373.私たちが進むべきは
「来るようですよ、オレゼンタさん」
「ああ、見りゃわかるぜユーキ。デカブツのくせにけっこう速ぇなおい」
鎖の化け物が牙を剥いて(?)襲いかかろとしてくる様を眺め、ゼンタはほとほと魔皇の引き出しの多さに呆れ、感心する。こうまで手を変え品を変え、あれやこれやと技を見せてくれるのがいっそ楽しくすらあった。【聖魔合一】で大人しくなったインガの残滓がまたぞろ燻り出したのか。
あるいはこればかりは、ゼンタ自身の高揚が理由なのかもしれないが。
「あっちに対応すりゃこっち、こっちに対応すりゃそっち……さすがに百年以上の経験の差は伊達じゃあ済まねえってことか。この手札の多さに加え、どれも例に漏れずとんでもなく厄介だもんな。そんでもって、やらしくて巧い」
背後を確認すれば、そちらからも鎖の大波が迫ってきている。『逃げ場なし』と告げた魔皇の言に嘘はないようだ。それは心象偽界が閉ざされた世界を創る術であるというだけでなく、どこに逃げようとしても確実に捕えてみせるという宣言でもあったのだろう。
ご丁寧に逃げ道を塞いでくれた魔皇に、ゼンタはふんと鼻を鳴らす。
「アホたれがよ。この状況で逃げるわきゃねえってのに」
「そうですね。私たちが進むべきは、前。この状況を作り出している大元たる魔皇の下以外にはないでしょう」
今の状況は、よく似ている。
マリアの偽界に閉じ込められ、充満する光の霧によって全方位から追い詰められたあのときと。
ここまで類似した戦法を魔皇が繰り出すなどとはマリアも思ってもいなかったはずだが、広範囲での物量攻撃への対処を覚えさせる目的があってのあの攻め方だったことは間違いないはず――またしてもマリアに助けられた、と二人はぐっと手の内にある武器を握りしめた。
「――突っ切るぜ」
「了解」
飛翔。後ろへ下がらず前に出ることを選んだ二人にまず伸びてきたのは、化け物の体から伸びる触手だった。
何本もの鎖が絡まって出来ているそれの先端は寒気がするほどに鋭利であり、突き出される角度もまた非常に鋭かった。
「【金剛】――」
「――【剛体】」
「「【金剛体不壊】!」」
ゼンタとユーキはその危険極まりない触手を、避けようとしなかった。
そんな真似をしていては本命たる化け物本体への攻撃のチャンスを失ってしまうことになる。かと言ってただ避けないのでは触手に勢いを殺され、あえなく捕まってしまう。その事態を防ぐための手段がこれだった。
互いに持つ硬化能力のスキルを掛け合わせる。強化スキルではないものにも【聖魔合一】の特性が適用されるかは完全に未知数だったが、二人はできると信じていたし、なんなら【聖魔合一】にそのような機能がなくとも必ず上手くいくと知っていた。
今の自分なら、自分たちなら、どんな道理だって引っ込ませることができると。
そう強く信じた結果の新スキル【金剛体不壊】は、比類なき堅牢さを少年らの肉体に与えた。
「っぉおおおおおおおおおお!! 『ブラックターボ』を全開だ!」
触手の刺突を何度も食らいながらも、構わず加速。闇の噴流によって漆黒の流れ星と化したゼンタはユーキよりも一足先に化け物の本体へと到達し。
「『ハイパワースラッシュ』!」
死と闇と光。纏め上げるには癖のあり過ぎる三属性を戦斧に乗せて、放つ。鞭のようにしなった柄が更なる加速を生み、ゼンタ自身の速度と合わさって刃は軌道の途上でふっと消失。
次の瞬間には鎖の化け物の胴体を大きく切り裂いていた。
「今だユーキ!」
「はい……!」
ゼンタから僅かに遅れてユーキも敵を射程圏に納める。ぐらりと傾ぎながらも新しい鎖を伸ばして切り口の修復を図ろうとしている化け物に、そうはさせじと白刃を煌めかせる。
「【合いの刃】発動――【唯斬り】と【無間斬り】を結合」
キン、と。
小さく高い音。
それが聞こえたときにはもう、ユーキは化け物の横を通り過ぎていた。先にそこで待っていたゼンタの横で、刀を一振り。対象を斬り終えてなお刃に残ってしまっていた己が剣気を払った。
「【無限斬り】」
――鎖の化け物が、崩れ落ちた。
見ればその身体を構成する一本一本が……否、鎖の輪のひとつひとつが断ち斬られている。無論、ユーキがスキルによって斬ったのだ。それは化け物の本体だけに留まらず、その足元から伸びる鎖の大海にまで影響があった。
「…………!!」
偽界と混ざり合い、偽の世界を構築している『無窮の鎖』。その内の実に五分の一が今の攻撃で、たったの一撃で掃討された。
これには魔皇も目を剥いた。そもそも明らかに無数の斬撃を放っている今の一撃を一撃と数えていいのかもわからないが、しかしてユーキが一刀のもとにこれを為したことは事実。
「ちぃっ、ここまでのものか、【聖魔合一】とは……!」
強化の度合いがあまりにも逸脱している。改めて実感させられた事実に青筋を浮かばせながらも、魔皇が化け物の再構築と他の鎖の侵攻を急がせようとすれば。
「【合いの刃】――」
「っ!」
「【大岩烈風斬り】!」
飛来する斬撃が魔皇の手を止めた。身を守りながらでも鎖の操作くらいは行える彼だが、しかし今ばかりはそうもいかなかった。どんな事柄であろうと作業を並行させるためには、それ相応の余裕がなければならないのだ。
(お――重いっ、さっきまでとはまるで質が違う!!)
つまり、防御に手一杯の状況では『無窮の鎖』の操作も精々が防具として扱うのが精々であり、そうなれば攻め手を中断させる以外にはない。
偽界と同化している鎖は『常夜神隠法』の性質によって魔皇の意思が介入せずとも敵を追い詰めようとするが、それは這い寄る闇のように静かで遅々としたものだ。
そこらの雑魚ならいざ知らず、あの二人を相手には鎖の自動攻撃など十分に通用してくれるはずもなく――。
「っふん!」
「『ブラックターボ』――」
「! このっ――」
力で斬撃を押し返した、ところで真横にいるゼンタに気付き、魔皇も攻撃態勢を取る。
「『ハイパワースラッシュ』!」
「『偽界大闇撃』!」
火山の噴火のように盛大に飛び散る闇、それと一体となった無制限の鎖。それらはあたかも榴弾の如く強かにゼンタの体を叩いたが、彼の振るった戦斧もまた猛烈な勢いで爆発を突き破り、しかと魔皇に届いていた。
「痛ぅあ……!」
「ぐうぅ……っ!」
激痛により両者ともに呻き声を上げつつ、しかし止まりはせず、両者ともに次のために動き出していた。
「『ブラック――なにっ!?』
「させん!」
姿勢を正すよりも先に闇のジェット噴射で距離を詰め直そうとしたゼンタだったが、それよりも魔皇の鎖のほうが早かった。
足が、絡め取られていてる。
偽界の闇だけなら【偽界】で無力化できても、そこに『無窮の鎖』が加わればその限りではなくなる。まさに魔皇が思い描いた通りの、大鎖牢による捕獲。それが実現されたのが今のゼンタの姿だった。
「っ、鎖の操作が早すぎんだろ――!」
「舐めるなと言ったはずだ、俺を誰だと心得ている!?」
足元の鎖をまとめて吹き飛ばそうとゼンタが戦斧を掲げた、そこを狙って魔皇は再び大規模【闇撃】を食らわせようとして――。
「【縮地石火斬り】」
「ッッ……?!」
目にも留まらぬ速さで、斬られた。
たたらを踏む彼の視線の先ではゼンタが無事に鎖を切って自由を取り戻しており、そこから少し距離を置いた場所では刀を構え直すユーキの姿があった。
「どぉっ、どこまでも鬱陶しいガキが――ッ」
「【烈風桜突】」
「ッガぁ……、」
罵詈のひとつも言えずに、飛ぶ突き攻撃によって額を打ち据えられる。強制的に上に向いた顔を正面に戻せば、目の前に斧。
「……ッ!!」
「『ハイパワースラッシュ』!!」
今度は身を守ることすら間に合わず。
魔皇はゼンタ渾身の一撃を無防備に食らい、偽界を転がった。
「カ、はァっ……!」
痛みと怒り。それらによって明滅する視界にも常にはっきりと映し出されているHPゲージが、ついに残りが僅かであると知らせる赤色へと変化したことで。
自分の命が危険域に到達したのだと、闇と鎖の残骸に埋もれながら魔皇は知った。
――濃厚な敗北の予感と共に。




