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358.とてもちっぽけな

「ユーキが強くなれば俺も強くなる。俺が強くなることでまたユーキが強くなる。それが延々と繰り返される。言うなりゃ足し算じゃなく掛け算! 【聖魔混合】と【聖魔合一】の違いを一言で表すならそういうことになんだろうよ」


 そう結んだゼンタを、魔皇は無機質な瞳でじっと眺めている。


 何を考えているかわからない顔だった。ここまで良くも悪くも感情を剥き出しにしていた彼とは別人にすげ替わったかのような、色の無さ。


 その印象を裏付けるような平坦な声音で。


「道理だな。発動条件が更に限定されているのならそれだけ性能も上がるものだ。しかし幾分、差があり過ぎると思わないか?」


 同系統ではあっても同種とはとても呼べないほど。両スキルはまるで別物だと、ゼンタの言葉の意味を正しく理解したからこそ魔皇は腑に落ちない――納得ができない。


「明け透けだとは感じないか。倒すための手段を与えられているように受け取れないか。【聖魔混合】を踏み台にした、より完成度の高いスキル。勇者枠と相棒枠の絆を殊更に強調するような仕組みは、如何にも俺たちという失敗例から学んだようじゃないか。【聖魔合一】――それが上位者かみからの首輪。貴様らを縛るための鎖だっとは、考えないか?」


「くどい」


 ぴしゃりと。

 間髪入れずに言い返したのはゼンタではなく、ユーキである。


「神の意思は確かにある。スキルの入手は常にランダムなものですが、このタイミングでオレゼンタさんと揃って手に入れた聖魔スキル。それをただの偶然で片付けるつもりは、私にだってありません。けれど。恣意的だろうと示唆的だろうと、それがなんだと言うんですか。神は何もしない者に手を貸したりしない。【聖魔合一】を得たのは、それを持たないうちからあなたの前に立つことを選んでいたから。あなたを倒すことをオレゼンタさんと共に、母上へ誓っていたからです」


 だがそれは、と魔皇が言いかけたのをユーキは遮って続けた。


「ええ、きっとあなたはそれさえも神の見えざる手に操られてのことだと吐き捨てるのでしょう。ですが私は神の意思よりも自分の意思を信じている。私が選んだ道です。神や『灰の者たち』の誘導があったとて、道から逸れることはできた。戦わないという選択肢はいつだってあった――けれどそうしなかった。だからあなたも百年前は母上の相棒だったのでしょう。魔皇の打倒を目指す。その道の険しさを知りながらも自ら選んだことで、そのとき初めてあなた自身が選ばれたのだと。あなたこそ何故そうは思えないんですか?」


「……役割を終えた後にようやく道を逸れた俺を、間抜けと言いたいか」


「他にも選べる道はあったはずだと言っているんです。神の望む役目を終えたからといって人生は続いていくのですから。それこそ母上と決別などしなければ、このような強行策に訴える以外にもできることはたくさんあったでしょう」


「……!」


 マリアに対して己が言い放った言葉。

 その正反対の台詞をマリアの娘から突き付けられた魔皇は瞠目する。


 血の繋がりはないはず、だが。やはりユーキは母によく似ていた。


 自分の正しさを信じ疑わず、そしていつだって本当に清廉な白の領域にいる。


 彼女に薄暗い感情を抱き続けていた自分にとっては、目に痛いほどに眩しくて。その記憶を鮮烈に蘇らせるのが、このユーキという少女だった。


「今にして思えば、きっと母上にはあなたが必要だった。あなたにも母上が必要だった。私は母上が完璧な人間だとは思っていませんし、どれだけ強くてもあなたがそうだとも思わない。だったら協力すべきだったんです。足りないものを補い合える関係にあったのに、あなたはそれを拒否した。決別どころか敵対の道を選んだ。あなたが言うところの役割を終えたからこそ、母上と共に神や『灰の者たち』に変化をもたらすこともできたはずなのに――」


「…………、」


 できた、だろうか。


 自分がマリアの悠長を急かし、マリアが自分の焦慮を諫める。そうやってお互いを支え合っていれば。駒としての使命を全うした者として、上位者に膝を屈し、『灰』の協力者となる苦渋を我慢して受け入れてさえいれば……?


 ――否。

 できるできないじゃあ、ない。


 やはり自分にそんな道はなかった。そんな選択肢はなかった。

 マリアと共に歩める可能性など、端から存在していなかった。


 マリアのような白に立つ人間ではないと。自分が黒の側に立てる人間だという自覚があったから。だからこうすべきだと思ったし、こうする以外に選ぶことはできなかったのだ。


 要はとてもちっぽけな、プライドの問題だ。


 神への迎合は彼にとって重すぎたし。

 マリアのそんな姿を見ることにも耐えられなかった。


 彼が今の彼となることを選んだのは、ただそれだけの理由だった。


「……詭弁の、お為ごかしにしか聞こえんな。どれだけ言葉を交わそうとも貴様とはわかり合えそうにない」


「!」


「俺とマリアが協力していれば状況は変わっていただと? ああそうかもな。悪い方向にならいくらでも舵を取れただろう。急いた俺でも一世紀。百年を費やしてようやくスタートを切ったくらいだ。マリアと足並みを揃えていては何百年費やすことになっていたかな。いつ上位者かみが淘汰を行なってもおかしくないと知りながら、誰にそんな鈍間な手が取れるものかよ」


 お前の母はそれを選んだが、と魔皇はユーキへと嫌みたらしく口の端を吊り上げる。


「マリアと袂を分かち、仲間を探し、計画の草案を立てた。……アーバンパレスや教会勢力といった統一政府セントラルの息がかかった――即ち『灰』の息がかかった連中の妨害がなければもっと事は単純だったのだ。それは貴様も然りだな、小僧」


「俺? ――あぁ、逢魔四天を殺ったことな」


「特にエニシをあの段階で討たれたのは手痛かった。どういう経過を辿ろうと今回の襲撃は必須だったとはいえ、その後に待つ選別はもう少し穏便になっていたことだろう。貴様がエニシを排除さえしなければな。俺なりの配慮を見事なまでに無為に帰してくれたものだ」


「『ユニフェア教団事件』の顛末は私も耳にしました。市井の民の洗脳と改造。そんなものを穏便な選別、自分なりの配慮などと宣うのであれば……私のほうこそあなたとわかり合えることは永遠にない、と断言させてもらいます」


「だろうな。それもマリアの言いそうなことだ……」


 エニシの改造人間さえいれば。戦力としての価値しかないゴーレムとは違って、選民の指導監督役にもできただろう。結果として多くの命を残せたはずだ。


 監督役ではありながらも改造人間はいつでも切り捨てられる不憫な存在とはなるが、その犠牲があればこそ選民の選抜基準を緩めることだってできた――魔皇が現在、ごく限られた少数しか新世界へ連れていく気がないのは、自分だけでは支配しきれる数に限度があるからだ。


 無能はいらない。それはエニシの生前と死後でも共通している。中庸だっていらない。だが、中庸の上澄みともなれば別だ。


 有能の芽が出ている人間までも選考から外れさせてしまうのは未来のことを思えば魔皇にとっても辛い決断だった――が、そうするしかないというのであればまたやむなし。


 真の上澄みだけで出来た世界というのも、スッキリとしていてそれはそれで悪くない。と魔皇は今の結果を然程悲観してはいなかった。


 強がりではなく、本心からそう思っている。


「【併呑】で手中に収めたはいいが、やはりエニシ。そしてシガラの能力は、奴ら自身が用いてこその力だった。俺とはどうも相性が悪い。裏から都市を乗っ取るような真似はできそうにない――だがそれでいい。ステータスという暴力。スキルという破壊力。俺にはそれさえあればいいんだ」


「それと、インガの偽界っつーバグもだろ」


「ふ、補足をどうも。そうだ、それも無事に我が物となったことで手筈は整った。今の俺にはできる。『灰』を退けつつ世界を望む色に染め上げることが!」


「「……!」」


 じわり、と魔皇の纏う闇が空間に滲み広がっていく。それは彼の闘志、そして殺意と同化していた。


「マリアによって強いられた消耗も、貴様らという新たな障害も! 全てこの手で元の木阿弥としてくれよう、俺は魔皇だ! 世界を征服し支配する絶対的な皇となることを――他の誰にでもなく、俺自身に誓った! その誓いを今こそ果たそう! 光の『勇者ブレイバー』よ、闇の『死霊術師ネクロマンサー』よ! 我こそはと思うなら! 百年前の俺やマリアがそうしたように、貴様らが巨悪を討ってみろ! できるものなら、なぁっ!!」


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