348.完全無欠
滾る。魔皇の姿を再確認した瞬間、全身を巡る血がより強くより速く俺を急き立てた。
倒せ倒せ倒せ倒せ倒せ――あいつを今すぐぶっ倒せ!
「かぁあっ!」
「ふん!」
自分でも驚いちまうぐらいの速度で突っ込んだ俺を、魔皇が裏拳で弾く。さすがの反射神経、そして腕力。インガだってこれには参って当然だ――だがインガ+ドラッゾ+俺だったらどうだ!?
「うぉらあっ!!」
「ッ、」
両手両足で地面に着地、からの即跳躍。方向は当然魔皇のいるほうだ。弾いた途端に違う角度から突っ込んできた俺に魔皇は鬱陶しそうな顔をしながらも蹴りで対処した――それがまた速ぇのなんの。
自分の速度が出過ぎてるせいもあるが俺は躱すことも防ぐこともできずにそれを食らっちまい、今度は真上にぶっ飛ばされた。
痛え。が、痛くねえ。さっきまでならこれで意識を刈り取られてもおかしくなかった。そんぐらいの威力を感じはするが、今なら耐えられる。竜燐、そして鬼の耐久力は万全に働いている。だから動けもする!
「!」
「しゃおっ!!」
足場のない上空にかち上げちまえば素早い反撃はできない、とでも思ったんだろうが甘いぜ。今の俺は竜と魔族が混ざった特殊な形態。身体能力も人外のそれになってる。単に強い速いってだけじゃなく体の使い方だって人間にできる芸当を遥かに超えたもんが可能だ……!
打ち上げられた勢いのままにバク宙。それで慣性を殺し、魔皇のすぐ上に留まる。そして蹴りつける。どれをとっても人間業じゃあない。これには魔皇も意表を突かれたようだ――が、やはり人間を超えてんのは奴さんも同じだ。
頭の真上からの蹴り。それも予想外のタイミングで放たれたはずのそれを最小の動作で躱してみせた。
いくらなんでも反応が良すぎる。ひょっとすりゃ俺の【先見予知】みてーなスキルをこいつも持ってるのかもしれん。だとすりゃ輪をかけて面倒だが、しかしだからってお手上げっつーわけじゃねえ。
攻撃察知系のスキルは何も無敵じゃない。それはありがたく重用してる俺だからこそよくわかってることだ。
知らせがあっても対応しきれないもんはある。
例えばそう、攻撃を躱したところへくる別の攻撃とかは特に――!
「【真閃】・【大岩斬り】!」
「っぐ……?!」
完璧だ。魔皇が避けた瞬間を狙っての斬撃スキル。マリア戦でも見せたユーキの機を見極めそれを逃さない力ってのは健在。むしろあのとき以上に磨きがかかってるようでもある。
助かるぜ。俺ぁもうスキルのせいで興奮しっ放しなもんで、落ち着いた戦い方はできそうにねえ。悪いがそっちの担当はユーキにしてもらって、細かい調整は全部任しちまおう。今の俺が下手にごちゃごちゃ考えようとするよりはそっちのが絶対にいい。
「だっらぁあ!!」
「ちぃっ!」
揺らぐ魔皇の傍に降り立ち、ジャブジャブフック。からの右ストレート。全部ガードされたがさっきみてーに拳を握り込まれて掴まれるなんてことはなかった。
それだけでも十分に自分の強化具合を確かめられるってもんだ。うし、これならいけるぜ!
まずは基本に忠実に、ストレートを防がれてほんの少し開いた距離を半身になって詰めながら左を打つ。真っ直ぐ顔を目指したそれが魔皇の防御用の手に当たったところで一緒に出してた足を下ろす。場所は魔皇の足の甲。
「っ!」
本気で踏み抜きにいった。これはあっちの世界の喧嘩でも常套手段にしていたが、今の俺がやればただの小技じゃ済まねえ。魔皇も若干だが顔を顰めている。へっ、お前でもこれは痛ぇかよ――俺ぁてめえにも痛みを与えられてんだな!?
それを認めたことでもっと燃える。もっともっと加熱する。はち切れそうなヒートアップだ。体の内から火が沸き上がりそうなほどに熱い、熱すぎるぜ!
この熱を全部、拳に込める!
「おぉおおおおっっっらぁあああああ!!」
「ガァ……ッ!」
猛る情熱。強敵へ捧げる愛と殺意。報いと憂さ晴らし。どれも合ってるようでどれも微妙に違ってる気もする、そういう何もかもを。とにかくありったけを拳に乗っけて殴り抜いてやった。
この渾身の一発にユーキが続かないわけがねえ。
「【真閃】・【持続】・【山吹剣】――【唯斬り】!!」
俺の殴打に揺らぐ魔皇。そこに威力と持続力を高め、光属性まで纏わせたユーキ最強の一撃が振るわれる。決まる。俺もユーキもそう確信した。だが。
「――青二才共が」
「「!」」
カッ、と強烈に眩い光が魔皇とユーキの合間から放たれた。ちょいと視界が眩んだが【併呑】のおかげか【遺産】のおかげか俺の目は視力だけじゃなく回復力も上がっている。すぐに見えるようになったし、ユーキも同じく目を潰されちゃいないようだ。
だが俺たちは困惑する。それを見ても何が起きたのか理解できなかった……いや、したくなかったと言うべきか。
「ふん……何も考えずに攻め立てるのではそこらの獣と変わらん。とはいえこれは貴様らの落ち度というよりも、マリアの教えが足りなかったせいなのだろうが」
消えていたはずの真っ黒な闇のオーラが復活している。だけじゃなく、白いオーラまで一緒だ。
そこから感じられるのは間違いなく……光属性。
魔皇は闇と光のオーラを同時に身に着けている……!?
「どうなってやがる! てめーは『死霊術師』だろうが、どういう理屈で光属性を!?」
「【聖魔混合】。マリアのステータス画面を見たことはないか? これは俺たちだけが持つスキルだ。何人も来訪者を見てきたが、他に使える者を俺は知らん」
「……!」
そういえば、と思い出す。あった。あったぞ、【聖魔混合】。どういうスキルか説明はされちゃいないが、マリアのスキル欄に間違いなくそれはあった――なんとなく響きがカッコよかったんでよく覚えてる。
ユーキもそれに思い至ったようだが、そんな俺たちの表情をじっくりと見て、魔皇はどこか満足そうにしていた。
「そうかそうか。やはり知らされていなかったか。そして貴様らがこれを覚えているわけでもない、と。まさかとは思ったが流石に考えすぎだったようだな」
「なんだ急に調子こきやがって……そのスキルがなんだってんだ?」
「わからないか? 俺は今、光属性の攻撃を防ぐどころか吸収したんだぞ。こんなことができるのは発動時だけだが、見ての通りに光属性を得た。闇は光以外の全属性に強く、光は闇のみに強い。つまり。闇と光が合わされば――正確には光が闇の補助をすれば、それ即ち完全無欠ということだ」
「「……!」」
「現に俺はこれで、貴様らに対し完全なる優位を取った。闇も光ももはや効かず、培ってきた全ては無為となる。勇者の光も、死霊術師の闇も! 今代の来訪者など元より恐るるに足らん――貴様らの敗北は決定していたのだ! それこそ俺たちの時代であった百年も前からな!」
ちっ……マジかよこいつ。認めたくねえが、確かに理論上は闇と光が合わさりゃどんな属性にも不利にはならねえな。
ギルド『ブギー・ボギー』のリーダーである今は亡き山高帽の紳士、アルフレッド・イオルが評価されていた最大の要因は世にも珍しい光と闇の二刀流を確立させた冒険者だったからだ。
だが聞くところによるとあの人だってスイッチが可能というだけで、何も光と闇の魔法を同時に操れるわけではなかったらしい。
スイッチによる対応力の高さは手放しに称賛されて然るべきもんだろうが、もしも両方を同時に扱えていたならアルフレッドが更なる名声を手に入れていただろうってのは疑いようもない――それほどまでに素晴らしく、敵に回すと厄介な真の意味での二刀流を。
よりにもよって世界最強の一角であるこいつが。
人類の恣意的減退を望むこの最悪の男が。
闇のスペシャリストである魔皇が、実現させた。
こんな奴が光の力にまで手を染めたってのかよ……! こりゃ手が付けられねえどころの騒ぎじゃねえぞ!
「さあ……俺の本領はここからだぞガキ共。マリアの後を継ぐなどと自惚れた代償を払う覚悟は、できているんだろうな?」




