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330.罪深き所業を贖いなさい

「待てやオイ! 好き勝手にてめえっ、いい加減にしやがれよ!」


「待てはこちらの台詞ですよ――いい加減に往生なさい、逢魔四天」


 真っ黒な影。辛うじて人型を保っているそれが跳ねる。その直後に彼がいた空間を一筋の閃光が切り裂いた。危ない。あと一歩そのまま走っていたら真っ二つにされるところだった。


 普段ならそんな被害も笑って済ませられる彼だが、今だけはそうもいかなかった。


「くっそがぁ! てめえはなんでオレの位置がわかりやがんだ?!」


 大声でぼやきながら廊下を駆ける影――現存最後の逢魔四天であるナゴリは、一見まだ余裕を残しているようなお喋りを続けながらも内心の焦りはかなり真に迫っていた。


 広い本館のこと、一度は距離を離したのだから自分を見つけられはすまい。モニカの追跡を容易く撒けると信じていたナゴリは、怒りながら微笑むというある意味で最も恐ろしい表情を顔に貼り付けたままシスターが真っ直ぐ己を目指して疾走してきたことに心底からたまげた。


 元から逃げることに専念するつもりでいた彼は追いつかれたとて応戦はせず、再度引き離すための最低限度の反撃を行ないながら遁走していたのだが。


 右に曲がり左に曲がり、部屋に飛び込み廊下に戻り、フロアを上がったり下がったり。

 とにかく道を選ばず時には影になれる固有能力を活かして姿を隠したりもしたのだが、その都度モニカはまるで自分がはっきりと見えているかのように最短距離で追いつき、隠れ場所を暴き出した。


 叶わないし、敵わない。

 逃げることも戦うことも正解ではない。

 そういう状況に追い込まれてしまったことでナゴリは参ってしまっていた。


 この女に追われていては影の補充もできそうにない。最悪その時が来るまでの時間稼ぎさえできればいいのだが、それまでこんな身も心も擦り減らす鬼ごっこを継続できるかと言うと……果てしなく微妙である。というか、はっきり不可能と言い切ってしまってもいいだろう。


「私からは逃れられませんよ――これ以上の悪事は許さない。天に還り罪深き所業を贖いなさい。それだけがあなたに残された道です」


「けぇっ、ありがたい説教をどうもよシスター様!」


 魔皇のために生き、魔皇のために殺す。


 それだけを目指すナゴリと、悪意に晒される力なき者を救い、悪意を振りまく力持つ者の打倒を志すモニカは正反対だ。敬虔なシスターの言葉になどナゴリが耳を貸すはずもない。


 とまれ、どれだけ言葉が届かずとも攻撃は届く。大シスターモニカはただ救いを信奉するだけの教徒ではない。何故なら彼女が信じ、敬うのは神ではなく――聖女マリアであるからして。


「『ホーリー……」


 ドズン!! と大きな音とともに起こった揺れで一瞬ナゴリとモニカの動きが止まった。先ほどから大小様々な振動が散発しているが、今のはかなり近かった。


 まるで彼女たちが向かう先、その廊下の角のすぐ向こうで爆発でも起きたかのような――。


「あ」


「「!」」


 しゅるり。

 表すならそういう音だろうか。


 そんな滑らかな足運びで角から飛び出してきた一人の少女は、ナゴリとモニカを見てなんとも不思議な反応を見せた。


 腕を上げたのだ。人影を認識すると同時に攻撃姿勢を取った。そこから二人はこの少女がただの避難者ではなく戦士であることを悟った――問題は。


 どちらに属す者であるか、ということ。


 ナゴリにとっては人類側だろうと『灰』の協力者だろうと大して変わりはないが、どちらかと言えば『灰』のほうが困る。単純に厄介だし、政府長を逃がすまでの間という協力関係を終えたばかりでもある。第二のレヴィ・マーシャルが出てきてしまってはまた面子を変えての三つ巴となってしまう――そんなのはご免だった。


 モニカもまた迷う。政府長やアーバンパレス構成員の裏切りを耳にした直後だ。急に姿を現した少女が『灰』という組織の一員か、そうでないなら人間に擬態した魔族ではないかと疑うのは当然のこと。


 外見上にはこれといって特徴のない、ごく普通の少女。そうとしか映らない砂川ハナを前に両者が戸惑うのは仕方がない……そしてその一方で、惑わせてる側の彼女にとって目の前の光景は至極単純なものであった。


 手前には全身真っ黒な魔族。奥には武器を持ったシスター。魔皇軍とそれを追う教会員という構図は一目で把握できた。


 あとは、逃走経路で出くわしたこの奇縁をどう活かすかということ。


 完全スルーを決め込んで横を駆け抜けていくというのも悪くはないが、魔皇軍の数はできるだけ減らしておくにこしたことはない。

 どういうポジションにいるかは不明だが本館内への侵入組に選ばれているということはこの真っ黒男も決して雑魚ではないはず――それを手間なく討てるとしたら、それもまた悪くない。


「【操糸】発動、五連【鋼弾】」


「ッヅ……!」


 駆け抜けたのはハナではなく、その指先から撃ち出された弾丸。

 糸が固まってできた五つの弾が若干の弧を描きながら飛び、後方のモニカを避ける軌道でナゴリの全身を撃ち抜いた。


「!」


「はっ、効かねえんだよんなもん……!」


 体中を貫かれながらも平気に言葉を発すナゴリ。勿論これはポーズであり、今の彼はこうして散らされる僅かな影すらも惜しい状態なのだが、それを教えてしまってはマズいことになる。


 後ろにいるモニカも意識したうえで――通じるかどうかは別として――虚勢を張る以外の選択肢はない。


「どうせ敵だってんならよォ!」


 糸伝いに影を伸ばす。体から切り離してしまうのはリスクが大きいので敵の糸を幸いとばかりに利用させてもらった――が、影が届く前に少女は糸を自ら断ち切ってしまった。そして影を避けながらモニカのすぐ横へと移動する。


「ちッ!」


 判断も行動もいやに素早い奴だ、とナゴリは臍を噛む。


 容易く捕らえられるようなら『灰の手』だろうと人類側だろうと人質に取ってモニカに対する交渉材料とするつもりだった。

 手強いようならそのまま影を使って縊り殺すつもりでいた――しかしこの動きを見るに、こいつは手強いどころでは済まなそうだ。


 かなりの猛者である。

 それがモニカと一緒に向かってくるとなればいよいよマズい……。


「んー、流石に一筋縄じゃいかないか」


「あなたは……」


 不敵に両者を睨みつけながらも少しづつ後退するナゴリ。

 その対面では彼に警戒を向けつつもモニカは横の少女も軽視できなかった――ナゴリを攻撃した。その事実だけで彼女を味方を判断するのは危険だからだ。


 メイルの話を聞くに、魔皇軍と『灰』は状況によって停戦と交戦のどちらもがあり得るのだと考えられる。

 少なくともこの政府襲撃における双方の利害には一致する部分もあればしない部分もあるようで、ならばまるでモニカへ全面的に協力しようとしているように見えるこの謎の少女とて、それが『灰』とは無関係であることの証拠にはなり得ない。


 場合によっては魔皇軍だけでなくこちらの手をも取ろうとしてくるだろう――そしてそれを信じた結果に何が起こるかは未知数。


 共闘してナゴリを倒した瞬間に背中から斬り付けてくるかもしれない。

 そう思えば並び立つ少女を注意深く観察することは必須であり。


 そしてそんな目を向けられたハナはモニカの心中をほぼほぼ察し、これは時間がかかりそうだとあっさり見切りを付けた。


「私も行かなくちゃいけないし。あとはまあ、ご自由にどうぞ」


「「!?」」


 腕を振るう。すると鞭のようにしなる糸が横薙ぎに空間を裂いた――移動の最中に壁へ仕込んでいたのか。


 ナゴリが達磨落としのように頭からつま先までを寸断される様を見ながらそう理解したモニカの視界から、いつの間にかは少女は消えていた。


 消えた瞬間も離れていく気配もまったく感じられなかった。大シスターたる自分が、ちっとも。


「……!」


「っぐ、クソクソのクソがぁ!」


 少女の実力に戦慄を覚えながらも、今はナゴリを倒すことが先決。モニカは手に持った大鋸を掲げた。


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