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362.柴善太は死んだ

「ふ――ふふ! ふふふふ! やったぞ! 成功だ! インガの持つシステム封じの力を! 俺は完全に手中に収めたんだ!」


「う、ぐっ……、」


 テンションたっけーな、おい。大層お喜びのようなんで俺からもおめでとうの一言くらいは伝えるべきかもしれねーが、生憎とそんな皮肉も言えやしねえぜこんちくしょう。


 【聖魔合一】だけじゃない……野郎が【併呑】を発動したことで、俺が発動していたスキルは軒並み解除されちまった。自動発動型のも一緒にな。


 今の俺にはもう【明鏡止水】も【先見予知】も働いていない――そして【偽界】も同様に。


「ふっ、んぬ……!」


 スキル抹殺。それはインガ戦と同じ状況なんだが、ヤバさで言えばあれ以上だ。


 あのときゃ『陰骨雅月いんこつががち』の性質上、インガもまたシステム封じ以外の特殊な力は全て封印されていた。術者だろうとお構いなしに着の身着のままの肉弾戦を強いる。それがあいつの偽界だった。


 ところが魔皇はどうだ。【併呑】で発動させた『陰骨雅月いんこつががち』は、どうだ。先代魔皇の偽界、『常夜神隠法とこよかみかくのほう』はその能力を失っちゃいないぞ……【偽界】を失ったことで抵抗力を弱めた俺に容赦なく絡みついてこようとする。


 一瞬でも気を抜くとマジで闇ん中に沈められちまいそうだ。

 どうやってそれに抗ってんのかは自分でもよくわからねーが、とにかく瀬戸際で俺は留まっている。


 しかしこれ以上できることがないってのは非常にマズいな……!


「ほう! 驚いたな、スキルなしでも先代魔皇の闇にここまで耐えてみせるか。貴様が持つ闇の素質は俺以上、ということか? 当時の俺よりも貴様のレベルが上だというのならその耐性も頷けはする――が、おそらくそれだけが理由ではあるまい。ユーキを見ても思ったことだが勇者はより勇者らしく、死霊術師はより死霊術師らしく。そうなるように選ばれているような気がするな。それがいったい何を意味しているのかは上位者かみのみぞ知ることだが」


 ぺらぺらと話す魔皇の機嫌は、とてもいい。


 そんなにシステム封じに成功したのが嬉しいか……いやまあこいつからすりゃそうだろうな。百年越しの悲願を叶えるための最重要項目。それがこの力を自分の物にすることだったんだろうから。


 さっきまで張り詰めていた雰囲気にまた当初のような余裕が戻ってきてるのもその証拠。……だったらありがたくその調子の良さに乗っからせてもらおう。


 お喋りをできるだけ長く続けさせるんだ。


「て、てめえが……この偽界の力を、満足に引き出せてないせいじゃあ、ねーか……?」


「ふむ。それもひとつか。しかし劣化とはいえどのみちこの闇に対抗できる者などそうはいないのだ」


「ちっ、ズリぃな……インガだって、そんなことはできなかったってのに、てめえは別の偽界と一緒に……システム封じを使えるってのか」


「そのために調整を重ねてきた。この努力ばかりは無駄にならず安堵しているところだ――今や俺は元の持ち主以上にシステム封じに精通し、使いこなしているという自信がある。ふふ、まあ、インガは元からこの力に頼ることを良しとしない奴だったからな、それも当然と言えば当然だ」


 ――奴もまた思い出に縛られていた。

 そう言って魔皇は、じゃらりと鎖を鳴らした。


「『無窮の鎖』」


「っぐぅ……?!」


「会話で長引かせようという魂胆は見え透いている。マリアの娘なんだ、ユーキが心象偽界を未習得などとは俺も思っていないさ……貴様も助けを期待しているからこそ抵抗をやめないんだろう?」


 何を言ってんだ、仮に助けが来ないとしても諦めたりなんかするわきゃねーだろ……と反論したいとこだがそれもできねえ。


 魔皇の腕から伸びた鎖が俺の体中を縛りつけ、口まで塞いじまったからだ。


 や、野郎……! この鎖はスキルで生み出した物! それを使えるってことは、システム封じを発動させながらも自分は一切制約を受けてないってことになる!


 同じく【併呑】で得た能力だから先代魔皇の偽界も併用できてるんじゃねーか、という俺の推理はてんで的外れだったらしい。魔皇は想像した以上に凶悪な武器を完成させたんだ。


 自分には適用されない一方的なシステム封じ!

 来訪者や管理者に対するまさに最強の矛を、魔皇は手にした……!


「悟ったようだな、小僧。偽界の闇さえどうにかできれば他にスキルを使えない俺を相手に格闘戦が臨める、対等の条件で戦える――などと考えていたんだろうが、甘い甘い。誰がそんな希望を与えるものか。言ったろう、インガ以上に使いこなしているのがこの俺だと。あいつの甘さが生んだ弱点そのままに継承はせんさ」


「むぐ、」


 ぐっ、と俺を縛る鎖を引いて更にキツく締め上げて魔皇は。


「この鎖は念のためだ。どうせ身動きは取れないだろうが、油断は禁物。いくらスキルを封じたと言っても安心できない怖さが貴様らにはある。……どうした、これは最大級の褒め言葉だぞ? 手向けでもあるんだ、もっと喜べよ小僧」


「むうっ、むぐもがご……!」


「はっは、何を言ってるやらさっぱりだ。しかし現状はきちんと理解できたようだな……今度という今度こそ、終わりだ。スキルを失くし、システムによる加護も失くした貴様にもはや対抗の術はない。小娘がやって来る前にその命、散らしてくれよう」


「……!」


 ヤ――ヤベぇ。今度という今度こそ、マジで終わらせられちまう。


 インガの力を実際に自分で使うのはこれが初だと言っていた。何故か偽界を開くことも躊躇っていたし、色々と本人にとっても賭けだったんだろうが……魔皇はその賭けに勝った。何もかもを思い描いた通りに実現させられたんだ。


 その煽りをまんま俺が食らっちまってるわけで、この場面。ここまで「どうしようもない」って言葉がピッタリの状況は今までにもなかったぜ……!


「【瞬生】を発動。手こずらせてくれたが……これでさらばだ、小僧」


 思った通り。やはりスキルで確実に殺しにきた。


 それが今まで発動されてねー新手のもんだってのは予想外だったが、結局のところなんだって一緒だった。


「ムガッ、は――ァ……」


 振り抜かれた、魔皇の貫手。それは俺の胸のど真ん中に突き刺さった。比喩じゃあなく、手首のとこまで本当に埋まってる。痛みは――ない。それどころじゃないんだ。


「ふん――」


「が。ふ……、」


 引き抜かれる手。ごぼり、と俺の胸の内をこそぎあげるようにして出ていったそれを追いかけ、真っ赤な液体のアーチがかかる。俺の血。傷口から吹き出すそれは俺の体の一部のはずなのに、とても熱かった。


「【瞬生】は読んで字の如く、生を瞬に終わらせるスキル。どんな小さなものでも与えた傷が致命傷になるという効果を持つ。再生力を売りとする吸血鬼などにはイマイチ効きが悪く、そもそも傷を負わない来訪者には無用の長物と成り果てる、敵によって有用さが大きく変動するスキルだが……今の貴様を仕留めるにこれほど最適なものはない」


 鎖が――解かれる。代わりに闇が大量に俺の足元から這い上がってくる。


 重い。耐え切れない。俺は膝をつき、手をつき、闇の中に血をぶちまけた。


 き、傷が……深くなっていく。胸に空いた穴が、偽界の闇と同じ色をしている。真っ黒だ。それがうぞうぞと動き、傷そのものが俺の肉体のより深くへと――より致命的な部分へと移動を始めている。


「ア、……」


 今。

 心臓が。

 潰れた。


 味わったことのない寒気のする痛み。

 それが本当の死だと、理解した瞬間。


 HPゲージがゼロになった。

 ミリも残らない、完全な無。



『残念! ゲームオーバーです。ゼンタ・シバの冒険はここで終わってしまった』



 そんな無機質な文言が視界に浮かんで。

 そして何も見えなくなった。


 ――柴善太は死んだ。


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