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341.主役にはなれない

「哀れなほど脆いな。剣も、お前自身も」


「ぬ、っぐ……!」


 マクシミリオンは剣から手を放しはしなかった――が、それにどれほどの意味があるというのか。その折れた両腕で、根元から刃の欠けた剣で、これ以上彼に何ができるというのか。


「本来の『断罪剣』はスキルとスキルを組み合わせたものだ。要項をひとつずつ噛み砕き、再現し、自らの技へと昇華したのだろうが……結局のところそれはただの猿真似に過ぎん。オリジナルには遠く及ばんということだ」


 言いながら魔皇は顔を歪めた。つい先ほど【併呑】を使う己に向けられたマリアの言葉を思い出したのだ。これでは自分で自分を貶めているようなものだ。


「ちっ。いちいち人の心を踏み躙ってくれる女だ。こんなことまで想定はしていなかっただろうが、だからこそ余計に苛立たしい」


 そんな女に惚れてしまった自分が、だ。


 合計三度もフラれてなおこれだ。大概な馬鹿だと魔皇は自身を笑った。


「百年前の戦争を語って聞かせ、技まで授けるか。教会勢力でこそないがお前もマリアの肝入りというわけだな。しかし俺の正体や『灰』の存在までは明かしていなかった、と。ふん……」


「っぐ、」


 無造作に掴み、地面へ叩き付ける。腕を中心とした激痛に呻くマクシミリオンを見下ろした魔皇は、敗北を刻みつけるようにその足で彼を踏みにじった。


「【闇撃】を食らいながらその程度の傷で済むとはお前も人間離れしているな。多少なりともマリアが目をかけるだけのことはある――しかし足りないな、まったくもって足りていない。人間の枠の外より少しばかり逸脱した程度で俺やマリアのいるステージに立てるはずがない。神のお膳立てる舞台にもな。お前は、主役には、なれない」


「主役、だと……?」


「選ばれし者だという自負はあるんだろう? ああ間違いないさ、それはその通り。お前もまた立派な駒に違いない。その馬鹿馬鹿しい役目から解放してやろうというんだ」


「ま、さか――それでは、裏切り者とは。レヴィやキッドマンの目的は……!」


「ふ、やはり違和感は持っていたのか。だが遅きに失したな。お前は対応を誤った。いや違うな。それを言うなら初めから、何もかもが誤りだったのだ」


「……!」


 魔皇の腕に闇のオーラが集う。再びの【闇撃】の発動――武器を失い足蹴にされているマクシミリオンになすすべはない。


 死ぬ。それを覚悟した彼。その覚悟を眼差しから見抜き酷薄な笑みを深めた魔皇は。


「誤りは正さねばなりませんわね」


「!」


 その笑みを消して後方宙返り。見えない何かが自分のいた場所を、それも的確に頭部の位置を通り抜けていったのを確認しつつ、魔皇は攻撃のやってきた方向を確かめた。


「お前は……」


「お初にお目にかかりますわ魔皇。ですが悪しからず、名乗りはいたしません。誉れある我が名を聞かせる相手は選ばなくてはなりませんもの」


 来訪者。魔皇は一目でそれを看破した。そういった効果を持つスキルは【死兆】と同様に現在機能停止に陥っているが、これぐらいのことであれば自らの眼力だけでも十分に知れる。


 ボリュームのある縦ロールの髪に、およそ戦場に似つかわしくない煌びやかなドレス姿、それらに負けないだけの端整な顔立ち。派手だ、目に痛いほどに派手派手しい女だ。しかし見た目の派手さ以上に着目すべきは態度のほうだろう。


 魔皇を前に武器も持たずに腕を組み、不遜に佇むその勝ち気さ。外見よりも遥かに光り輝く強大な自尊心がそこにはある。


 そんな彼女の背後には他にも人がいた。それらは墜ちた船から、ゴーレムの下から、もう終わったはずの場所から次々に姿を現した者たち。全員が一人の例外もなく、敵対的意思をその瞳に乗せて向けてくる。


 ――なんらかのスキルを使ったな。


 明らかにまだ動ける者から優先的に助け出されている。その手際の良さから魔皇はそれを確信した。


 【純破壊】の被害を受けてまだ戦闘行為を可能とする実力と幸運を兼ね備えた一握りの強者たちだ。いくら元の人数からすれば大幅に数を減らし、それぞれ大小様々な傷を負っているとしても、戦力としては相当なものだ。少なくとも彼らにとってみれば隣に立つ仲間の存在は実戦力以上の支えとなるだろう。


 選別と救出をこの短時間に行ったとすればそれがすべてスキルによるものだとしても、あるいは指揮の手腕によるものだとしても、どちらにせよ侮れない。


 まさかこいつなのか? 魔皇は勘繰る。自軍の立て直し方の手慣れ具合に、今日という襲撃の日にこれだけの対抗戦力を揃えぶつけてきた何某と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだ。


 だとするなら――だとしても別段、どうということはないのだが。


「……、」


 周囲を見やれば、いつの間にか囲まれていた。頭数はざっと数十名といったところか。先ほど【憤激】で沈めたはずのシスターや、あのやたらと怪力だった少女まで起き上がりその輪に加わっている。


 圧倒的な力を見せつけてやったはずだ。

 だが立ち上がった彼ら彼女らの士気は皆一様に高いように見える。


 まるでマクシミリオンが破れたことで心折れるどころか、一層の奮起を促されたかのように。


「次から次へと虫のように湧いてくるな――お前たちは目が見えないのか? 物が考えられないのか? そこに転がる無様な男をよく眺めてみろ。それが世界最強とまことしやかに謳われていた冒険者のザマだ。加えて言えば俺は真の最強たる聖女マリアを下してこの場に立っている。わかるだろう? 百年前の英雄も、最新の英雄も。どちらもこの魔皇に敗れたんだ――もはやお前たちに希望の目などないんだ。俺が作り出した兵隊共に対抗はできたとて! 俺に対抗し得る者などもうどこにもいないのだからな!」


「勝ってからお好きにほざきなさいな」


「いいだろう! 今から気の利いた命乞いの台詞でも考えておけ!」


 溢れ出す闇。最初の犠牲者を選ぶべく魔皇はもう一度周囲を見回した。しかしすぐに選ぶのも面倒になって――跳躍。


「散開!」


「【憤懣】を発動……!」


 すぐに狙いを悟ったカルラの号令に従って冒険者たちが散る。その直後、死体とゴーレムの山を上から降って来た真っ黒な闇が塗り潰した。



◇◇◇



「何をしようとしているんですか……!?」


 先と同じ言葉を同じ相手に告げ、止める。止められたクララはバッと振り返ってモニカを見た。


「そっちこそ何を悠長にしてんだ、もう四の五のとは言ってられないだろうが。玉砕覚悟だろうがなんだろうが突っ込むしかないだろう!」


「ええその通り、ですから考えなしは良くないと申し上げているんです。これだけ戦える者が残っていることは幸運でしたが皆やはり傷が深い。カイザス様を赤子のように捻る相手に――あの聖女様が敗北した相手に! 私たちなどの玉砕覚悟の特攻が、どれだけ意味を為せるとお思いですか!?」


「っ……!」


 正論である。いくらこちらが決死の思いで挑もうと、魔皇はその特攻を嘲笑うだけだろう。やぶれかぶれの攻撃が通じるような相手ではないことはクララだってわかっている。


 だが、ではモニカはいったい自分にどうしろというのか。


「私たち二人が現状の最高戦力と言っていいでしょう。そして私には心象偽界があります。格上を相手にも自身の土俵に引き込むことで勝機を見出せる、最後の手段が」


「……! そうか、そういうことかい」


「はい。……一緒に死んでくれますか?」


「聞くんじゃないよ、バカたれ」


 わしわしっ、とモニカの頭を乱暴に撫でつける。もう十年以上も前のことではあるが、モニカもまたクララの教え子だった。

 今や共に大シスターとして肩を並べているものの彼女にとってのモニカはいつまで経っても娘のような存在であった。


「ま、確かにそれが一番効果的な玉砕の仕方だろうさ」


「……ありがとうございます、シスタークララ」


「こっちこそ礼を言うよ、シスターモニカ。聖女様の仇を取るためなんだ、老いぼれにゃ望むべくもない最高の死に場所さ……!」


 相手はあのマリアに打ち勝った男なのだ。偽界勝負に持ち込んだところで勝てるなどとはモニカもクララも思っていない。


 故の、玉砕。モニカは己の命を使い果たして魔皇ごと偽界を閉じるつもりでいる。そしてそれを邪魔させないためにクララも共に入り込み、身命を賭してでも魔皇を抑えることだけに努めるのだ――これは互いに命を捨てることで成し遂げる、最後のミッション。


 まだ教会には最後の大シスターエレナがいる。

 少々素行に問題はあるが、人としての問題はない。

 彼女ならば聖女や自分たちの亡き後も教会を存続させていけるだろう……ならばなんの憂いも躊躇もない。


 二人のシスターは目を合わせ、頷き合う。


 暴れまわる魔皇が纏う闇が一際濃くなり、大技が放たれることを予期させたその瞬間に合わせてモニカは偽界を展開させようとして――。


「ちょっと待ったぁあああ!!!」


 辺り一帯を揺るがすようなその大声に、魔皇も彼女たちも、そこにいる誰しもが動きを止めた。


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