372.俺の世界にいる以上
「きッ、貴様ぁ……この俺にそんなものでダメージを!」
死属性と闇属性、それからユーキ由来の光属性。本来なら魔皇にとっては痛くも痒くもない組み合わせだ。【聖魔混合】を発動させている今となっては尚更に、どれを取ってもダメージの負いようがない。
それをゼンタは、ひたすらに強化を重ねることで相性の壁を力尽くで突破してしまった。
「いい感じだぜ、先代魔皇サマの『常夜技法』! 速さ、特に加速力ってのはそれだけで武器だよな。せっかく貰ったもんだ、俺流にこの技を名付けるとしたら……『ブラックターボ』ってところか」
「……! 中学生のようなネーミングセンスだな」
「あぁ? 中学生つかまえて何言ってんだてめー」
「ダサいと言わんとわからんか!」
「ダサくねぇわ!」
加速。ゼンタ曰くのブラックターボが戦斧を跳ね上げ、込められた力以上の速度で魔皇を襲った。
「づぅッ、」
それを魔皇は紙一重で避けつつ、敵の懐へ入り込む。如何に素早かろうと単発の攻撃、それも挑発に乗る形で行われたものなら回避もできる。とはいえ予想よりも幾分過酷なタイミングとなって掠りはしてしまったのだが、ともかく。
武器を振り上げた体勢で内に入られたこの状況。
いくら初動をブラックターボに頼ったとて、長柄の得物を手にするゼンタには対処など間に合うはずもない――。
「【無想】発動――【果斬り】!」
「ッがぁ……!?」
そこにユーキの助太刀が入った。
無論、魔皇もゼンタに気を取られ彼女の存在を忘れるような愚は犯していない。ユーキがゼンタの背中側から動いていないことは確認済みだった。ゼンタがそこからどかないことにはユーキの刃が届くことはない。そういう計算をしていただけに、これには驚嘆させられた。
ゼンタの向こう側から、斬撃が襲ってきた。そして自分だけに命中した。
今のは確実にゼンタも巻き込んだ軌道だった、なのに何故己だけがユーキの攻撃を食らったのか。経験豊富な魔皇は、疑問を抱く暇も介さずにその謎を解いている。
「【無想】とやらの力か! 察するに攻撃対象以外をすり抜けるスキル……!」
偽界を開く前までは使っていなかったはずのスキルだ。あの攻防において使用できて、それを控える理由はない。だとするなら、先の一時。ユーキが偽界へ侵入し、ゼンタが復活するまでの間に。
システム封じによって【聖魔合一】が解除されたことで経験値が入手できるようになったあのタイミングで――おそらくはゼンタによって救われたあの瞬間に、ユーキはレベルアップしたのだ。
それによって得た新スキルが【無想】。
と、いうことなのだろう。
「【真閃】・【唯斬り】!」
「『ハイパワースラッシュ』!」
「ッ――だから面倒だと言うんだよ、貴様らはぁ!」
闇の波に自分を拐わせる。足を使わず標的が移動したことで刀と斧が空を切ったところに、大量の闇を纏ったまま吶喊。
「「!」」
「あぁああああぁああああッッ!!」
この闇と一体となった突撃は、ただの突撃では終わらない。そう見抜いたゼンタとユーキがそれぞれ武器を盾としながら範囲外を目指す、と同時に魔皇も。
「『偽界大闇撃』!」
「「――っ!!」」
先代魔皇の偽界に満ち満ちる闇を用いての【闇撃】。
ただ操るだけならともかく、出自の違う闇をスキルの弾とするには一手間がかかる。だが【深淵】によって闇を作り替える作業程度なら戦いとも並行して進められた――魔皇が積んだ研鑽の日々は如実に結果として表れている。
果てはない。だが決して広いとは言えない偽界中を震撼させる大爆発が起こった。
その瞬間に上空へ飛んで被害を余波だけに留めた少年少女は、どちらも高さを一定で止めた。何故なら偽界を覆う空もまた闇。考えなしに高度を稼ごうとしたら結局のところ闇の只中へ突入してしまうことになる。
「ふん、お利巧だなガキ共。だがどのみちだ。俺の世界にいる以上、どこにいようと貴様らに自由などない! それを今からその心身に教えてやる――伸びろ『無窮の鎖』よ!」
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ。
「なっ、んだこりゃあ……!」
魔皇の両腕の鎖が――否、その体中から飛び出すように膨大な量の鎖が、彼を中心として偽界全体へと波及していく。折り重なるほど大量の蛇がそこから生まれ、世界を侵略しているかのような。
なんともゾッとさせられる光景にゼンタは顔をしかめたが、隣のユーキがそれだけではないと叫ぶ。
「よく見てくださいオレゼンタさん。あの鎖はただ数を増やしているだけではありません……この偽界の闇と同化していっています!」
「なんだって?」
言われてゼンタも目を凝らせば、ユーキの指摘が正しいことがわかった。
際限なく広がっていく鎖は闇に浸され、溶け込んでもいる。ならばやはりこの光景は侵略というよりも同化と称したほうが適切なのだろう。
「野郎は自前の闇と鎖を合体させてたが、偽界でもそれができるってのか……! こいつはちとやべえな」
デバフは受け付けなくなったとはいえ、魔皇が自在に操れる闇に満ちた空間で戦うというだけでも不利は不利だった。先の『偽界大闇撃』がその最たる例だろう。だというのに、これで魔皇は攻撃スキル用の弾としてだけでなく、偽界の闇そのものを武器として振るうことができるようになった。
その規模は言うまでもなく、【闇纏い】で着込んだ闇だけに頼っていた先刻とは比べ物にもならない。
「『偽界大鎖牢』――!」
「う、ぉ……!?」
どうやら『常夜神隠法』と『無窮の鎖』の同化は完了したらしい。空の上。まったく先が見えないほど分厚く暗い闇の雲から幾条もの鎖が垂れ落ちてきたことでゼンタはそれを知った。
この鎖に触れてはならない。捕まってはならない。ひとたびそうなってしまえばその末路は目に浮かぶようだ。
世界と一体となって無限の質量を得た鎖に飲み込まれ、磨り潰され、骸を晒す。それだけの未来が待ち構えている。
共にそう確信したゼンタとユーキは天より垂らされた蜘蛛の糸の如き鎖を回避する。それは彼らを狙って落ちてきているものではないために避けること自体は容易かった。が、それだけで済むはずは当然なく。
「「ッ!」」
案の定。既に両者が想定していた通り、しかして実際に目の当たりにしてみれば想定以上だと戦慄せざるを得ない物量で偽界の地を満たす闇全体がせぐり上がり、鎖の波が巨大蛇のように鎌首をもたげていた。
その標的は、飛び回る二匹のハエ。
鎖の化け物から見ればまさにゼンタとユーキはその程度のサイズでしかなかった。
「ハハハハッ――いい表情をしてくれるじゃあないか! さぁて、賢しらなガキ共は次にどこへ逃げるのか? どこにも逃げ場などないというのになぁ!」
偽界と鎖と【闇天牢】。自身でも凶悪無比と認めるコンボを成立させたことで魔皇は高笑う。とはいえ、彼も今となってはこれだけで二人を仕留められるなどとは考えていなかった。
高レベルの来訪者同士の戦いは「削り合い」だ。その観点で見るなら現在主導権を握っているのは間違いなく自分である。凶悪なコンボの成立とは即ち、敵に一方的にリソースを吐き出させる状況を成り立たせたという意味でもある。
ソラナキの戦法を身に着け早くも使いこなしつつあるゼンタと、【無想】により敵味方入り乱れての至近戦に更に強くなったユーキ。
彼らが新たに手に入れた武器を自らから遠ざけながら、疲労を率先して促す。魔皇の取った策は満点の解答に近く、それを暗に二人も認めているからこそのあの渋面だ。
海千山千の経験により戦闘のメイクはお手の物。だから魔皇は嗤うのだ。
「どれだけ貴様らが理不尽の権化でも! そんな敵は過去にもいくらでも屠ってきた、故に俺は魔皇なのだ! 我が配下たちにそう認められたことは伊達ではないのだ……何度でも言おう! 俺の勝利は、揺るがないと!!」
「「……!」」
鎖で出来た巨大な化け物が、少年たちを丸呑みにせんと迫った。




