33.ここにおわすお方をどなたと心得ますか
「気に食わねえな」
「なんですって?」
俺の返答に、レヴィは眉をひそめた。
そうするとキツめの目付きがますますキツくなるが、俺も負けじとその目を睨み返してやる。
「あんたら結局、俺たちを舐めてんだ。そういう物言いが気に食わねえって言ってんだよ」
「……話を聞いていたかしら? 仲間が、インガにやられているのよ、こっちは。借りを返す、仇を取る。そのために私たちは動いている」
「はっ! だから素直に協力しとけってか? じゃあ聞くが、もしもだぜ。俺たちのどっちかがインガに殺されてたとしてだ。それで生き残った片方を相手にも、お前らはどうせ同じことを要求するんだろ。まるで自分たちの仲間の命のほうが遥かに重いみてえに、当然な顔をしてよぉ……、特に! そっちの奴が言うにゃあFランク冒険者なんて、紙みてえに薄っぺらな価値しかねえらしいからなぁ!」
「なんだと、この……!」
血気を募らせてやにわにジョニーが立ち上がった。
レヴィは特に俺へ反論しようとはせず、ただ相方と俺を見ているだけだ。
ほー、この感じからして、意見は一緒でも微妙にスタンスは違ってるのか。
だがどっちにしろ同じことだ。
「んだよ、文句でもあるか?」
「あるに決まっている! ゼンタと言ったな――先程からなんだ、君のその口の利き方は! アーバンパレス所属の俺たちへ一方的に『気に食わない』などと……そのような態度はいかがなものか!」
「気に食わねえもんにそう言ってやって何が悪ぃんだ。お願いする立場のくせして高圧的な態度取るほうがどうかしてるぜ」
「お願い? お願いだと? なんという勘違いだ。俺たちが君にお願いをしていると思っているのか? 否! これは命令だ! 『統一政府』直下冒険者ギルド、恒久宮殿としてのな! ただの新米冒険者が自己判断で断れるようなものじゃないんだよ」
舞台役者が演劇でもしているのかって具合に腕を広げてオーバーリアクションを取るジョニーが、そこでトードのほうを向いた。
「組合長も! 黙ってないで言ってやったらどうなんです。俺たちは飛び入りであれこれと命じているわけではなく、きちんとギルドから組合へと話を通しているんだと。証明書をお渡ししたはずです!」
「ああ。昨日、確かに受け取った。文面も確認したよ」
「だったら、お宅の冒険者に現実というものを教えてあげてください。この組合から受けたクエストの調査結果であり、そしてそれが魔皇に類するものである以上、正当性はこちらにあると!」
「――いや」
そのとき俺には、トードが組合長っていうよりも裁判長に見えた。熟慮の面持ちで瞼を下ろしていたトードはゆっくりと目を開けながら、ジョニーに対しはっきりと否定の意を示した。
「お前さんらの要求が正当になるのは俺がこいつらに直接、『アーバンパレスの言うことに従え』と命じた場合だ。冒険者資格を根拠としたうえでな」
「!? ですからそう言ってやればいい。証明書を受け取って、こういったケースのときには俺たちへ全面的に協力することを、あなたは昨日了承したでしょう!」
「いや! 俺が頷いたのはあくまで、こうして話し合いの場を設けるってことにだ。それと、それまではうっかりと情報が広まらないように言い含めるのもそうだな。だが、そんだけさ。俺がお前さんたちに約束したのは」
「な……」
思わぬ反撃を食らったような、絶句した顔をするジョニー。この展開はそれほど意外だってことか。
奴にとってトードはもう、自分たちの威光に呑まれた支持層くらいの考えだったのかもな。
「そ、そんなことでいいというのか! 組合長ともあろう者が……、」
「そりゃあ、統一政府お抱えの大ギルド様の要請とあれば、無下にはできんよ。けれど俺の仕事はそういうんじゃねえのさ。ポレロ冒険者組合の長をやってんだから、なんと言ってもここの冒険者たちの面倒を見るのが俺の役目だ。――命を懸けて持ち帰った重大情報の手柄がどこに帰属するかは、当人同士で決めさせる。それが組合長としての筋ってもんだ」
「「…………」」
「「おぉ~」」
前者がアーバンパレス組で、後者が俺とサラの反応だ。
組合長、カッコいいじゃん。プライド持ってて、それを曲げねえ男ってーのは、同じ男から見ても惚れ惚れするな。サラなんか拍手までしてるし。さすがにこの席でそれはやり過ぎじゃねえかと思わなくもないが、せっかくなんで俺も波に乗らせてもらおう。
「当てが外れたみてえだな、ジョニー」
「くっ……!」
「悔しかったらトードさんに頼らねえで俺を説得してみろよ。アドバイスとしちゃ、まずはその偉そうな口を直すことからだな」
「なんて尊大な……! なぜ俺が説得なんてする必要があるんだ!? 君は、俺たちの言う通りにすべきなんだ! これは君たちのためにもなることなんだぞ……どうしてそれが理解できない!?」
「はぁ?」
俺たちのためって、こいつらの話のどこにそんな要素があったってんだ。
意味不明な言い草に首を傾げると、腕と脚を組んだ姿勢でレヴィが言った。
「つまりジョニーが言いたいのは、あなたたちに及ぶ危険のことよ。その可能性、と言ったほうがいいわね」
「危険の、可能性? 私たちに何か危ないことが起こるんですか?」
「そう。インガは強い。そして人の命をなんとも思わない。出会ったというのなら、あなたたちもそれはよくわかっているはず。……そんな奴の情報を触れ回ろうものなら、奴や奴の仲間に目をつけられてもおかしくない。報復があるかもしれない。これはそういう話なのよ」
「その通り!」
レヴィの助けに勢いづいたジョニーは、両手の拳を腰に当ててまた随分と偉そうなポーズを取った。
顎も上がっているし、こいつはとことん上からじゃねえと会話ってもんができねえのか?
「アーバンパレスはギルド全体で魔皇案件に対応している。それは魔皇とその配下を名乗る邪な勢力との全面対決を覚悟しているからだ! そして、この戦いに必ず勝つとも誓っている。君たちはどうだ? 浅はかな功名心でこの件に関わろうとしては、いたずらに寿命を縮めるだけだぞ。何せ君たちは、つい昨日冒険者になったばかり! それも正式な冒険者ではなく、ビギナーランク! だからこそ克己心を持てずに逸ってしまう気持ちもわからなくはないが――」
「待ってください!」
べらべらと、それはもう気持ちよさそうにご高説を垂れるジョニーへストップをかけたサラは、相手に対抗するように立ち上がって……そんで横に座ってる俺に両手を向けて、対面の二人組に激しくアピールした。
って、俺かよ!?
「ここにおわすお方をどなたと心得ますか」
「どなたも何も……駆け出し冒険者の、君のパーティのゼンタ君だろう」
「そうです。でも、そうじゃないんです」
「何が言いたいんだ」
ちょっと苛立ったようにジョニーが訊ねる。いくらこいつでも、マイペースさではさすがにサラに敵わないようだな。仲間のゴーイングマイウェイっぷりが誇らしいぜ。
こほん、とあからさまな溜めを作ってサラは改めて俺を示した。
「冒険者であって、ただの冒険者にあらず。ビギナーであってそんじゃそこらのビギナーさんとは一線を画す! そう、ゼンタさんは……来訪者なのですから!」
「「「……!」」」
「…………」
サラ以外の三人が、一斉に俺を注視する。
トードは片目を広げて面白そうに、レヴィは一層目付きを鋭くさせて、ジョニーに至っては両目を真ん丸にして驚いてやがる。
こんだけ熱心に見つめられると居心地悪いっての。
「来訪者だって……? 君が?」
「それ、本当なの?」
「おう、どうなんだゼンタよ」
問い詰められるように訊ねられた俺は、別に隠してることでもないんで、大人しく両手を上げて答えた。
「そーだよ、俺は来訪者。こことは違う別の世界からやって来たのさ。なんだったら、スキルでも使ってみせようか」
なるべくふてぶてしく、そう言ってやったぜ。




