36.本物の実力者たち
「…………」
「……! んだよ?」
腐食のブレスを吹っ飛ばしてからジョニーの様子を一瞥して確かめたレヴィが、今度は俺のほうを見た。
まさかの乱入勝負かと身構えれば、レヴィは緩やかに首を振る。
「勘違いしないで。決闘に割り込もうなんて思ってないわ……この勝負は、あなたの勝ちよ。だからその唸ってるドラゴンゾンビを引っ込めてくれる?」
「お、おう。おつかれドラッゾ。休んでくれ」
スキルを解除しつつちらりとトードのほうを見れば、なんか困ったように頭を掻きながらも頷いていた。見届け人としても決闘は終わったものと判断しているようだ。決着がきちんとついてんなら、俺はそれでいい。
ただ、それよりも。
「…………」
見物人たちがざわついているのを感じながらも、俺はレヴィから目が離せなかった。
――強い。
座って向かい合っていたときには、特に何も感じはしなかったが……今の動きを見させられたら俺でも十分にわかる。こいつはかなりの腕前だってな。
だいたい、あの蹴りはなんだ?
ジョニーがどうにもできなかった腐食のブレスを蹴っただけで無効化するなんて、普通じゃないぞ。
つまりあれはただの蹴りなんかじゃなく、何かしらの技なんだろう。
「よぉ。そいつ、大丈夫そうか?」
ジョニーは完全に腐食のブレスの酩酊効果でやられちまってるらしく、伸びている。
その傍らにしゃがんで様子を確かめていたレヴィが、俺の言葉に立ち上がって答えた。
「一呼吸、吸い込んだみたいね。その後は息を止めていたようだけど、腐食のブレスは吸った時点で解術手段を持ち合わせてないとほぼアウト。それが厄介なところだけど……知っていながら対応できなかったのが悪い」
「治るよな?」
「……そんなこともわからずにドラゴンゾンビを使役しているの?」
「う」
痛いところを突かれた。なんも言えねえ俺をじっと見て、レヴィは「無茶苦茶ね」とため息を零した。
「治るわよ。というか、何もしなくてもジョニーなら半日と経たずに調子を戻すわ」
「そうか、そりゃよかった」
「装備品はその限りじゃないけどね」
「う」
また痛いところを突かれた。
実はジョニー自身をノしたことより、高そうな防具や武器をボロクズにしちまったことのほうが気になってたんだ。
「あーっと……悪かったな、ダメにして。特にそいつの剣。それって特別な物だったんだろ」
団長に授かった剣に誓って、だとかジョニーが言っていたのを思い出しながら一応は謝った。だがレヴィは、ジョニーの手元に転がる柄だけの剣を見ながら苦笑めいた表情になった。
「気にしなくていいわ。授かったと言ってもこれ、ただの支給品だもの」
「支給品!? 高価な剣じゃねえのかよ!」
「まあ、物は良いけどね。だからこそジョニーの他にも使っているのは、うちの団にはたくさんいるわよ」
なんだよ、授かったってのは単に支給されたのをそれっぽく言い換えてただけか。一点物の剣なのかと思いきや、他にも使用者はいるらしいしよ。
「俺ぁてっきり、そいつが団長からも目をかけられてる実力者なのかと」
「それは、間違いとは言えないわね。ジョニーが期待されているのは確かだから。そうでなければ昇級の話なんて持ち上がらない」
「昇級?」
「ええ。今回私が同行したのも、その判定を下すためというのが大きいわ。貢献度や戦果から考えても、少なくとも適性はある……けれど。急にドラゴンゾンビが現れた程度のことであそこまで狼狽えるようじゃ、まだまだ足りていないと判断せざるを得ないわね」
「何がだよ」
「単純な、強さがよ」
そう言うとレヴィは、まるで荷物でも持ち上げるみてーに片腕でジョニーを掴んで肩に担ぐと、行ってしまおうとする。
俺はその背中へ衝動的に声をかけた。
「ちょい待ち!」
「なによ」
ジョニーを乗せているのとは反対の肩から視線を寄越すレヴィ。木材を運ぶ工事現場の人間みてーな格好だが、こいつはかなり様になっているな……じゃなくて!
「ドラゴンゾンビ程度と言ったな。そりゃ自分なら対処できるからこその言い草だ。それにあんた、仲間のジョニーに対してもけっこうな辛口だしよ。そんだけアーバンパレスの『幹部』っつーのは強いってことなのか?」
「幹部……? 私がそうだと? 面白いことを言うわね」
「なに?」
「教えといてあげる」
俺のほうへと向き直って、レヴィは人差し指で肩のジョニーを指した。
「ジョニーの階級は二級構成員。うちの人員の大半を占める下っ端のクラスにあたるわ」
「……!」
下っ端! ドラッゾ出現でペースを崩したとはいえ、その前の構えってのはなかなか堂に入った立ち姿だった。たぶん、まともに斬り合いで勝負しようとすれば俺は負けるか、勝つにしても相当な苦戦をしただろうってのは容易に想像つく。
それが、所詮は下っ端だってのかよ。
驚く俺に構わず、次いでレヴィは人差し指を自分の顔に向けた。
「そして私の階級は一級構成員。ジョニーのひとつ上ね。二級と比べればぐっと数は減るけど、少ないってほどじゃないわ」
暗に自分と同等の構成員も大勢いることを示唆しつつ、レヴィはピッと人差し指を立てて上へと向けた。
「私の上の階級が、僅かな数しかいない本物の実力者たち。アーバンパレスが誇る最強の幹部。その名も『特級構成員』よ」
「エンタシス……」
それが、サラ曰く『それはもうとんでもない強さ』を持つというアーバンパレスの主戦力ってわけか。
「そう。私はエンタシスだなんて誤解されるのは御免よ」
「え?」
どういう意味かと見つめ返せば、レヴィはまた俺に背を向けて。
「だって……私はまだ彼らの足元にも手が届かないんですもの」
そう答えて、今度こそ訓練場をあとにした。
「…………」
「話は終わったか?」
「おぅわっ!?」
いきなり至近距離から声が聞こえて飛び上がれば、そこにはいつの間にやらトードがいた。
レヴィとの会話の間にこっちまで来ていたらしい。
「心臓に悪いっすよ」
「悪い悪い、そんなに驚くたぁ思わなかったんだ」
「で、何か?」
出ていっていいのかなーという顔で遠くからこちらを見ているサラに「もうちょい待て」とジェスチャーで伝え、トードに用を聞く。
すると、トードは少しだけ苦い顔で言った。
「まさか本当に勝っちまうとはな。いや、お前が来訪者ならその可能性も大いにあり得るとは思ってたんだが、あそこまでとんでもない勝ち方をするとは……予想外だったぜ。おかげで、見ろ。見物してた連中が大興奮してるぜ」
「うわ、ほんとだ」
ざわついてんのはわかってたが、改めて確認すっと珍獣でも見るような視線を訓練場全体から感じる。
決してそこに悪い感情ってもんはなさそうだが、あんまし気持ちのいいもんでもねえ。
「これでもお前がレヴィと話している間に減ったほうだ。さっさと出ていった奴らはたぶん、お前のことを街へ広めに行ったんだ。Fランクでアーバンパレスを下した新星がいる、ってな。勿論ドラゴンゾンビの話も添えて」
「マジっすか」
「マジだよ。一気に有名になっちまうぞ、お前たち」
言い方からしてトードはあんまし、この事態を歓迎してはいないようだった。
なんだって俺たちの名が広まって困るようなことがあるのかと不思議に思ったら、トードは顎に手を当てて難しい顔をした。
「昨日も言ったが魔族……というか魔皇関連の情報は扱いが難しいんだ。アーバンパレスとの兼ね合いもあるしな。決闘に勝利したことで情報の所有権と発表権はお前たちと、うちの組合にある。それはまあ、いいんだが。しかしここまで派手に人目についちまったのは参った。未発表ってわけにもいかんしな……」
やっぱ来訪者ってのは予測がつかねーな、とトードがぼやくように呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「! トードさんにゃあまさか、来訪者の知り合いがいるのか!?」
「ん? ああ、いるぜ。もうかれこれ長い付き合いになる奴がな」