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339.貴様は『魔皇』なのだな?

「多少の足しにはなったか」


 元を辿ればどこぞで拾ったちっぽけな影だ。語って聞かせた言葉に嘘はなく、魔皇はナゴリという部下に大した価値など認めていなかった。


 己の力から生み出されたような存在であるために今更【併呑】で手に入れられるような能力もなかったが、しかしマリアとの戦闘で尽きかけていた寿命を少しは増やせた。そこは最後の使命を果たしたのだと評価してやってもいいだろう。


 野望のため。つまりは『灰の者たち』を打倒し、自らが新しい管理者となり、神のシナリオを自由に書き換えられるようになること。


 そのために必要だと見繕った他の逢魔四天とは異なり、ナゴリは本当についでで飼っていた非常食代わりのペットのようなものだ。


 そんな者にまさか父性を求められるとは。


 出自による影響かエニシとシガラも大概崇拝が重くはあったが、あの双子は間違っても魔皇を家族扱いしようとはしなかった。認められたい、役に立ちたいという思いは一緒でもナゴリと違って明確な一線を引いて区別していた――主と配下という関係性を最後まで守った。そしてそれこそが魔皇が求めた逢魔四天のあるべき姿でもある。


 惰弱、軟弱、脆弱。

 仮にもここまで育ったのだから実力的な不足はないはずだが、これでは生き残ったとしてもどのみち魔皇の期待するような活躍は望めなかっただろう。


 初任務で首だけの姿になっておきながら、そのまま恥ずかしげもなく主人へ擦り寄り甘えるような真似をする奴に、そんな未来は永遠に来ない。


 故にこそ。マスターピースゴーレムやハイエンドゴーレム、そして艦隊といったその気になればまた作り直せる戦力とは違い失えば二度と取り戻せないナゴリという一人の魔族をその手で殺したことにもまた、魔皇はなんの悔悟も抱かない。


「哀れな男だ。何故影の外に出されないか疑問に思ったことはなかったのか……まさか大切にされているとでも自惚れたか? 馬鹿馬鹿しい、単にその資格がなかっただけだというのに」


 自身ではなく裏切り者のスオウが逢魔四天に数えられていたこともナゴリはなんとも思っていなかったようだ。

 あるいはそれもスオウを騙しているだけであり、あくまでも真の幹部は自分だとでも考えていたのかもしれないが……だとすればますます哀れとしか言いようがなかった。


 たとえ互いに利用と離別を前提としての主従関係であったとしても、それでもスオウのほうが遥かに逢魔四天に相応しかった――魔皇が求める強さというものを有していた。真相としてはそれだけのことだ。


 結局、どこまでいってもナゴリの不足が全ての原因となる。


「分不相応の立場を求める阿呆というのはどこにでもいるな。その点に関してのみあらゆる種族において差なんてないのかもしれない。……お前もそうは思わないか?」


「…………」


 一歩ずつ。大地を踏みしめるようなしっかりとした足取りで近づいてくるその男――誰もが世界一の看板を認めるかの冒険者ギルド『恒久宮殿アーバンパレス』の団長。


 マクシミリオン・カイザスに、魔皇は牙を剥くような笑みを向けた。


「ナゴリめ。見事に予想を外したか……もしくは俺が思った以上にアーバンパレスは一級以下の構成員も優秀ということかな。お前の登場はもう少し後になると考えていたんだが」


「敷地を出た時点で誘導は団員たちに任せてきた。そうして俺自身は本館へ向かうつもりだったが……それを改めてでもおっとり刀で駆け付けもする。あれだけ邪悪な気配を感じたならな」


「ふふ、これは失敬。これでは俺が呼びつけてしまったようなものだな」


 しかしいいのか? と魔皇は問う。


「宮仕えの冒険者、そのリーダーよ。お前の最優先は何より政府の重鎮を守ることにあるはずだが? そのためにはこいつらなぞ――」


 手を広げて地に伏す大勢の人間を示しながら笑みを深める。


「――まとめて放っておいて、やはり本館へと急ぐべきなんじゃあないか? 政府長や御老公をお前の手で確実に逃がしてやらなくていいのか? ん?」


「……、」


 立ち止まり、剣を抜く。言葉ではなく行動で返したマクシミリオンに魔皇は「やはり」と納得した。


「知ったのは裏切り者の正体だけではないようだな。釜をひっくり返したような騒ぎだったろうに、連絡網は余程に精緻らしい。伊達に世界一のギルドなどとは呼ばれていないな、アーバンパレスよ。……いや、あるいは。以前から感じてもいたのか? お前の周囲にある不自然というものに」


「……、貴様は俺や俺の周囲についてどこまで探り、何を知ったんだ」


「探ってなどいない。故に何も知らんさ。だがここ二十年程はお前の名こそが冒険者界隈の代表だろう。ランク付けやギルドなどという制度がまだなかった時代に冒険者をやっていた身としては、意識せずともその評判くらいは耳にしてしまうというもの。で、どうなんだ? 孤児院出身ながらに最強と謳われたパーティの見習いとなり、今では最高の冒険者にまで登り詰めた英雄マクシミリオン。お前の華々しい人生は意義あるものか、否か。今その答えが揺らぎ始めているんじゃあないか……?」


「黙れ」


 剣を掲げる。立てた刃を真っ直ぐに向けながら、マクシミリオンは魔皇からの問いに自らも問いを返した。


「念のために確認するぞ。貴様こそが『魔皇』。――インガやエニシといった魔族を従え多くを殺した、魔皇軍の頂点。そうなのだな」


「無論。俺こそが魔皇だ」


「…………」


 迷いなく。どこか得意げにすら見える態度で肯定する魔皇。それに対しマクシミリオンの表情は限りなく険しかった。


 魔皇軍の被害者リストの中にはアーバンパレス構成員も多く含まれている。


 ユニフェア教団事件で一気に膨れ上がった死者の数全体から見ればちっぽけな数字でしかないが、しかし仲間を家族のように思っているマクシミリオンにとってそれは大きい小さいで語れるようなものでは決してなかった。


 当然、外部の人間だろうと失われた命に対する悼みは尽きない。


 その被害の大元であり元凶が目の前にいるのだ。謹厳実直の男である彼の顔付きが強張るのは致し方ないことだろう――だが険しい表情の理由はそれだけではなかった。


 激しい怒りとそれに根差した闘志。それらに混ざって浮かんでいるのは、僅かだが確かに存在する困惑の感情である。


 それは魔皇の見てくれにその原因があった。


 どこからどう見ても魔族には見えない、目鼻立ちのくっきりとした紅顔の少年。もうすぐ青年になろうかという年頃の、普通の人間。それが魔族の頂点たる魔皇を名乗っていることに、どうしてもマクシミリオンはなんとも言えない気持ち悪さを感じざるを得なかった。


「……アーバンパレスが発足してしばらくのことだ。聖女様と面会する機会を得た」


「うん?」


「せっかくだからと救世の英雄と呼ばれる彼女に、そう呼ばれる切っ掛けとなった時代の話をせがんだ。百年前の戦争を語り聞かされ、俺は魔族という滅びた存在を以前より恐ろしく思った。人を越えた力、能力、殺戮衝動。そんな存在を統べて世界の支配を目論む魔皇を討ち倒してくれた聖女様へ感謝の念を何度も伝えたものだ……比喩ではなく、彼女がいなければ歴史が変わっていただろうとな」


「ふむ。まあ、それは間違いなくその通りだろうな。個人的には聖女だけでなくその仲間にも、お前に限らず全人類が深く感謝すべきだと思うが。……それで?」


「問い直したい。人と同じ姿をしながら魔皇を名乗る者よ。その名は軽はずみに名乗っていいものではない……自称だろうと他称だろうと俺はその名を使う者に容赦をするつもりは、ない。たとえ人であっても人として扱いはしない。俺だけでなく魔族の恐ろしさを教科書で学ばされた以上に理解している者なら全員が同じだろう――それを踏まえたうえで、問い直す。心して答えろ。貴様は『魔皇』なのだな?」


「――……、」


 射貫くような目付きで睨みつけてくるマクシミリオンの、念入りの再確認。それに答えるべくゆっくりと口を開いた魔皇は――。


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