353.戦えないぼくにできるのは
「平行線、というわけか。貴様らはマリア同様、いくら語って聞かせても俺の志を理解することもなければ、協力することもないと」
「ま、そーいうこったな」
もっともこいつだって、マリアならともかく俺たちと本気で協力したいなんざ思ってねーだろうがな。というかマリアと決別しといて今更後発の来訪者なんかを当てにしたくねえってところか。
手を取り合うことを拒絶してんのは俺たちじゃなく、他ならぬこいつ自身なんだ。
「……く、」
「「?」」
「――っく、くくく、くっははははははははっ!!」
笑い出した。あれだけ怒気を振りまいていた様から一転、突然の哄笑。それに俺もユーキもぎょっとしたが、なんてことはない。
笑ってる最中も、そしてそれが収まっても。
こいつの目にはずっと仄暗い火が点いたままだった。
「下らんことだな。俺はどうしてまた貴様らなどに理解を求めてしまったのか……ふふ。ああ、わかっているとも。認め難くとも認めないとな。やはりあの日の面影を重ねてしまっているのだろう。貴様らの並び立つ姿に、かつての俺とマリアを。何も疑わず、希望を信じて戦っていたあの頃を……思い出してしまった。過去に引き戻されたような気分だった。そのせいだ。とうに決めていたはずのことを。決意を揺さぶられたのは」
当初の侮蔑のこもったものとは種類の違う、ゾッとするような笑みを口に浮かべて魔皇がぶつぶつと呟く。それは俺たちに向けてのものか、あるいはただの独り言なのか……。
「おい魔皇。もしもまだお前の中に、やってきたことを後悔できるようなまともさが残ってるのなら――」
「いいや」
にべもなく。
俺の言葉を遮って魔皇は。
「礼を言う――これで俺はようやく定まった。マリアや貴様ら如きに揺さぶられるほどに弱い心はもう消えた。俺は、魔皇だ。世界の永遠なる支配を望む悪党。そうして作り上げた新世界を導く者。俺がやらずして、誰がそれを為す」
「……っ、」
「かくして問答は要らんな、小僧に小娘。真相を知りながら俺に逆らうことを選んだ愚、その罪の重さを知るがいい」
闇と光。【聖魔混合】によって得た両極の力を蠢かせる魔皇。
はん、開き直りやがったな……もうこいつは何が正しい正しくないで考えちゃいない。何をどんだけ犠牲にしようが自分の野望を果たすこと。それだけしか見えてない。
そういうところが独り善がりだっつってんのによぉ……!
「上等じゃねえか。愚にも付かねえてめえにうんざりしてんのはこっちもだ。忘れんなよ、今の俺たちはお前と同じ力を手にしてんだぜ――【聖魔合一】! 同じと言っても一味も二味も違うがなぁ!」
「ほう。ならどう違うのか見せてみろ……!」
「お望み通りぃ! やるぜユーキ、【死活】と【同刻】発動! 【ドラッゾの遺産】・【併呑】・【超越活性】!」
「【真・盟友】発動――『相克超越活性』!」
「!!」
全強化スキルを強化しながらの再発動。その中でも【超越活性】は【超活性】が【聖魔合一】適用中だけ変化する限定進化スキルだ。
ユーキがここにきて初めて使用する【真・盟友】ってのもこれと一緒だろう。条件はかなり絞られてるが、そのぶん強力だぜ……!
そんじゃあもっと無茶してみようか!
「【金剛】・【技巧】・【呪火】・【黒雷】!」
「【凌雲】・【破断】・【剛体】・【持続】・【土壇場】・【癒しの波動】!」
循環する。俺が強くなるとユーキが、ユーキが強くなると俺が。互いの強化に呼応して際限なく力が高まっていく。もはや何がどのスキルの効力なのかわかりゃしねえ。だけどこの際なんだっていい、とにかく俺ぁ思いっきりぶつかってくだけだ。
目の前の魔皇に、魔皇なんぞになっちまったこのアホにな!
「フルスロットルだ! さっきまでの俺たちとは別人だと思うことだな。てめえがぶっ倒れるまでもう止まらねえぜ!?」
「ほざけ、小僧! 俺の底を見た気になっているのならその目を覚まさせてやろう……【深淵】・【闇天牢】・【闇纏い】を発動!」
「!」
トリプルコンボ! これ以上ないぐらい凝縮されていた魔皇の闇の鎧が、更に暗みを増した。地獄みてーな真っ黒さだ。光属性も手にしちゃいるがやっぱ本領は闇属性ってことか。
確かにすげーパワーを感じる。俺たちの強化にも引けを取らねーほどにな。
が、このアンバランスさが俺にいっそうの確信を抱かせる。
「【孤高】・【憤懣】・【破砕】を継続発動――更に【浮雲】を重ねて発動!」
魔皇もこれで準備が整ったらしい。先がけできるスキルをひとつ残らず使い、掛け値なしの上限。出し惜しみなしの最強形態ってわけだ。
俺もユーキも、そして魔皇も。
全力全開、殺意満点。
今こそ決着をつけるときだ……!
「「おおおおぉぉおおおおおおおっっ!!」」
「――っふん!!」
息を合わせて同時に飛び込んだ俺たちを、闇の爆発が熱烈に出迎えた。
◇◇◇
「ユーキのやつ、いつの間にあんなにも……」
「……、」
感嘆の吐息と共に漏れたクララの発言に、モニカも無言で肯定する。
嬉しい誤算、と言ったところか。魔皇が脇目も振らずにあの二人の下へ向かった際は「最悪」を想像もしたが、結果としてそうはならず。終始押され気味ではあるもののユーキも、そして冒険者ゼンタもどうにか食い下がっている。
まともに戦えている。
ここにいる誰よりも、あのコンビこそが。
「そうは言っても魔皇の強さは流石に予想外。託してしまうのではなく、わたくしたちも何かしら手を打たねばなりませんわ」
「「!」」
カルラ・サンドクイン。魔皇軍による大々的襲撃を予測し、対抗戦力を政府とは別口で招集していた今回の立役者。教会とギルドの架け橋となったのも彼女だ。
そんな優秀な人物の言葉にクララもモニカも反対意見はなかった。
「わかっているさ、任せきりになんてするもんか。私たちもただぼうっと観戦するつもりはないよ」
カルラが士気向上のスキルを用いて立て直した戦力も、魔皇の嬲るような数発の攻撃だけで脆くも崩れてしまった。
持参品のポーションと、【純破壊】による被害までは本館前で怪我人の治癒に当たっていたシスターたちによる『ヒール』が彼らの傷を塞いでいるところだが、それは戦闘から離れるためでなくもう一度立て直しを図るため。また魔皇に挑むための応急手当に他ならない。
クララたちもユーキが魔皇を倒せるとは考えていない。だからこそ見守っているのだ。治癒に精通したモニカがサラを手伝わないのも、どこかで来るはずの契機を見逃さないようにと思ってのことだ。
「あの二人が少しでも魔皇を削ってくれるんなら私らとしても助かるからね。限界の、その一歩手前だと判断したところで飛び込んでいって……偽界を使う」
私じゃなくモニカがだが、と言うクララ。カルラが確かめるように彼女を見れば、しかと頷き。
「策が上手くいった場合は私たちの命と引き換えになるでしょうが、構いません。それで魔皇が倒せるのなら」
命を投げ打ってでも勝利を目指すというモニカ。その静かながらに断固とした声音、覚悟に満ちた表情に、カルラもまた同意する。
「そうですわね。なんとしてもここで魔皇は打倒せねばならない――わたくしも力を貸しましょう」
魔皇を相手にはほんの一瞬程度しか持たないだろうが、カルラには相手の動きを止めるスキルもある。その効力自体を無効化されることはないはずだ。
仮に通じなくとも、そのときは身を張って止めればいい。モニカが心象偽界を使用する隙を作ることは絶対の条件。そしてそれを引き出すのはクララよりもカルラが担うべき役目だろう。
ユーキとゼンタが苦しいと見れば三人で特攻を仕掛ける。そのつもりで頷き合った三者に、横合いから声がかかった。
「待ちたまえよ。天秤はとうに傾いている。君たちが死を覚悟する必要は、ひょっとするともうないのかもしれないぜ」
「あなたは……――委員長の言っていた『鼠の少女』かしら?」
「ご明察。そしてお初にお目にかかるね、御三方」
つばの広い中折れ帽を手に取りながら一礼。ぴょこりと小動物らしい耳をその頭の上で揺らしながら顔を上げた少女は。
「まずは少し、お話をしようか。戦えないぼくにできるのはそれくらいだからね」
「お話だって? ちょいと嬢ちゃん、今がどんな状況かわかってんのかい――」
「ご心配なく、それに関しては誰よりもよく理解しているつもりだよ。だから君たちにも落ち着いて聞いてほしい。そしてどうか」
帽子を深く被りなおし、鼠少女はちらりと流し目で魔皇と戦う少年と少女を見た。
「彼らの邪魔をしないであげてほしいんだ」
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