35.死んでも死にきれねえ
「よし、行ってくるぜ」
「頑張ってください!」
勝負前だが【心血】によるSP増加とHP減少を既に完了させた俺は、見送るサラに拳を上げて答えた。
中央で待ち構えているジョニーの下へ歩を進めば、その傍には腕を組んで立つトードもいた。
「来たな。やれるか?」
「もちっすよ」
「ふっふ……決闘の経験がないにしては大した落ち着きぶりだな、ゼンタ君。見るといい。皆が俺たちに注目しているぞ」
周囲を見回すジョニーに倣って俺もそうしてみれば、確かにたくさんの人が俺たちのことを見ていた。訓練場はドーム型の体育館って感じの建物なんだが、戦いを観覧するための席が用意されてもいる。まあ、訓練するための場なんだから、それを見守るための設備だって当然あって然るべきだろうよ。
ただ、なんで俺とジョニーの決闘にここまで客がついてるのかはわからんが。
「すまねえな。ちょうど使われてたんで、空けるように言うためにはどうしても決闘のことを話さなきゃならなくてな」
インガ関係のことは明かしていないが、アーバンパレス対ビギナー冒険者の勝負って部分だけでも興味をそそられるには十分だったらしい。
それで冒険者っぽい連中がこんなにいるのか……まさか組合に居合わせた全員が見に来てるんじゃないだろうな。
暇かよ。
「いいじゃないか。中には冒険者以外の依頼客なんかもいるようだ。これでますますアーバンパレスの威光も広まるというもの。ゼンタ君! 来訪者らしく、少しは歯ごたえのある戦いをしてもらいたい。そうでなければ単なるビギナーを倒すだけのつまらない決闘になってしまうからね」
マジにこいつ、上から目線が板につきすぎだろ。
顔がよくて、一流ギルドに所属していて、美人を相方に引き連れて。それら諸々で自信ってもんが天元突破してやがるんだろうな。まったく羨ましいこった。
そのお気楽さを見習いたいぜ!
「おう、いいぜ。やっぱ番狂わせってのが起きねえと観客たちも満足しちゃくれねえだろうからなぁ。ぜひとも見せてやんなきゃな……一流冒険者さまが地に這いつくばる姿ってもんをよ!」
「ふん! 可哀想だが、そうなるのは君のほうだよ。団長より授かった剣に誓って、必ずやこの決闘を制してみせよう!」
「よーしわかったわかった、どっちもいい啖呵だ。さ、離れな。一定距離を開けてのスタートが決闘の習わしだ。俺も下がって、コールする。それが戦闘開始の合図になる。それまでは互いに仕掛けるのはナシだ、いいな?」
俺たちは頷く。それを確かめてトードはこうも言った。
「基本的に反則はねえが、殺しだけはナシだ。勝負がついてんのに執拗に追い打ちをかけたり、意図的に殺害を狙うような行為が見られたら即中断させる。その判断をすんのは見届け人の俺だ。止める役も同じくな。……わかったようだな。じゃあ始めるぞ」
静かに、だが圧力を伴った声で警告したトードは、手を払って俺たちが互いに離れるよう指示した。
一旦背を向けて指定位置まで下がりながら、俺は念じる。呼び出す前からもボチやキョロとはある程度通じ合える。何も言わずともどうすればいいかをあいつらは理解してくれているんだ。
そしてそれを俺は、ドラゴンゾンビに対しても期待している。
「(殺しはなし、殺しはなし……どうか暴れてくれるなよ)」
心の声でそう頼み込む。
インガと対峙したドラゴンゾンビは怒りで明らかに興奮状態にあったからな。
あれはインガを前にしていたからだとは思うが、ドラゴンゾンビの説明には『生者を襲う』とかいう不吉な一文もあった。もしもジョニー相手でも即断即殺をやろうってんなら呼び出すことはできない。
そうさせないためにはやはり、俺がきちんと命令を出せるかにかかっている。殺すつもりで襲わないってのもそうだが、希望通りにブレスを出してくれるかってのもな。
果たしてそのためにはどうすればいいか……ボチたちみたいに名前とか付けたほうがいいのかね?
なんて考えているうちに位置についちまった俺は、ジョニーと向き合う。
「双方、用意はいいか!」
「いつでも!」
「俺もいいぜ」
「決闘開始ィィィ!」
やけに気合の入ったトードの宣言と同時に、ジョニーがさっと剣と盾を構えた。ザ・戦士って感じの隙のない出で立ちだ。
さんざこっちを下に見るような発言をしていたが、勝負に対しては油断をしちゃいないようだな。
「けっこうなこった。だけどまともにやり合おうとしてるとこ悪いが、俺にその気はないんだぜ――【契約召喚】!」
「!」
手を前に出して叫ぶ俺に、ジョニーは盾を重点に置いた構えを取った。何かしら攻撃が来ると思ったんだろう。まあ、半分当たりってところだな。
「来い、『ドラゴンゾンビ』!」
初回と同じく、どこからともなく黒い風が吹いてきて俺の前で渦を巻く。そしてその中心から風を振り払って出てきたのが、人を丸飲みできるほどに大きい竜――の、動く屍だ。
「な、なんだと……っ?!」
竜を見上げてびっくら仰天しているジョニー。
スキルってもんの予備知識を持っちゃいるようだが、それでもこいつは予想外だったらしいな。
って、今はジョニーじゃなくドラゴンゾンビのほうが問題だ。
「ドラゴンゾンビ……いや、ドラッゾ!」
「グラウ?」
俺のことか? っていう顔で見てくるドラッゾに俺は頷く。
「そうだ、今からそう呼ばせてもらう! ドラッゾ、情けねえことに俺はインガに勝てなかった! 逃げ出すだけで精一杯だったし、それだってサラがいなけりゃ無理だった。自分の弱さがイヤになるぜ――でもな! 必ず奴にリベンジしてやると俺は誓った! いつか絶対にこの手であいつをぶっ倒すってな! だから、ドラッゾ! お前も俺と一緒に戦ってくれやしないか!」
インガは恐ろしい奴だった。
ぶっちゃけ死ぬと思ったし、心底ビビった。
だが、決して心から屈したわけじゃないぜ。
昨日は完敗だったが、俺は戦えば戦うだけ強くなるんだ。
明日の俺は今日より強い。
明後日はもっと、その先ならもっともっとだ。
――奴に勝てるくらいに強くなって、ドラッゾの嫁さんとドラッゾ自身の仇を取る!
その決意を込めて頼んだんだ。
すると、ドラッゾは。
「グロァアアアアアアアアアッッ!!」
音だけで訓練場が破裂するんじゃねえかってくらいの大声量で吠えた。それは「当たり前のことを聞くんじゃねえ」っていう頼もしいまでの意気込みの咆哮だ。
そうか……考えてみりゃドラッゾは二度もあいつに負けちまってんだ。生きてたときも、そして俺のスキルでゾンビになったあとも。
そのうえで嫁さんの体も奪われたままとあっちゃあ、そりゃあ死んでも死にきれねえわな。
もしかすっと、【死体採集】は俺の意思よりもドラッゾのそんな無念に反応して発動したのかも……なんてな。
「そうだよな。男なら、負けたまんまじゃいられねえよな。ついてきてくれるんだな?」
「グラウ!」
「――ぃよっし! ならもう二度と負けねえように、一緒に強くなろうぜ!」
インガをぶっ飛ばしたときと同じように、俺とドラッゾの心は完全に通じ合っていた。
ならまずは、眼前にいる敵を倒すことからだ!
「ドラッゾ、腐食のブレスをお見舞いしてやれ!」
「グラアアッ!」
「な、なんだって!?」
竜の死体と話をする俺をなんとも気の抜けた顔をして眺めていたジョニーだったが、攻撃が始まるとみるやにわに慌てだした。だが間に合わない。腐食のブレスは息吹なだけあって、攻撃速度が速く範囲も広いんだ。
「や、やめ……うわぁあああっ!?」
どうする間もなくジョニーはドラッゾが吐き出した黒い霧に包まれた。その途端、見るからにジョニーは動きが鈍くなった。だけどそれよりも目に付くのが、奴の身に着けている装備のほうだ。
うわぁ、サラの言った通りだ……防具が変色したかと思えば、ぐずぐずに溶けていくじゃねえか。
アーマーだけじゃなく手に持った盾も、そして団長から授かったという剣もだ。
腐食のブレスは情け容赦なくジョニーの何もかもを奪ってしまう。
「こりゃえげつねえ……」
酔っぱらったみてえにふらつくジョニー。
腐食のブレスを吸ったことで平衡感覚を失っているようだが、それ以上に装備品を全部ダメにされたことがキてるのかもしれない。
柄だけの剣と取っ手(?)だけになった盾を呆然と手から落として、黒い霧の中でガックシと膝をついている。
……これはもう、勝負あったっぽいな。
想像以上に呆気なかったが……仕方ねえよ。こんなんされたら誰も対処なんてできっこねえじゃんか。
と腐食のブレスのあまりの効力に引いちまった俺だったが。
「え?」
そこで観客席から飛び込んできたのが、ジョニーの相方レヴィだ。
黒い霧の前にすたっと降り立った彼女が、綺麗な姿勢で足を振り上げて虚空を蹴ったんだ。
ブォウン! というものすげえ風切り音を立てたその蹴りはなんと……ドラッゾのブレスをまさに雲散霧消って具合に、蹴散らしちまったじゃねえか!