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350.『勇者』と『死霊術師』

「ユーキ……!」


 もう一度踏ん張って全身に力を入れる。ユーキの手を取るために、俺も必死に手を伸ばす。そうしたからって何がどうなるってわけでもねえが、そうすべきだと思えたからだ。


 なんの根拠も確証もなく、そうしなくちゃならねえんだと。


「ヒロイックをお楽しみだな。だが諦めろ、貴様らにもう先はない。同じ轍は踏まん――二人まとめて確実に殺す」


 ユーキを生かそうと下手に手を抜くのはリスキーだと判断したらしい。俺のほうばかりを集中的に殺そうとしていた魔皇はその方針を改め、俺たちを同時に始末しようとしている。


 【怨念】がまだ効いているフリをして誘い込んだり、自分で最初に決めたことに固執しなかったりと、意外と柔軟な奴だ。拘りのねー奴だと言ってもいい。


 マリアと戦ってんならいざ知らず、遥か格下の俺らを相手にこんなことをする。それは世界の支配を目論む軍団の親玉としちゃなんとも小物臭い態度だ。


 だが、この頓着のなさ。必ずしも魔皇としての威厳や体面を保とうとせず、実利優先で事を運べる俗物さは……手強い。拘りってもんを持ってねえからこそ勝利のために騙しスカし、ころころ気を変えて手段を選ばない。


 だから俺もユーキもこうして絶体絶命の窮地へ追いやられてんだ。


「【破砕】と【憤懣】を発動。……さらばマリアの希望、その未練たち。俺の前に立つには少々早すぎたんだ」


「「……っ、」」


「まあ、そうさせたのは俺だがな。マリアの意図しないタイミングで行動を起こすことは必須だった。それはあいつ自身を警戒してのことだったが、思わぬ副次効果もあったな……」


 決戦がもう少しあとなら。あるいはもう少し早く俺たちがマリアからの手ほどきを受けていれば。この弱った魔皇にゃ十分な勝機が見込めたかもしれない。


 だがそうはならず、マリアが託した希望の芽は潰えようとしている。勝機など、皆無。魔皇はそう言っているんだ。


「く、う――!」


 勝利を確信したそんな言葉を聞きながら、俺たちは互いを求めて手を伸ばす。


 もう少しだ、あとちょっと。

 ほんの数センチで届く……!


「【闇撃】」


 魔皇はそれを待ってはくれなかった。俺たちの足掻きを見届けようって気もないらしい。なんて横着な野郎だ、無駄な行動だってんならそれぐらい許してくれたっていいだろうに――膨れ上がっていく闇を見て俺は心中で悪態をつく。


 これは、耐え切れねえ。三重強化状態だろうとお構いなしに俺のHPを、命を根こそぎ奪っていくだろう。


 これまでの攻撃だってとんでもなかったが、こいつは今までとは比較にもならねえ。それぐらい真っ暗で凶悪な闇の力。が、縛る闇ごと津波のように俺たちを飲み込んだ。


「ッガっ……!?」


 言葉にならねえ衝撃。闇がガリガリと俺の体を削る。押し流される。何も見えねえ、聞こえねえ。感じるのはただただ痛みと、どうしようもねえ死の実感だけ――。


 じゃねえ。もうひとつ。闇の濁流に揉まれしっちゃかめっちゃかになってる中でも、たったひとつ感じられるもの。唯一の安心できる感触が、この手にある。


 ユーキだ。闇に流されながら俺たちは手を取り合えていた。狙ったわけじゃない、そんなことできるような余裕は一切ねえ。偶然だ。奇跡的な偶然が暗黒の中で俺たちを繋ぎとめてくれた――それがわかった瞬間。


 俺たちはぐっと強く互いの手を握り合って、それを唱えた。


「「【聖魔合一】……!!」」



『レベルアップしました』



 どっちが先かわからなかった。普通に考えりゃ【闇撃】のダメージで経験値が一定に達してレベルアップした。それからスキルの発動って流れなんだろうが。


 だがさっきも【純破壊】でやった失敗をまた魔皇がするかっていう疑問がひとつ。それから今のはどうも、スキルを発動させたから――それで魔皇の闇を消し飛ばした瞬間にレベルが上がった気がしてならない。


「……!? なんだと、これは……!? 貴様らいったい何をした!?」


 闇が霧散し、死ぬはずだった俺たちが無事でいること。


 しかもユーキが闇を、俺が光を。それぞれ持っていないはずの、持っているはずのない属性を纏っている姿を見て、魔皇は表情を険しくさせている。


 これがどういうことかは奴にだって察しくらいついているだろうに……いや、だからこそ余計に認めたくねえのか。


「魔皇。あなたはご存知でしょう、この聖魔の力を」


「……!」


 ユーキの言葉に魔皇が目を剥く。その瞳は、まるでここにはいない別の誰かを見つめているかのようだった。


「【聖魔混合】。それは母上とあなたが共有し、かつて共に戦った証でもあるスキル。勇者である母と死霊術師であるあなたが先代の魔皇を討った――それにはこのスキルが大きく関与しているはず」


 そうだ。光と闇が組み合わさって無欠となる。

 そしてマリアにも同一のスキルがあった。

 そこから推察される、先代魔皇とマリアたちの戦いってのはつまり。


「あなたが母上の光を、母上があなたの闇を纏う。互いの力で互いを守る。そうやって魔皇と戦い、勝利を収めたのでしょう。……なら私たちが同じ道筋を辿るのはある種、摂理でもある」


 百年前の再現。魔皇に対し『勇者ブレイバー』と『死霊術師ネクロマンサー』が共に並び立っている現状は、まさに在りし日のマリア――そしてこの魔皇が体験した最終決戦と酷似している。


 ただし何もかもが同じってわけじゃあ、ねえがな。


「この土壇場で、以前の俺たちと同じく【聖魔混合】を手に入れたというのか……! マリアはそこまで見越して貴様らを次代の希望へ据えたとでも言いたいか!」


「さてな。どこまでそう都合よくいくとマリアさんが信じてたかはわからんが……だが実際、なんの期待もなかったってこたぁねえだろうよ。縁起を担ぐ程度のことだったとしても、マリアさんからすりゃそりゃあな」


 だからマリアは今期の来訪者のメンバーから俺を選んだんだ。

 っつーより、単に目に付いたって言ったほうがいいか。


 教会から抜け出したサラと出会い、魔皇軍と因縁ができて、逢魔四天を殺った。マリアとも魔皇とも関りを持ったネクロマンサー。そんなのを見つけちまえば期待しないわけにゃいかねえってもんだろう。なんせマリア自身がブレイバーであり、仲間のネクロマンサーと共に先代魔皇を倒してるんだから。


 たった一人でこっちにやってきたユーキ。娘として、次のブレイバーとして育てている彼女へ相応しい仲間になるんじゃないか――なってほしいと。そう願うのは親でもあり指導者でもあるマリアにとっちゃ当たり前のこったろう。


 その親心がこうして実を結んだわけだ。


 ユーキがいなけりゃ俺ぁ死んでたし、俺がいなかったらユーキも死んでいた。


 二人揃ってここにいるからこそ俺たちはまだ生きているし、まだ戦える。


「何を得意ぶっているんだ……盲目共が! 貴様らも、マリアも! 運良くスキルに、システムなんぞに助けられてご機嫌とは、情けないまでに浅ましい!」


「「……!」」


「マリアに託されたのだというのなら理解できているはずだろう。俺たちを来訪者たらしめているこのシステムを作り上げたのが果たしてどんな存在なのか。上位者かみは! そしてその息のかかった管理者たちは! 俺たち含め人間のことなど、いやそれ以外の全てにも! なんの価値も見出していない無慈悲な記号・・でしかないんだぞ……!」


「そんなもんに助けられて満足か、ってか?」


「それだけじゃあない。躍らされて満足か、と問うているんだよ。俺はご免だ! 死んでいった仲間たち、この世界の命に。何ひとつ意味などなかったのだと――あの戦いが茶番でしかなかったのだと知ってしまえば、何を満足できようか。上位者が上位者である限り、管理者が管理者である限りそれは未来永劫変わることはないんだ。俺とマリアが、そして歴代の来訪者たちが繰り返して来た過ちを貴様らもまた犯そうとしている。今一度考えろ、貴様らの辿る道は本当にそれでいいのか……!?」


「知らねえよんなこと。なあ、ユーキ」

「はい。私も『知らねえ』です」


「なぁっ――」


 簡潔明瞭に答えた俺たちに、魔皇は絶句した。


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