38.パーティを組んでもらう
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のつもりでげす
「よぉ兄ちゃん! 昨日のこと話してくれよ!」
冒険者組合で俺は冒険者数名に囲まれていた。何か話を聞きたがっているみてーだが……って、その内容はわかり切ってらぁな。
「決闘のことだろ?」
「おうそうだ! アーバンパレスんとこの野郎に勝ったってのは本当か!?」
「あと、お前がそんなナリでネクロマンサーってのもだ! 竜の死体を操ったって噂だぜぇ!?」
「どうなんだよ、おい!」
質疑の熱気がすげえ。つか暑苦しい。失礼かもしれんがムサい男たちに詰め寄られるのなんて趣味じゃあねえんでな。
手で男たちの顔を押しやりつつ、俺は頷く。
「どっちも合ってるよ。俺はネクロマンサーだし、アーバンパレスの冒険者との決闘に勝った。ドラゴンゾンビを召喚してな。だから、あんま近づくな。お前たちもドラゴンゾンビの餌食にしちまうぜ!」
「おいおい噂はマジだってよ!」
「ひゅうぅ! おっかねえな兄ちゃん!」
「装備を溶かされんのは勘弁だぜ!」
げはははは! と大口を開けて笑う男たち。
うーむ。悪い連中ってこたぁないが、どうにも粗野だな。気のいいヤンキーがそのまま大人になったって感じのおっさんたちだ。ま、そういう奴らは嫌いじゃねーけど。
実を言うとさっきからこうやって代わる代わる質問攻めにあっているんだが、噂の真偽を直接俺にずけずけと訊ねてくるのはやっぱこういう、良く言えば素直な、悪く言えば無遠慮な男どもばかりだった。
逆に、それとなくこちらの会話を盗み聞いているような連中は、シュッとした雰囲気の奴らが多い。同じ組合に属する仲間たちと言っても、それぞれのスタイルは明確に別れているってのが窺えるな。
遠巻きに俺を観察している連中の中には女性冒険者たちもいるようだ。そういや、仲良さげな男女混合パーティが聞きにきたのを除けば、俺に質問する女は一人もいねえな。なんかショックだぜ。
と、それとなく周囲を眺めた俺の目に、一人の少女が目についた。
女が寄り付いてないってことに思い至ったせいで余計異性の冒険者が目立って見えたってのもあるかもしれんが、それ以前にそいつがかなり特徴的だったんだ。
黒いローブで全身をすっぽりと覆った、いかにも物語の魔法使いって恰好をしたそいつはたぶん、俺よりも年下だろう。背丈や顔付きからしてほぼ間違いないはずだ。だけど若さっていうよりも何か独特な、そいつ特有の妙な気配が、そいつを周りの冒険者たちから浮かせているような感じがする。だから目に留まったんだな。
ほぼ黒に近い暗い青色の髪で目元が隠されているが、その隙間からは……揺れのない瞳がじっと俺のことを見ている。
観察するにしてはやけに堂々としたその視線に少し戸惑う俺に、ひとしきり笑い合った男たちが質問を再開した。
「なあ兄ちゃん! 決闘のことをもっと詳しく教えてくれよ!」
「どんな風に勝ったのか知りてぇぜ!」
「ん……ああ、いいぜ。俺が勝てたのはドラゴンゾンビがいたからだが、実はもう一人功労者がいるんだ。そいつが腐食のブレスでやっちまえって指令をくれたからこそ決闘を制すことができたんだぜ」
「なにっ! 本当におっかねえのはじゃあ、そいつじゃねえか!」
「いったいどこのどいつだ!?」
「それはな――ほら、来たぞ」
「ゼンタさん!」
男たちの後ろからずんずんとやってきたサラは、腰に両手を当てて憤慨を示してきた。
「一緒にクエスト選ぶって言ってたのに、ずーっと油を売って! あなたたちも散ってください! いい加減ゼンタさんは返してもらいますから!」
「おっかねえのの正体はパーティの仲間か!」
「えげつねえ指令者ってのはこの嬢ちゃんかよ!」
「おっかないだのえげつないだの、年頃の美少女になんてことを言うんです?!」
「だから美少女って自分で言うなっての」
「もう頭に来ましたよ! 今すぐ散らないと私が散らしますから!」
「やべえやべえ、おっかねえのがキレたぞ!」
「げへへへ! やれ逃げろ!」
囃し立てるようにしながら男たちは俺から離れていった。めっちゃ楽しそうだな、あの人ら。マジで中高生ぐらいのノリのままで冒険者やってやがる。過酷な仕事のはずなんだが……いや、だからこそってことなのかね。
「行きますよゼンタさん」
すたこらと消える男たちを眺めていると、サラがぐいっと俺の腕を引っ張った。その行き先はクエストボードだ。
「なんだよ、依頼ぐらい一人でも選べるだろ?」
「一緒に受けるのに私だけで選んでどうしますか」
確かにな。でも、俺としちゃあ別に選り好みせずにやるつもりなんで、そこら辺の判断はサラに任せたいってのが本音なんだが。
「私も最初はそのつもりだったんですけど……まずはクエストボードを確認してもらえますか」
「そりゃいいけど」
煮え切らない返答に首を傾げつつ、俺はボードの前に立つ冒険者たちに混じった。クエストボードっつーのは、組合が推している依頼の一覧みてーなもんだ。それぞれ最低と最高のランクであるFランククエストとSランククエストは貼られておらず、あるのはA~Eランクのクエストだ。
Eランククエストのところを見た俺は……うぬぬと呻った。
『定期クエスト・手つかず森外縁の魔獣出入り調査』
『更新! オトボリ平原の新種昆虫二種類発見ごとに八千リル』
『トウマ湖水質調査・同行者護衛アリ』
『珍味カクレトウガラシ三十個納品』
ざっといくつか並べてみたが、他のクエストも大差はない。
なんつーか、Fランクの何でも屋がやりそうだった依頼群に比べると、一気に専門性が引き上がったような気がするぞ。
「ね。私が悩んだのもわかりますよね?」
「うん、わかる。俺も今悩んでっから」
どれをやりゃいいのかわかんねえ……ってか、どれもやれそうにねえって言ったほうがいいか。だってなんか、知識とか技量が求められそうなもんばっかりなんでな。冒険者ってやっぱ、戦うだけじゃあねえんだなぁ。
「冒険者学校をスキップした弊害ですね……」
しんみりとサラがそんなことを言う。
そうか、普通は学校でこういうのも習うのか。今後のために必要な知識を身に着けつつ、危険も難関もないFランククエストで依頼をこなして冒険者生活の流れってもんを体で覚える。ビギナーランクってのはそのための時間なんだな。
けっこうよく考えられてんじゃん。
俺たちゃそれをガン無視しちまったわけだが。
「受けるとしたら、トウマ湖の水質調査かな」
「え、ゼンタさんそんなのできるんですか?」
しばらく一緒に腕組みしながら考えに考えて、俺が出した結論。その選択にサラは意外そうな顔をしたが、まさか俺に水質を調べることなんてできるはずもねえ。
「いーやさっぱりだぜ。まず水質知ってどうすんだってしか思わねえ。でもこれには他のクエストと違って、同行者がいるだろ? それがたぶん依頼主だろうから調べんの自体はその人がやるんじゃねーか?」
「なるほど。だとしたら私たちでも問題なくできそうですね!」
と、唯一自分たちで小難しい調査をしなくても済みそうなそれにしようと話が決まりかけたときだ。
「よう、お前ら。そんな顔でクエストボードと睨み合いしてるってこたぁ、何を受けようか迷ってんだな?」
「トードさん! はい、実はそうなんです。一応の目ぼしはつけたところなんですが」
「なんだ、もう決めちまったか?」
トードがどことなく残念そうにそう言うんで、俺は首を振った。
「いや、まだ決定じゃねえっすよ。紙も剥がしてねえし……なんかあるんすか?」
「俺からの推薦クエストがある。お前たちさえよければそこに貼られてるもんよりもこっちを先に受けてほしくてな」
推薦クエスト。
そんな言葉に俺たちはハテナとなる。
「なにも難しいことはねえ、受付でクエストを選ぶのとそう変わらんからな。ただこれは、組合長として勧めるもんだ。そしてこのクエストを受けるんなら、お前らにひとつ条件が付く」
「条件?」
勧めといて条件ってなんだよ、とは思わなくもなかったが、まずはその条件の中身を確かめる。
「おい、来てくれ」
トードは唐突に誰かを呼んだ。呼びかけに応じ、俺たちの前に出てきた奴がいる。そいつは――。
「さっきの……」
暗い青髪の隙間から変わらずこちらを見つめる瞳。
そこにいたのは確かに、遠巻きから俺に視線を送っていたあの子だった。
「こいつはメモリってんだ。お前たちには、たった今からこいつとパーティを組んでもらう!」
「「えぇ!?」」
いきなりのトードの宣言に、俺とサラは声を揃えて驚いた。