377.終焉
どす黒いオーラが『恨み骨髄』をどろりと包み込み、禍々しい形を取る。剣っつーより処刑具。そういう表現がぴったりの、見た目までもどす黒い物騒な形にな。
それだけじゃ留まらねえ、オーラは俺にまで伸びてきた。全身が恨みの力で覆われた! こんなとんでもねえパワーは感じたことがない。マリアにしこたまやられたときでもここまでじゃあなかった。
だがそれも当然か。なんたって俺はこいつに一度ぶっ殺されてんだ。恨みで言えばこれほどのもんもねえ。単にHPを減らされたってだけじゃなく、ゼロにされちまった。ゲームオーバーを体験させられた。
そりゃあ『恨み骨髄』が生む恨みパワーも、絶好調の真骨頂になるってもんだよなぁ!
「意趣遺恨……『自業剣』!」
「……ッ!」
さすがに魔皇も目を見開いた。
やはりこいつほどともなればヤベーもんはすぐにわかるか。
つっても俺と俺の武器が纏うオーラはいかにも危険で、そのヤバさは一目瞭然でもある。魔皇じゃなくたってこういう反応になるだろうが……いや、魔皇じゃなけりゃこの濃密すぎる恨みの気配に充てられて腰を抜かすことになってたかもしれん。
そんぐらいに『恨み骨髄』が垂れ流す復讐の殺気は凄まじい。
「『ブラックターボ』ォ……! 更に加速だッ!!」
先代魔皇の技にも少しずつ慣れてきた。俺の加速は加速する。
これはインガの『焔摩拳』っつー似たような技が目に焼き付いていたのも一助になってる。あれがなけりゃ動きに頼らない移動法にもう少し振り回されてたはずだ。初投入でもどうにか魔皇との戦いに通用するレベルでまとまってんのは、やっぱインガとの死闘が俺を成長させたからだろう。
これまでの戦いが俺を強くしている。
レベルやステータス、スキルはもちろんのこと。
それだけじゃ見えない、ステータス画面の数値や文字には表れない強さ。
マリアや魔皇が持つそういう強さを、知らず知らずのうちに俺も身につけていた。
憎たらしい敵がいた。頭もはらわたもカッカする戦いがあった。心底嫌な思いだって何度となくしてきてる――だが、今はそれらにも感謝しよう。全部が俺を強くする一助。その経験があったから俺は今こうして、魔皇とだって戦えている。
魔皇にこの剣を食らわせてやれる……!
「無駄だ無駄だ、無駄なんだよ小僧! ここに至ってまだ貴様にそんな隠し札があったとは驚いた、だがな! どんな大技にも意味はない! 貴様がどれだけの殺意と決意を込めようと、俺のHPにはもはやなんら影響をもたらせない――」
「けれど心ってのは理屈とは別なんだろ! てめーの言った通り、こいつは命じゃなく魂の削り合いだ……だったら俺は精一杯! てめーの魂をぶっ殺すぜ!」
「できると思うか、この魔皇に対して!!」
「できねーと思って振るう剣かよ、これがぁ!!」
そう見えてるなら前言撤回、とんだ節穴野郎だ。
呑気したままおっ死にな!
「ぉおおおおおおおおぉおおおおおおッッ!!」
「ぬぅっ――……っ、」
両腕を固めてのガチガチのガード。『無窮の鎖』もある、こうやって受ければ『自業剣』だって凌ぎ切れる。そう信じた魔皇はすぐに己の見当違いに気が付いただろう――バキリと。
『恨み骨髄』が、いやその剣身から出るオーラが触れた途端に、大した抵抗もなく鎖が砕け散ったもんだから。
偽界の闇を凝縮させた魔皇ご自慢の武器も、俺の恨みの前にはただの紙切れも同然だったってわけだ。
「バカな……!」
「バカなことなんてねえよ、俺の必死を届かせるためのとっておきの一撃だぜ!? てめーを縛るその鎖なんざぶっ壊せて当然!」
「……!」
「そんでもっててめー自身もぉ! こいつを食らいやがれぇっ!!」
「があゥっ……!!」
ぶった切る。まさに全身全霊、最大最強の一撃が魔皇のガードをぶち破って入った。
剣を通して伝わってくる手応えはちょっと普通じゃない。魔皇の何もかもを粉砕させたような感触だった。
これでも【不退転】によってHPは1のまま微動だにしてねえんだろうが、HP以外の全部が悲痛な悲鳴を上げてるはずだ。
「カ、ぁ……っぐ、」
堪えようとして堪え切れず、ぐらぐらと揺らめく魔皇がその証拠。嘔吐を我慢してるみてーな形相になってるぜ……へっ、俺の恨みが余程に効いたと見えるな。こいつは期待以上の威力だ。
だがまだ終わりじゃねえ。
俺が最強の一撃を決めたんだから、お次はもちろん。
「【合いの刃】発動……」
「ッ!! ま、待て――」
「【唯斬り】と【果斬り】を結合」
「くっ……!」
高まる剣気。俺の恨みパワーにも引けを取らねえそれを感じて魔皇もゾッとしたようだ。思わずって感じで待ったをかけるが、んなもんをユーキが聞き入れるはずもねえ。構わずスキルとスキルの合体を進める。
来る。そう悟った瞬間に魔皇は動く。いや。動こうとした、が正しいか。
先に攻撃しようとしたのか、逃れようとしたのかはわからん。だがとにかく魔皇はユーキが攻めるのに先んじて手を打とうとして、それに失敗した。
先に魔皇が動き出した、なのにユーキが斬るほうが遥かに早かったんだ。
「【終斬り】!!」
「――っ、」
リィン、と。
振り抜かれたユーキの刀、その刀身が震える音。それだけが聞こえた。それだけしか聞こえないほど、静かな斬り方だった。
しかしその威力は絶大。
魔皇は大口を開きながらも呻き声すら発せられずに苦しんでいる。
たまげたな、これは……やっぱ持って生まれた才能の差なのか、新技の習熟はユーキのほうが俺よりずっと早いみてえだ。もう【合いの刃】っていう新しいスキルを万全に使いこなせるようになったっぽいぜ。
恨みの力に加えて先代魔皇の後押しまで受けてる俺に勝るとも劣らねえ一撃とはな……マリアの見立ては正しかった。
マリアじゃなく、この一ノ瀬ユーキこそが魔皇を倒す宿命を背負った――背負わされた『勇者』なんだ。
いつかはマリアすらも超えるはずだと思わされるこの才能を見せつけられたなら、誰だってそうも確信する。
「こ、んな――こんな、バカなことが……あるはずが、」
魔皇は動けない。HPは無事でも、システムによって守られていても、それでも肉体が言うことを聞かないほどのダメージを受けたんだ。
――終わらせるときだ。
「オレゼンタさん、お願いできますか」
「おう、合わせるぜ。さっきみてーにやりゃいいんだな?」
「あれよりももっと。寸分の狂いもなく、同じタイミングで。【無想】を発動すれば互いが邪魔になることはありませんから」
「ほー、いいじゃねえか。締めにゃあそれが相応しい」
「き、貴様ら……ッ」
目と歯を剥く魔皇。俺たちが何をしようとしてるのかは奴にも明白なことらしい。まあそりゃそうだ、こうして目の前で剣と刀を構える俺たちを見ちまったならな――。
「『自業剣』――」
「【終斬り】――」
「ゥ……、」
「「『終焉斬』!!!」」
鏡映しの軌道で振るわれた剣と刀は、【無想】によって干渉することなく完璧に重なり合い。
交差した瞬間にピッタリと魔皇を捉えた。
【聖魔合一】と同じだ。足し算じゃなく掛け算。俺の『自業剣』とユーキの【終斬り】は双方が双方を高め合い、威力を飛躍的に伸ばした。
一撃ずつでも強烈なこいつをふたつ一遍に浴びた魔皇は。
「…………、」
なんのリアクションもなく、ただ両膝をついた。だらりと垂れ下がった両手や、天を仰ぐように上を向いた顔。
一見して廃人のような、裁かれる罪人のようなその姿を見ても、俺たちは警戒を解かない。
まだなのか。それともようやくか。
会心の攻撃が決まった自覚はあるが、果たしてそれが魔皇に通じたのかどうか……その精神に届いたのか、どうか。
「こ――、」
「「……!」」
「この、俺が……貴様ら、などに……心を。魂、を――折られるだと」
呆けたようにぱくぱくと動く口から、そんな小さな擦れ声が聞こえたと思えば。
ぐらりと偽界が歪んだ。
これは、術者の意思とは関係なしの強制解除。
それが意味するところはつまり――。




