合な側面もあると」


「…………、」


 一瞬、何を言われたのか理解できなくて、俺は照れくささから逸らしかけてた目を鼠少女へ向け直した。


 こんだけの人数が死んで、それが好都合? そう言ったんだよな? ……や、別に気分を害しちゃいないぜ。ただ純粋にわけがわからねえんだ。


 こいつの言葉の意味がちっともわからねえ。


「落ち着いてくれるかな」


「落ち着いてるよ。どういうことか説明してくれ」


「……そうは見えないけど、いいだろう。説明しようじゃないか。だけど冷静に考えてみればこれもすぐにわかることだよ? 君だって十分に、魔皇の功罪の大きさというものに思い至れるはずなんだ」


「魔皇の功罪だと? んなもん――」


 罪しかねえだろ、と言いかけた。


 百年前の経緯、発端、動機。そういう部分で多少は酌量の余地もあるかもしれねえが、それを念頭に置いたところで奴が魔皇となって以降に仕出かした凶行、奪った命の数は到底許されるものじゃあない。今回の大量殺害も含めてあいつに罪以外の何がある。


 そう口にしようとして、気付いた。


 功罪。俺たちにとっての、好都合。そしてこれから先のこと。鼠少女のワードを噛み砕けば、全てはひとつのことに繋がる。


「管理者との分離……! 今の政府にはもう、『灰の者たち』も『灰の手』も潜り込んじゃいない。ようやくの真っ白な状態だと、お前はそういうことが言いてえんだな? 鼠っ子」


 微笑みながら鼠少女は首肯し、部屋の中でも被ったままにしている帽子のつばをピンと指先で弾いた。


「魔皇は大勢を殺した。これは事実であり、非業の罪だ。ただし、彼の蛮行と強攻があってこそ『灰の手』も行動を起こし、統一政府セントラルから去っていった。彼らもまた魔皇の襲撃が成功に終わることを確信していたんだろうね。成功とはつまり、政府並びに傘下組織の完全壊滅ということだが……そこから樹立されたであろう言わば『魔皇政府』に対して管理者がどういった手を取るつもりだったのかはともかく、現状はそれとはまったく異なる結果となっている。著しく人は減ったが、『灰』の影も消え去った。今のぼくたちには心から志を共にする真の仲間ばかりが残されている――管理者と対するにこれほど理想的な陣容もない。ぼくが言う魔皇の功罪とは、この状況を生み出したことそのものを指しているのさ」


 転禍為福、素晴らしいことだね。


 そう締めた鼠少女は変わらず微笑んでいたが、それはどこか渇いた笑みにも見えた。


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