351.席
「先代の魔皇だってそうだったんだろ? 世界の支配。それ自体が目的だった先代と、あくまで手段でしかないあんたとじゃちょいと事情が違うが……でもやってることは一緒だよな。だけど先代は倒された。あんたがマリアさんと共に倒したんだ。だってのに、俺たちには同じことをすんなっていうのか? 目の前に新しく魔皇を名乗る大悪党がいるのにそれを倒そうとしちゃいけないって?」
「……!」
俺が思ったまんまを言ってやると、唖然としていた魔皇はものすごい形相になった。憎しみが全開だ。やはりというかなんというか、俺に対するヘイトは一段と高いようだ。
ここまでも何度も怒らせるようなことを口にしてきたんだそれも当然っちゃあ当然なんだが、しかしこの顔付き。
魔皇にとって特に気軽に触れられたくない、かなり繊細な部分を突っついたってのは間違いねえな。
「話の通じん奴だな、小僧。つまりはそれが過ちだったということだ! 俺もマリアも、以前は上位者の望む筋書を必死になぞるだけの愚か者でしかなかった。犠牲を出してまで成し遂げたことが上位者やその手先からすれば単なるお遊戯会だったと知ったときの衝撃たるや! 貴様らは事前にそれを知れたからまだ他人事のように思えるんだろう。多くを失って、精も根も尽き果てて。そこで自分たちの歩みの無意味さを突き付けられた際の脱力感――あれを表せる言葉を俺は持たん」
ぐ、と魔皇は拳を握りしめる。本当に悔しそうに、やるせなさそうに。過去に徹頭徹尾後悔しか向けていない。
一緒にやってきた来訪者たちも、それ以外の仲間たちも亡くした辛い戦いの思い出……だが結末だけを見れば勝利しつつも悲惨極まりないその歴史だって、決して暗黒一色じゃあなかっただろうに。
友情や絆があったはずだ。かけがえのない時間があったはずだ。愛とか正義とか、そういう言葉にするのはこっ恥ずかしいぐらいに綺麗なもんを数え切れないほど残してきたはずだ――なのに。
「誘導されようがされまいが、当時の魔皇軍を放っておくことなんてできなかった。そうじゃないんですか? かつてのあなたたちにはそれ以外の道なんてそもそもなかった。そして、それによって世界が、多くの人々が救われたこともまた事実。この紡がれた百年は、救った本人であるあなたにだって否定できるものではない」
これは俺も魔皇の言葉の端々から感じてたことだ。
かつての仲間と一緒に世を救ったという結果。それに関してだけは拘りを持ってるのが伝わってくる。自負心とはまた少し違う後悔混じりのほろ苦さを覗かせつつも、その結果自体は誇っている。
自分だけじゃなく、マリア含めた昔の仲間たちの功績を誇る意味でもな。
だが結果だけだ。魔皇が見てるのはその一点だけで、その結果が生んだ現在をちっとも見ていない。見ようともしない。
先代魔皇の敗北によって平和を取り戻した記念日ってのは今から百年も――正確には百年と十何年か。そんなにも前のことだぜ。当時を知る人間なんてそりゃもうどこにもいやしないだろうが、今を生きる全員がその頃に生き残った人たちの子孫なんだ。
紡がれた百年。紡がせたのは、繋げさせたのは百年前の魔皇だ。救えた命が残してきたものを――魔皇は今、自らの手で台無しにしようとしている。結果に重きを置きつつも、結果が生んだ今の世を壊してしまおうとする。はっきり言ってこんなのは無茶苦茶だぜ。
ユーキの指摘は至極真っ当なもんだと俺は思う。
しかし、魔皇にとってそれは今更議題に上げられる必要性もないものだったようで。
「確かに当時の俺たちには難しいことだったろう。正義感は劇薬に等しい。正しいことをしている、と思い込んでいる最中にふと己を、周囲を客観視することはなかなかできることじゃあない……実際、あのマリアでさえ最後の最後まで仕組まれたシナリオの存在に気付けなかったくらいだ」
「「…………」」
寂しい言い方をする。神や『灰の者たち』によるどんな介入があったにせよ、先代魔皇軍が人類の公然たる敵であり、多くの人命を奪っていたことに間違いはない。それを倒すことをまるで正義感に酔っちまっただけの過ちみてーに……。
「舞台の筋書を作ってその出来を眺める神様。なるほどそんなのがいたんじゃそりゃー腹も立つ。そいつにも、気付けなかった自分にもな。けどそれがそんなに重い罪か? なんの情報もなく見抜けってほうが無茶だろうぜ」
「いいや、気付けたはずなんだ。そのチャンスは何度もあった。貴様らだって神や『灰の者たち』の目的までは読めずとも、無視できない不自然さを感じ取っていたはずだ。どこかしらの歯車の狂い、作為的な誘導。裏切り者の『灰の手』たち! それは当時からして来訪者と共にいたのだからな。知らず知らすぐ傍から俺たちを操っていたその存在は、裏返せば俺たちに気付きを与える最大の要因でもあった――だが」
だが結局のところそうはならなかった、と。
つって人類VS魔族っつーマジもんの全面戦争をやってた時代だ。統一政府や『恒久宮殿』が主軸となって組織単位で動き、敵である魔皇軍だって幹部数名だけの規模だけで言えば小規模な組織でしかなかった現代と比べるのは、ちょっと違うがな。
情報力に差がありすぎるし、全体の見渡しやすさがダンチだ。
となれば『灰の手』っていう異物。管理者が紛れ込ませた『神の意思の遂行者』に気付きやすいのがどっちかなんてのはまあ、議論の余地もねえこったな。
しかしそれは俺が今の時代の当事者だから冷静に評価を下せるんであって、魔皇にとっちゃそんな風に納得できるようなことじゃないんだろう。
できたか、できなかったか。
シビア過ぎる二元論でしか魔皇は過去の自分を評価しきれない。
仲間と一緒に世界を守ったことを何よりも誇りに思いながら、その誇りになんの価値も見出せていない……。
「仮にここで俺を倒せたとて。世界支配の野望を打破できたとて、その先に何がある。神は健在、『灰』の思い通り。そうして世界は回され、いずれ人類の見捨てられるその時が訪れる。見限りによる全滅、全ての初期化もそう遠くはない。過去にどれだけの種族が滅びてきたか承知しているか? 師匠の時代にはまだいたエルフやドワーフといった亜人種を俺は知らん。そしてお前たちは俺の知る純血の獣人というものを知らんだろう。魔族もそうなりかけている。吸血鬼は真祖一人を残すばかりで、ドラゴンを始めとした幻獣種も年々その数を減らしている。終わりなんだよ、この世界は。先細りの末端にまで来てしまっているんだ!」
いいか、これは決して外れない予言だ。
魔皇はそう言って天を指した。
「遠くない未来に必ず、もはや種族の垣根や境すらなく! この世界そのものが廃棄されてしまうぞ……! 上位者を、そのしもべたる管理者共をどうにかしない限りそれは避けられない!」
「だからどうするって?」
「管理者の地位の簒奪! 俺を頂点とした選ばれし人間のみで構成された、新たなる世界を恒久的に守護する。管理される側からする側へと回るんだよ。創造主にも等しい上位者を打ち崩すことは残念ながら不可能だ、けれど! 管理者の立場は来訪者とそう変わりはない。神のような絶対性はない――ならば出来る! 交渉の『席』に着く手筈は用意できている……!」
交渉の、席。
そうか、そういう意味だったのか。
神が置く忠実なしもべを座らせるための席はひとつ。
あの日、初めて会ったときにマリアが言っていたのはそういうことだったんだ。
その席に着く者に傅くことを選んだ彼女と、自らがそこに座ることを望んだ魔皇。
両者の決別とはつまりそこに端を発したものだったわけだ。
はっ、ようやく見えてきたな。これまでに来訪者が誰も元の世界に帰ってねえらしいっつー謎への答え合わせ。そのために必要な手段ってもんがなんなのか。
神の膝元の席に座らねえことには世界を越えるための権利。
を、掴む機会すら得られないんだな。
管理者がそこに居座っている限り、俺たち来訪者は元の世界にゃ戻ることができないってことだ――。




