356.異常事態
「ぐぁっ……!?」
「っしゃおら!」
「づ、」
闇から強引に蹴り出され、追撃の踵落としで今度は地に落とされる。
姿勢を制御して足から着地した、ところですかさす次の攻撃がきた。飛ぶ斬撃。闇溜まりの内部からでも正確に狙い撃ってくるユーキの勘の良さに唾を吐きながら魔皇は宙返りを披露する。
足元を斬撃が抉ったと同時に襲ってきたゼンタの三度目の蹴り、を魔皇は自らの蹴りをぶつけることで防いだ。
「この魔皇を何度も足蹴にしようとは。不届き千万だぞ、小僧」
「魔皇に払う敬意があっか? 俺ぁ来訪者で冒険者なんだぜ!」
「来訪者としても冒険者としても、俺は貴様の遥かに先輩なのだがな」
「だったらそのまんまの肩書きで会いたかったな――魔皇になっちまったてめーにゃこうさせてもらう!」
魔皇の足を掴み、捻り上げる。そうしながら自分の体も捻って至近距離でも十分な威力を伴った蹴りを放つ。胸板に蹴撃を受けた魔皇は「っぐ」と唸りつつもすぐに反撃へ打って出た。
今度は魔皇がゼンタの足を掴み、【暗転】を発動。収まりつつある土埃よりも外縁、初めに【深淵】で置いた闇の中へとゼンタ共々飛ぶ。
「ッがぁっ!」
転移しながらの姿勢制御には慣れている。なので敵と共に飛べばこんなこともできた――転移と同時に地面へ叩きつける。
実質的に投げる動作を省き巴投げを成立させたに等しい。攻撃を当てたあとならば、ユーキにそうしたように対象者だけを飛ばして似たようなことはできるのだが、この場合は密接具合からそれが叶わなかったので仕方なくこうした。
とまれユーキのほうの追撃から逃れる意味ではこれがベストな方法でもあったろうが――。
「ぬ」
「【天来斬り】!」
と、思えば上からユーキが落ちてきた。
速い。【暗転】による移動、そしてある程度とはいえ効果が期待できる位置の隠匿。それらを乗り越えてこうも素早く追いついてくるとは。これは勘が良いどころでは済まない。
「!」
違和感を覚えつつ一歩退くという最低限の動きで刀を躱した魔皇は、そこで両足を何かに挟まれた。ゼンタだ。倒れたままの体勢で自分の足と足を鰐の大顎の如くに使って挟み込んでいる。そして、捻る。
魔皇が倒れ込むところを狙ってユーキはもう攻撃に入っていた。
「ちっ――」
「【桜突】!」
眼球に迫る刃の切っ先をすんでのところで躱す。闇の爆発で足を挟むゼンタごと自分を吹き飛ばした。
自爆のダメージはしっかりと入る。が、持ち前の耐性と【聖魔混合】によって闇属性はたとえ自身のステータスから繰り出されたものであっても脅威にはならない。痛みはほぼ物理的な要因によってのみ生じる。それは属性値を取り除いても十分に【闇撃】が優秀な攻撃スキルであることの証だが、翻ってそれはもうひとつの事柄の証明にもなっていた。
「……!」
闇から生じた揺らめく濃煙。それを振り払った魔皇の目前にはもうゼンタが拳を構えていた。こちらも速い。あの体勢で【闇撃】を食らって、もう。
突き出されたうんざりするほど真っ直ぐな殴打。速射砲めいたそれを魔皇は腕を当てにいって逸らした。ビリビリと震える。狙い通りに打撃を弾きはしたが、こちらも十分な姿勢ではない。即座の反撃ができなかった――ということは即ち、次がくるということ。
「ッ、」
思った通り。そして思った以上の鋭さで首を刈るべく背後から薙いできた刃を身を低くすることで魔皇はやり過ごす。
伸びある剣筋はしかしギリギリでゼンタの邪魔をしない完璧な計算の元に振るわれたもの。放たれる速射砲の二発目。もはや反撃は考慮のうちにも入らなかった。
「【暗転】を発動!」
まだ宙を漂っている【闇撃】の残りかすを頼りに、飛ぶ。転移先はゼンタの斜め後ろだ。位置取りはユーキと自分とでゼンタを挟む形になっている。これならユーキに追撃よりも先にゼンタへ攻撃できる。
「なっ――」
そんな当然の理屈が崩れた。
二打目も外したゼンタは倒れ込むように上体を傾け、その上をすれ違うようにユーキの刀が通り抜けていく。最速最短のポジショニング――邪魔になる、と考えるよりも先に体が動いているとしか思えない。異常だ。その行き過ぎた反応の良さに過不足なく合わせられるユーキもまた、同じく異常。
淀みなく煌びやかに接近する白刃に、魔皇はまるでそれを己自身が吸い寄せているような錯覚まで覚えた。
「【接閃】――」
「っ!」
「【桜舞】!」
「ちぃいいいいっ!!」
最初の剣閃を鎖を巻いた腕で払う。
そのコンマ一秒後には十を超す剣撃となっていた。
二十、三十、四十――まだ終わらない。まだまだ終わらない。
まるで我慢比べのようにユーキは刀を振り続け、魔皇は凌ぎ続ける。
一撃ごとに角度も威力も速度も変化する驚異の連剣に対応せしめるはやはり魔皇の類い稀なる力量あってのもの。それは間違いないが、しかし彼の違和感は拭えない。
凌ぐことがやっと、という否定できない現実の前には。
「っ……!」
総時間にして五秒足らず。短くも濃密な時間の先で、刀を振るう回数が千を超えたところでユーキにも限界が来た。
一呼吸。それを欲した少女は【接閃】の連続使用を取りやめる必要があった。
連続斬りの終幕、をあるいはユーキ以上に敏感に感じ取った魔皇は鎖で覆った拳を防御ではなく攻撃のために用いようとして。
「!?」
いきなり下半身が地面に埋まったことで中断を余儀なくされた。
いや違う、埋まったのではなく……引きずり込まれたのだ!
「っ、モグラか貴様は……!」
「『葬儀屋』だからな。土葬してやろうってんだぜ!」
ここまでの戦闘で地面はどこもかしこもボロボロ。地中へ潜り込むこと自体は容易だろうが、だからといってそれを戦法に組み込むものか? 意表を突くこと以外にさしたる優れた点もない――そんなものに自分は嵌ってしまっているわけだが。
ユーキのほうに意識を裂きすぎたらしい。失敗を悟る魔皇の目をギラリと光が刺す。
「【真閃】・【桜竜】!」
「このっ……【闇撃】!」
凌ぎ切ったはずの刃が再び自らを襲おうとしている。しかし腰から下が地面に沈んでしまっている状態ではまともに対処のしようがない。
なので魔皇は仕方なく、本当に仕方なくもう一度スキルによる自爆を行なった。
自分ごと辺りのもの全てを吹き飛ばす。闇と土煙が混ざり合った粉塵の中から【浮雲】で脱出しつつ、魔皇は考える。
自爆行為などという情けない策で逃げなければならない自分。それも二度も。いったい何故だ?
(じわじわと追い詰められていく感覚があるのは――何故だっ!?)
追い詰められていたのは向こうのはず。【聖魔合一】によって辛うじて同じ土俵に立つ前も、後も。優勢だったのは自分で、失策らしい失策もなく戦ってきた。
悪手は取っていない。
手堅く仕留めにかかっている。
それこそ本当にミスと呼べるのは、当初の読み違いによってレベルアップを許してしまったことくらいだ。
その後はここ数十年でもなかったほどに、つい先刻のマリア戦に次ぐほど慎重に立ち回ってきた。
なのに結果がこれだ。
若造相手に無様を晒してしまっている。
失敗なんてしていないはずなのに少しずつ押されてきている――この異常事態の原因はどこにあるのか。
「「おぉおおっ!」」
「!」
威勢よく闇から飛び出してきたゼンタとユーキ。当然のように自分がどちらへ逃げたのかを把握している。
そのことに顔を歪ませながら魔皇は鎖を巻き直した両腕を固め、二人の攻撃をガードした。
「っウ……!」
左からゼンタの拳が。右からユーキの刀が。それぞれが与えてくる衝撃は魔皇の腕を痺れさせるほどのものだった。
間違いない。この痛みを以って魔皇は実感する。
こいつらは現在進行形で、どんどん強くなっていっている――!




