352.なんの違いがあるんだよ
「席の争奪ね……」
まあ、考えてみりゃ自明のことだったかもな。
どういう目の付け方かはともかく、俺たち来訪者を引っ捕まえてこっちの世界へ送ったのは上位者の仕業だ。だったらその逆も然りだろう。元の世界へ送り返してもらうには上位者を頼る必要がある。どうか帰してくれと頼む必要がある――構図としては単純だ。
だが上位者と直接やり取りができる立場にいるのは、つまりたった一席だけの『席』に着いているのは来訪者ではなく管理者。その存在を知る者からは『灰』と呼ばれる上位者の忠実な部下(?)たちだ。
自分の意思の代行者である『灰』をその位置に置くのは上位者からすれば当たり前のことなんだろうが、来訪者からすれば冗談はよせって感じだぜ。
呼ぶだけ呼んで、シナリオ通りに戦わせ、あとは野となれ山となれ。そんな放り出され方は溜ったもんじゃない……が、歴代の来訪者全員がそうされたんだ。
どんな文献にも誰の記憶にも来訪者の帰還に関する情報なんてない。意識にすらもない。帰る可能性を端から皆が考えていない。こちらにずっと居つくのが当たり前。サラだってメモリだって、トードを始めとするポレロの住民たちだってそんな風に考えてる節があった。
これは俺の周りだけじゃなく、おそらく現地民共通の意識なんだろう。
じゃあなんで世界規模でこんなことになっちまってんのか。ずっと疑問だったそれが、今となっては理由も見えてきたな。
これが意味するところは要するに、帰還するには上位者というこの世界の神様みてーなもんに謁見しなくちゃならず、そのうえでこちらの要望を叶えてもらわなくちゃならねえという、めちゃくちゃハードルが高い手段以外に方法はねえってこと。
そしてこれを達成できた来訪者は過去に一人も存在してねえって現実もだな。
大概の奴は上位者どころか管理者にだって気付かず終いだったろうし、気付けたとしても何ができるかって話になるよな。上位者の望む役柄を演じ終えたら、あとはただすることもなく燻ってるだけ。そうなるのも仕方のねえこった。
だってマリアですらも歯向かうことはしなかったくらいだぜ?
そりゃあもちろん、その判断には色々な要素あってのことだろうし、一番重要だったのは言うまでもなく治世。魔族との戦争が終結し、戦禍が収まったばかりの世の中へ新たな火種を放り込むことを何より恐れたんだとは思う。
翻ってあのマリアのことだ、自分は是が非でもこの世界に残らなくてはならないとも、自責的に考えただろう。
実際、管理者の存在とそれらが遂行する神の意思を知りつつ、統一政府に近い立ち位置にいる『救世の英雄』の存在感は抜群であり、政府の方針に与える影響だって大きかった。彼女が創設した教会だって言わずもがなだ。
先代の魔皇軍を討つことで守った世界を、今度は助言者として、そして指導者としてずっと守り続けていくことをマリアは選んだんだ。
裏に潜り着々と『席』の奪取のために準備を進めていた魔皇とは何もかもが反対じゃないか。
こんな反りの合わなさでよく先代魔皇を倒せたもんだと思うが、だからこそなのかもな。背中を預けるコンビとしてはそれが良かったのかもしれない。昔はこの正反対っぷりがいいように作用してたのかもしれない……決定的な破局をもたらしちまうまではな。
なんにせよ、だ。
俺からするとマリアも魔皇も、ちょいとばかし頭が固すぎる気もするぜ。
上位者の駒っつー点は来訪者も管理者も同じ。しかし役割の違いから上位者に近しいのは断然管理者。時代ごとに使い捨てられる来訪者とは扱いが違うのはまあ、納得のいくことではある。
そこをマリアはナーバスに捉えたし、魔皇はシビアに捉えた。その違いが対応の違いになっているとも言える。
だが、ついでにもっと思ったまんまを言わせてもらうなら。
「あくどいやり口だと感じてたが、印象が変わった」
「なに?」
「よっぽどショックだったんだろうな。そりゃー全部が終わってから、何人も仲間を失ってから神やら『灰』やらを知ったんならさぞ衝撃的だったろうがよ……でもそのせいで、どっちも少し怯えすぎてやしねーか? 特にお前のことだがな」
「怯えるだと? この俺が、マリアよりも? どういう思考回路をしていればそんな結論に行き着く。情けなくも上位者の駒であり続けることを選んだのはマリアだけだ! 後進の育成や政府への支援などと言えば聞こえはいいが、その本質は上位者に自らの価値を示すための諂いに過ぎん。だが俺はその真逆を行った!」
「そうだな。ユーキや教会を育てたあの人とは違って、お前の行動の全ては自分のためだもんな」
「よくわかっているじゃないか。戦争が終わったとはいえ魔族が完全に滅んだわけではない。数少ない生き残りを拾って対『灰』のための戦力手としてやろうと考えたのは単なる意趣返しのつもりでしかなかったが、上位者のシステムにも通用する能力を持ったインガと出会ったことで計画はより明確なものとなった。あれこそまさに神の思し召しだった――この箱庭をただ漫然と眺め、時折悪戯に掻き回して楽しむ似非の上位者とは違う、本当の神の意思と俺は受け取った!」
「受け取んなや。ありゃただのバグだぜ。それっぽいのとは俺も出会ってる」
現地民でもなけりゃ元の世界でもない、まったく別の世界からやってきたという例の鼠少女の顔を思い浮かべながらそう言ってやれば、魔皇は口の端を歪めた。
「バグ。バグか、言い得て妙だな。上位者の不出来なシステムにバグが生じることはある種必然。俺と同じように貴様も出会ったというのなら、それもまた天の計らい。そうは思わないか? 今こそが管理される側から逸脱する好機であり、その邪魔をする自分が誤っているとは考えないのか?」
「管理される側から抜け出す――そら、やれるもんならやったほうがいい。このままじゃいつ処分されてもおかしくないってんだから。そうさせないためにマリアさんだって奮闘してたわけだしな……それが根本的な解決にならないっていうお前の主張も正しいとは、思うぜ」
だけどな、と俺は続ける。
「ここでお前を止めることが間違いだとはちっとも思わねえ」
「……!? 何故だ、そこまで理解しておきながら何故そうも頑なに……!」
「本当にわからねーのか? だとしたらますますお前の好きにはさせられねえな」
「だからいったい貴様は何を言って――」
「お前以外の全員にとって、お前と上位者とになんの違いがあるんだよ」
「――…………、」
空白。魔皇が浮かべたのは静けさすら感じさせるまったくの無の表情だった。感情の抜け落ちた、完全に素の顔。それを初めて俺たちに見せた。
魔皇という衣装で着飾っていない、一人の人間としてのありのままを。
「お前が管理者になったところで何が変わる。『灰』がいようがいまいが一緒じゃねえか。上位者のシナリオと、お前のシナリオ。どっちがマシかなんて話じゃねえ、どっちも平等にクソだぜ。いやむしろ、今の時点で人類の選別のために大量虐殺をやらかそうとしてるお前のほうがねーわ」
「馬鹿な……何度言えばわかるんだ、上位者はいずれ人類を消し去る! 最悪の場合はこの世界ごと廃棄するだろう。選定とはそうさせないために必須の条件。『灰』の立場を奪うこと! そして今の人類の立場に相当する別の何かを見繕うよう、上位者を説得する! これだけが人類を未来へ残す最後にして唯一の方法だ!」
「どうしてそれをあなたに委ねなくてはならないんですか? 今を生きる誰しもが当事者だというのに、そんなことはお構いなしに。……あなたは独り善がりが過ぎる。だから任せてはおけないんです――母上がそうだったように、私たちも賛同なんてしません」
「だからこうしてお前の前に立って、戦ってんだぜ魔皇。そこに迷いはねえさ」
「っ……!」
俺たちのきっぱりとした否定に、色を失っていた魔皇の瞳に再び憤怒の炎が灯った。




