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342.なんで魔皇なんかになったんだっけ

 誰よりも強く反応を示したのは、魔皇だった。


 羊の群れを追いやる牧羊犬のように冒険者たちを追い立て甚振っていた彼は、声が聞こえた途端にピタリと動きを止めてその「二人」をじっと見つめる。


「そうかマリア――こいつらがお前の希望というわけか」


 思い出す。マリアが最後に言い残した言葉。

 呪いのようなあの言葉……。


 そうだった、まだ残っていたのだ。

 自分に対抗し得る者はいなくとも。

 対抗し得る可能性・・・のある者が、ここに。


 黒と白。対照的な色合いの衣装に身を包み。

 闇と光。対照的な属性の力を感じさせる。

 少年と少女。どちらも真っ直ぐな目をした――いつかの誰かを思わせる二人。


「馬鹿げた話だ。俺にもわかっていたさ、マリア。負けた後の備えをしないお前じゃあるまいよ……だが拍子抜けだな。最後の希望がこれとは耄碌していたとしか思えん」


 当然、魔皇は認めない。

 彼らの可能性など認めるはずがない。


 ましてやあの日を連想することなどもっての外だ。マリアの決定を嘲笑し、自らの気を逸らす。それが何よりの揺さぶられた証拠だということに気付けないまま。



◇◇◇



 あちこちひらひらしてるのにやたらとタイトなもんで着るのに相当手間取っちまったが、一旦袖を通しちまえばあとは俺の体に服のほうがフィットした。サイズはばっちし。


 これの製作者はマリアの恩師だという。あのマリアの師匠だ、もちろん普通の人間じゃあないだろう。

 つまりこれも普通の服じゃねえってこった――ま、そうでもなきゃわざわざ「来たるべきときに身に着けてください」なんて意味深なことを言いながら譲ってくれたりはしねえよな。


 その「来たるべきとき」の具体的な説明はされちゃいないが、今を置いて他に着るべきタイミングなんてねーだろう。これから魔皇様とご対面しようってんだ、是非とも聖女様がくれた衣装でドレスアップして臨もうじゃねえかよ。


 ……それ抜きにしても半裸のままじゃ格好つかないしな。いつでも着替えられるようにとポーチへ入れといてよかったぜ。


 そんなわけで三人にも手伝ってもらって、やっとこさ黒一色だが至る所に金の刺繍もあしらってあって妙に豪勢な出で立ちとなった俺は、メモリと委員長の二人とは別れてユーキと共に本館の外へと向かった。


 並んで走りながらまず感じたことは、身体強化の効果がいつもより高くなってるってことだ。

 最初はそのものずばり身体強化スキルである【超活性】かと思ったんだが、どうも違うな。効果が強まってんのはそっちじゃなく、スキル強化のスキルである【死活】のほうみたいだ。


 それはこの服自体が放っている闇属性の力に関係しているだろう。


 こいつを着込んだ途端不思議なまでに体に馴染んだのはサイズが自動調節されたからってだけじゃあなく、この能力のおかげでもあるのかもしれねえ――職業クラススキルの強化。『死霊術師ネクロマンサー』である俺を、一段階上へ引き上げる衣装。それがマリアのくれたもんの正体。


 ユーキのほうも以前に変身したときとは違う服になってるうえ、それが白一色に金刺繍っつー俺のと対のようなデザインをしてる。もしやと思って訊ねてみれば案の定、これもマリアからの贈り物とのことだった。


 その能力は聞くまでもねえ。おそらくは俺の服の『勇者ブレイバー』版だろう。


 つまり俺たちは揃ってマリアが残してくれた衣装を着て、マリアを倒した相手に挑もうとしてるってことか。仇討ちにこれ以上相応しい構図もねえな。


 まだ殺されたと決まったわけじゃねえってのに、このお膳立てのされ方はそれを認めちまってるような気がしてちょいと気が悪い。


 だがシチュエーションにケチ付けられるほど俺ぁ偉くも強くもねーもんで。


 魔皇が話の通じる相手だとは端から考えちゃいない。野郎を止めるためには実力行使しかない――なんだって使えるもんは使って、とにかく勝たなきゃな。


 仇討ちだとか弔い合戦だとか、そんな風には背負い込まねえ。

 俺が魔皇を戦うのは奴の好き勝手なやり口が気に食わねえからだ。


 そもそもマリアだって単独行動を取ってまで魔皇を倒そうとしたのは私怨や過去の清算ではなく、未来のため。魔皇が思い描くのとは違うそれを守り、全てをユーキに。次の世代へと引き継がせるためだ。


 だったら俺たちもそうしよう。

 マリアの後を引き継ぎ、やり残しを果たそう。


 昨日の恨みじゃねえ、今日の痛みじゃねえ。

 明日またみんなで笑えるように――そのために魔皇をぶっ倒す!


「これは……!」


 玄関口を出て、中庭を見下ろして。

 誰も彼もが捨てられたゴミみてーになってるその光景に一瞬、視界が暗くなった。


 こん中でまだ生きてるのがいったい何人いるのか。生存者から数えたほうが遥かに早いだろうってのが見ただけでわかっちまっただけに、なんとも息苦しい。


 さっきまでこの全員が懸命に戦っていた。魔皇軍好きにさせてたまるかと一致団結してゴーレムをやっつけてたんだ――それが、ほんの少しの間でこうなっちまった。


 やったのは言うまでもなく、魔皇だ。奴は今も同じことをしている。視線の先で今にもお技を放ち、生き残りを容赦なく殺そうとしている野郎を見て。


「ちょっと待ったぁあああ!!!」


 力の限りに叫んだ。確実に魔皇へ届くように。それくらいのつもりだったんだが、身体強化によって声量までバカ高くなってんのか、俺の声は中庭一帯をビリビリと震わせた。


「オレゼンタさん」


 熱くなってると思ったんだろう、ユーキが俺の肩に手を置いた。突然傍で叫ばれてうるさかっただろうにそんな顔ひとつ見せねえとはすげえな。


 マリアのこともあってユーキのほうが熱くなって当然だってのに、それもない。……だいぶ年下ではあるが素直に尊敬できるやつだぜ。


 そんなユーキに大丈夫だと知らせるために、肩に置かれた手を俺も軽く叩いてやった。


「はらわたはカッカしてるがよ。頭ん中はそうでもねーから心配すんな」


 見ればサラとアップルは生きてる。カルラもだ。向こう側じゃガレルとその仲間たちがフューネラルからヤチたちを助け出してるのも確認できる。


 ステータスアップで視力まで常人離れしてきたことに感謝だな。あいつらが無事だとすぐに確認できなきゃさすがにブチ切れてたかもしれん。


「ふー……」


 軽く息を吐き出し、色んなもんを整える。

 それから俺は魔皇を指差した。


 奴もこっちのことはよーく見えてるはずだ。


「怪我人らを相手に随分お楽しみだったみてーだがよ。こっからは俺たちが遊び相手になってやる……負けんのが怖くねーならかかってきな、魔皇!」


 これは周囲の連中への宣言でもある。魔皇と戦り合うのは、俺とユーキだ。他は悪いが見学しててもらおう。万全の状態ならいざ知らず、そうでなきゃただの無駄死にになっちまいかねんからな。


 運がいいのか勘がいいのか、カルラ辺りは中庭にいたはずなのに殆ど消耗してねーみたいだが、あいつにゃ他の連中の面倒を見てもらいたい。

 頼むまでもなくそうするだろうってのはわかってるんでわざわぞ口に出しはしねーがな。


 問題は挑発が伸るか反るか、つまり魔皇本人がどうするかってところだが――。


「!」


「かかってきな、か。ふふ……この魔皇を相手になんとも不遜なことだな、小僧めが」


 ひとっ飛び。軽い跳躍で中庭の中央から本館前まで移動してきた魔皇は、俺たちの真ん前にふわりと降り立ちながらそんなことを言った。


 こいつ……ノータイムで応じてくるかよ。俺の意図がわかってねえってこたぁないだろうに。


「へっ、誘いに乗ってくれてどーもな」


「構わんさ。勘違いしたガキ二人を潰し、またアレらを潰す作業に戻る。それだけのことだ」


「できたらいいな、その皮算用」


「できるとも。何も手間取ることじゃあない。そも、俺に不可能などないのだ」


「そりゃすげえや、さっすが魔皇様だ……ところでお前、なんで魔皇なんかになったんだっけな? 不可能なんてねえはずなのに、どうしてマリアさん一人も味方にできなかったんだろうなぁ……今も昔もよ」


「――小僧」


 俺の言葉に、魔皇の口元に張り付いていた嘲りの笑みが消えた。


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