37.Fランク卒業
「長い付き合い……!? そんな昔からの知り合いなんすか?」
「そうだ。つっても二十年ほど前を最後にしてまともに顔を合わせちゃいねえがな。だが元気にやってるらしいってのは、時折聞く奴の噂話で伝わってくるぜ」
懐かしむような、苦笑いするような、なんとも言えない顔でトードが言う。
「その人、ずっとこっちにいるんすよね?」
「こっちって……あぁ、そういうことか。あいつは元いた世界へ帰ったりしてねえはずだぞ。俺の知る限りでは、だけどな」
「やっぱそうか……」
となると二十年来の付き合いか。いや、口振りからすると付き合い自体はもっと前からあるようだな。それが本当なら、その人は二十年以上も前にこっちの世界にやってきて、そして未だに滞在していることになる。
……こりゃあ、いよいよ元の世界への帰還ってのが難しいもんだって証明されちまったかもな。
だってそうじゃなきゃ、こんな長いこと取り残されたりはしねえだろう?
「なんだ、あいつに興味があるのか?」
俺の食いつきをそう判断したらしいトード。だが俺が探してんのはせんせーとクラスメートたちだ。二十年前に来てる人ならどう考えたって俺の知り合いじゃない――とはいえだ。
確実にいる来訪者。しかもトードの知り合いだ。
会って、詳しく話を聞いてみたい。
俺がそう考えるのもごく自然なこったろ?
「興味、ありありっすね。どうやったらその人に会えるんすか?」
アーバンパレスと話し合いの場を設けたように、こっちもセッティングしてくれねーかと期待を込めて訊ねてみると、トードはさっき以上に苦いような渋いような顔をした。
「来訪者同士で話したいこともあるってか。会わせてやりてーところだが……やめといたほうがいいな」
「えっ、なんで……」
「あいつはなぁ……気難しいんだよ。こだわりが強すぎるって言ったほうがいいか、とにかく難儀な性格をしてるもんでな」
うへえ、難儀な性格ねえ。
つまりトードは、俺がその人を怒らせちまうんじゃないかと心配してるってことか。
「そんなに俺とは相性悪い感じなんすか」
「……お前は今回、実力を見せた。Fランクがドラゴンゾンビを使役するなんざ……してるんだよな? なんでそんな顔をするんだ。なに、使役っつーより友達だと? ……まあいい。ともかく、ドラゴンゾンビを召喚するビギナーなんて前代未聞だ。ジョニーだけじゃなく、お前より上のランクの冒険者でもあれを相手にはそうそう勝てやしねえさ。――だが、あいつはそういう一発芸めいた強さを嫌うんだ」
そこまで言って、ふっとトードは自然な笑顔を見せた。
「おかしなこったろ? 自分だってスキルなんつー突拍子もねえ力を持ってるくせに、それを毛嫌いするってんだから。その奇妙さはもしかすると、俺よりも同じ来訪者のお前のほうがよくわかるんじゃねーか、ゼンタよ」
「……うす」
SPは俺の命綱で、スキルはそれを引っ掻けるための鉤爪みてーなもんだ。俺が死なないためにどれだけスキルに依存しているかってのは、もはや考えるまでもねーこった。
だがそれは、来訪者としちゃ普通なことのはず。だっていきなり物騒な世界に放り出されたんだぜ? 頼りになるのはスキルしかねえ。だったらそれを存分に活用してくのは当然のことだわな。
だからこそ、スキルを嫌う来訪者なんてのは、俺にはどんな奴なのか想像もつかなかった。
「別にスキルそのものを否定していたわけじゃねーぜ。あいつだって戦闘に使ってたしな。ただ、本人の実力と関係ないような、格上にも楽に勝てるような力は好まなかった。ま、そこは奴なりの線引きがあったんだろうが……来訪者じゃない俺からすると、スキルの強さってのはまさにそこにあると思っているからな。今思い返しても、やっぱりあいつはどうにも変わり者だよ」
トードの言ってることはきっと正しい。
と、来訪者側の俺も思う。
SPさえ足りてれば、訳も理屈もわからなくても使える力。それもおそらく数え切れないくらいの種類があるんだ。さっきのトードの言葉通り、それを活かした「予測のつかなさ」ってのがたぶん、来訪者にとっての最大の武器になるんだ。
ドラゴンゾンビの召喚で意表を突いたさっきの俺なんてのはその典型的な例みてーなもんで、トードの知り合いがそういうのを嫌うんだったら、なるほど。そりゃあ俺を紹介するのは気が引けるわな……。
ただ、だからってじゃあ諦めますとはなんねえよな!
俺は直角に腰を曲げ、頭を下げて頼み込む。
「トードさん! 俺、それでもその人と会ってみたいんだ! どうしても色々と聞きたいことがあって……だから、どうか紹介してほしい! この通りっす!」
「無理だ。……今はまだ、な」
「今は? ってことは」
顔を上げた俺に、トードは白い歯を見せた。
「強くなれ。真っ当に、真っ直ぐにな。ドラゴンゾンビを召喚せずともアーバンパレスの構成員に勝てるくらい強くなるんだ。そうなりゃ、あいつもお前とちゃんと話をするだろうさ」
「なるほどな……わかったぜ。だけど認められるためには、どうすりゃいいんだ? どうすれば強くなれる?」
「そりゃあお前は冒険者なんだから、冒険者ランクを上げるのが一番の道だな」
あー、結局はそこに行き着くわけか。
冒険者として有名になるってのはサラとともに掲げた目標でもあるし、それを目指すのはいいんだが、いかんせんそのためにいるもんが不足してんだよな……。
と頭を抱えた俺を前に、トードはさもたった今思いついたような口振りで言った。
「……ああ、そうそう。アーバンパレスとの決闘を制したことと、ウラナール山から持ち帰った情報の価値とで、お前たちのFランク卒業を認めようと考えていたところだが」
「マジっすか!?」
「マジだよ」
うおおお、やったぜ! どうしたもんかと悩まされていたFランク問題が解決した!
いやまさか、こんな展開になるとはな。こうなると最初はムカつかされっぱなしだったジョニーにも少しは感謝しておこうかって気になるぜ。
「たった今からお前とサラは、Eランクのパーティになる。Fランクがあくまで仮の冒険者扱いだってことを踏まえると、実質ここが本当のスタート地点だぞ」
「EからDに上がるには、クエストをこなしていけばいいんすよね?」
「そうだ。Eランクになると評価の基準にされる実績点ってのがある。数多くクエストをこなすことだ。そうすりゃ色々と知識も身に尽くし、実績点も溜まる。戦闘が避けられないクエストだってEランクからは増える。つまり鍛えられもする……お前にとっていいこと尽くめだろう?」
「ああ! トードさん、俺頑張るぜ!」
「おぉ、その意気だ!」
ドン、と背中を叩かれる。分厚い羽子板でぶたれたみてーにけっこうな痛みだったが、今はそれも気にならない。テンションの上がった俺は、こっちを見て怪訝な顔付きになっているサラにEランク昇格を知らせようと走った。
――さあ、こっからが俺たちの本格的な冒険者生活の始まりだぜ!
◇◇◇
ポレロの街のとある建物の屋根の上。
冒険者組合が見えるその位置で、ジョニーをそっと肩から降ろしたレヴィは、それから丁寧に頭を下げた。
「すみません、マクラレンさんにシャッフルズさん。お忙しいところを急行していただいたのに」
その陳謝に、謝られた側の一人がいやいやと些かオーバーリアクション気味に振袖姿の身を捩らせて応じた。
「あ~ん、謝らないでぇレヴィちゃん。状況を確かめるためとはいえ現場へ先行させたのはすっごく不安だったもん。二人だけにインガの相手を任せるなんて、できないでしょ? だから急いだんだよ~。それにしても怪我がなくてよかった! インガに逃げられたのは残念だけど、私はそれだけで満足よ」
「……はい、ありがとうございます」
「うふふ~、レヴィちゃんは律義なんだからぁ。私のことはマーニーズちゃん……ううん、マニーちゃんって呼んでくれていいのに、いつまで経っても呼んでくれないしぃ」
楽しそうに話すマーニーズという女性は、目の前でレヴィが頭を下げながらも拳をぎゅっと強く握りしめているということに、ちっとも気付いていないようだった。
その光景をポケットに手を突っ込んだまま仏頂面で眺めていたもう一人の人物、光沢を放つ上等そうな革のジャケットを着込んだ男性はふんと鼻を鳴らした。
「怪我がなくてよかっただぁ? そこでノびてるのが一人いるじゃねえか。まさかお前の目には映ってねえのか?」
「怪我はしてないでしょぉ、ただ気絶してるだけ。揚げ足取りなんだからぁ、ジョンちゃんは」
「まったくお優しいんだか冷たいんだか……おいレヴィ。こいつの言うことをまともに取り合う必要なんてねえぞ」
「あ~! ひどぉい、ジョンちゃん! どーしていっつも私に意地悪ばかりするのぉ!?」
ぷりぷり、と両手を振って怒ってますアピールをするマーニーズを綺麗に無視して、ジョンはレヴィへと問いかけた。
「それより、報告に関してだ。あの内容は確かなのか?」
「はい。ゼンタ・シバとサラ・サテライトについては、ありのままをお伝えしました」
「あらぁ~、それが確かなら……」
パッと。
不気味なほどの切り替えの早さで、マーニーズは和服の袖で口元を覆いながら笑った。
「インガの足取りよりも大きな収穫、かもしれないわねぇ」
「決めつけんのは早計だ」
「もう、確かならって言ったでしょ~。ジョンちゃんまた揚げ足ぃ~。……うふ。いずれにせよ、面白い子たちみーつけた」
「…………」
ジョン・シャッフルズとマーニーズ・マクラレン。
アーバンパレスの誇る特級構成員二人が並んで冒険者組合を見下ろす様を、その後ろからレヴィはじっと見つめていた。
ジョニーはと言うとこの間ずっと、朦朧とした意識のままでぐったりしていた。