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338.ならば疾く死ね

「まおうさマ――まおう様、魔おうサま、ま皇様、……魔皇様ぁ! 今お傍にぃ!」


「くっ……なんという執念ですか!」


 モニカは嘆く。首だけになってもなお魔皇の下へ急ぐナゴリのなんと悍ましく、なんと厄介なことか。


 見失いながらも一度は追いつき、トドメのつもりで放った一撃は確かに当たった――それなのにナゴリは死ななかった。止まらなかった。首から下を失った彼はしかし、あたかも自ら体を切り離したかのようにして頭部だけとなってもなお移動を続けたのだ。


 そして今、とうとう彼は窓ガラスを突き破って建物を出た。その先にあるのは中庭――そして魔皇。それだけはさせまいと誓っていた合流を許してしまったことにモニカは苦々しい顔になりつつ、彼女もまたナゴリが出た窓から本館の外へと躍り出た。


「……っ!」


 三階の高さから飛び降りた彼女が目にしたのは、最悪の光景だった。


 屍山血河。敵味方関係なしに折り重なるように誰も彼もが倒れ伏す地獄のような有り様が見渡す限りに広がっている。


 その中心で、たった一人平然と立つ男がいる。迷いなくそこを目指すナゴリの後を追って駆けたモニカは、その男のすぐ傍に立ち上がろうと藻掻くクララの姿を見つけた。


(よかった、生きている……!)


 彼女の死を予見していたモニカは、それが外れたことを心より喜んだ。本当なら他のシスターたちの無事も一人一人確かめたいところではあるが……状況はそんな悠長を許してくれそうにもなかった。



◇◇◇



「ふん」


 憤りすら見せて果敢に挑んできたシスターたちをたった一撃のもとに返り討ちとした魔皇は、呻く彼女らを眺めて鼻を鳴らした。


「どれだけ意気込もうとこの通りだ。これを自殺と言わずしてなんと言う。雑魚なら身の程を弁えることも重要だろうに、何故それがわからんのか――む?」


「魔皇様っ、魔皇様ぁ! ナゴリです、あなたのナゴリが来ました!」


「お前か……、なんだそのみっともない姿は?」


 自分を呼ぶ声にそちらを向けば、頭だけになった部下が飛んでくるではないか。これには魔皇も眉をひそめてしまう。


「すみません、シスターらしき奴にやられちまいました!」


「シスターにだと? なるほどな」


 ナゴリの後ろからやってきた女に目をやりながら魔皇は納得する。いくら再生力に限度があるとはいえナゴリをこんな姿にできるのは教会勢力――その中でも特段の実力者のみにしか成し得まい。


「よりによって大シスターに捕捉されたわけか。よくここまで逃げおおせたものだが……お前、肝心の仕事のほうはどうした」


「そらーもちろん、完璧にこなしましたとも! オレにかかればあれぐらい朝飯前ってやつですよ!」


「ほう。政府長ローネンを無事に逃がしたと?」


「はいっ! 傷ひとつ付けてねえですよ、魔皇様! あなたのナゴリはあなたの言いつけをきちんと守りました――それに聞いてください、エンタシスを一人始末しました! それからもう一人も、殺せはしませんでしたが深手を負わせました! これでアーバンパレスの戦力はガタ落ち! 残すところは団長のマクシミリオンくらいのもんです!」


「そうか、良い働きだナゴリ。それでそのマクシミリオンはどこにいる」


 魔皇から称賛されたことでナゴリは絶頂を味わう。顔に――今の彼には顔しかないのだが――喜色をこれでもかと浮かべながら問いに答えた。


「ローネンたちが話してた内容から察するに、別館のほうはマクシミリオンが中心になってゴーレムや『灰の手』の対処にあたってたみてーですよ。たぶん、生き残りの政府の人間を逃がすために今頃はもう離れてるんじゃねーかと思いますがね」


「ふむ……」


 実務面では、本館に入り浸る高官よりも別館詰めの役人たちのほうが政府運営に大きく役立っていると言える。

 本館をエンタシスに任せたマクシミリオンが、役職こそ低いものの重要な人材である彼らを守るために先陣を切っていく様は容易に想像がつきもする。


 その最中に裏切り者が判明したとなれば――ローネンの脱出のためにアーバンパレス内の『灰の手』はいよいよそのヴェールを脱いだことだろう――本館への応援よりもまずは救える命を優先することもまた不自然ではない。


 これで大方の情報は出揃った。

 インガが総轄の立場を早々に放棄したせいで不明瞭になっていた経緯が魔皇にも見えてきた。


 おそらくもう『灰の手』を用いた管理者の介入はないと見ていい。魔皇が願う統一政府セントラルの崩壊とローネン・イリオスティアの生存はやはり『灰』にとっても望ましいものだったらしい。


 ならばこれで残すは、この手で直々に生存者をゼロとすることだけ。途中でマクシミリオンを始めとする、まだしも魔皇からしても強者と見做せるような者たちの邪魔が入るかもしれないが、それも併せて潰してしまえばいい。


 つまり――。


「いや、よくやってくれたな。お前は思った以上にいい仕事をした」


「~~ッ、……いやいやそんな! オレは魔皇様の懐刀として当然のことをやったまでで! へへへっ!」


「謙遜するな。ただの補充要員としては望外の働きだぞ」


「そうですよ、オレはなんたってただの補充要い――え?」


「お前を向かわせなくても『灰』がローネンを逃がすことは間違いない。なので、念のために。必要はないだろうがそれこそ肉盾代わりにでもなればいいと思って任せたが、見事に期待以上の成果を挙げてくれたな。いや、そもそも期待などしていなかったのだからそれも当然かもしれないが……とにかくお前は本当によくやったよ」


「え、え、魔皇様――オレ、は?」


「あとは死んで俺の糧となるだけだな」


「…………!」


 愕然。その二字がこれ以上なく相応しい表情でナゴリが絶句する。


 彼には魔皇の言っていることがあまり理解できなかった――したくなかった。そうしてしまえば自分の中の命より大事なものが砕け散ってしまう気がした。


「どうしたナゴリ、間抜けな顔をして……まさか不服なのか? 俺の力の一端となれることを拒絶するつもりか」


「い――いやっ! そんなことはねえですよ! 魔皇様の一部になれるんだったらこんなに嬉しいことはねえ……オレは喜んで死にます、死ぬつもりです! でも……!」


「でも、なんだ?」


「でもオレは、今日ようやく! 初めてあなたの役に立てた! 初めて褒めてもらえた! それがすげえ嬉しかったんだ――もっと役に立ちてえんだ! 他の逢魔四天みてえにオレもどんどん命令をこなして! もっともっと褒めてもらいてえ……魔皇様! オレ、あなたを父親のように思ってるんです! いつでもあなたのためになら死ねる、けど、できればもっと一緒に――」


「馬鹿を言うな」


「むぐっ……!?」


 一心不乱に思いの丈を述べるナゴリ。少しずつ寄ってくるその頭を鬱陶しそうに掴み黙らせた魔皇は、反吐のように吐き捨てた。


「勝手に息子面をするんじゃあない。所詮はいざというときの保険。俺の影であり影武者であり、幹部のなり損ないにして補欠。なんのために影の中でお前なんかを育てたと思うんだ――それは部下として重宝するためでもなければ、ましてや子供として可愛がるためでもない。万が一にも寿命を使いすぎた場合に即時補充を行なうためのアイテム! ただの外付けバッテリー! それがお前だ、カゲボウシのナゴリ!」


「……!」


「その機会もなくなったものだからと最後に少しばかり仕事を任せてみれば、なんだ。えらく図に乗ったものだな。俺を父親のように思っているだと? それがどうした? そんなことでお前は俺の決定に異を唱え! 挙句指図までするのか――もっと褒めろ、もっと気持ちよくさせろと!? 何様のつもりだ影の分際で……!」


「ギ、グ、アッ……ま、オウ、ざマ……」


 ぎりぎりと締め付ける。魔皇の握力によってナゴリの顔は変形し、今にも爆発しそうなほどに歪んでいる。

 その口が掠れた声で言葉を発したが、魔皇はそんな聞き苦しい音に耳を貸すつもりはなく。


「言ったはずだナゴリ。逢魔四天は死ぬこともまた仕事の内だと――補欠とはいえお前もその一員となったんだ。ならば疾く死ね、そして俺の力になれ。特にお前は他の奴らとは違ってただそれだけが存在理由なのだからな」


「マ……、」


 ――握り潰す。飛び散った影が淡く宙を漂い、すぐに消えてなくなっていく。


 逢魔四天『死穢不耐』のナゴリは断末魔すら残せずに死んで。


 【併呑】の契約に従い、否応なしに魔皇の命の一端へと吸収された。


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