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329.君の拳が打ったのは

「何を――」


 言ってんだ、とゼンタは口にしようとした。保険がひとつではなかったのは確かだが、それもたった今潰してやったばかりだ。


 いくら用意周到だと言っても時間的制約はあるのだ――ハナがどれほど器用だろうと、姿を消したあの短い間に罠を三つも四つも仕掛けられるはずがない。


 この場面で意味不明のブラフを張った。そうとしか思えなかったゼンタは、故にまともに取り合うつもりもなかったのだが。


 しかしザワリと冷気に似た何かが首筋を撫でたことで、彼は己が誤解に気が付いた。


 ――見る。まさにゴーレムを倒し終えたところのユーキと目が合った。その背後には蹲ったままのナキリがいる。両者ともに無事だ。だが。


 ゼンタの視線を奪ったのは、二人のもっと後方にあるものだった。



◇◇◇



 脳みそがピリッと痺れた。いい意味じゃなく、悪い意味でな。


 今の今までまったく動かなかった奴が――委員長に敗北したらしいナガミンがむくりと起き上がったのを見て、俺の思考は火花を生んだ。


 しかもその起き方がまた見覚えのあるもんでな。操り人形が糸を引かれて強引に立たされたような奇怪な挙動……ハナの人形と化したゴーレムが動き出したときとそっくりなんだ。


 一目見て理解する。あれは【傀儡操作】の餌食となった姿だと。


 そしてそれによってもうひとつの事実にも気が付く。ハナが罠を張っていたのは、俺との戦闘中だけじゃあない。もっと前から。委員長とやり合ってるときか、あるいはそれよりも先に。


 用意できるだけの保険をいくつもかけていやがったんだと。


「【操糸】発動――【斬鉄】」


「……っ!」


 ザシュン! と。


 軽快な音を立てて斬られたのは、俺じゃねえ。周囲にある幾本もの柱たちだった。


 こいつ、あらかじめ周りの柱全部に糸をくっ付けてもいたのか。【操糸】とやらでいつでも破壊できるように。順次壊して遮蔽物や投擲物に利用するもよし、そうでなければこんな風に一気に壊して――建物の一部崩落を狙うもよし、と。そういうこったな……!


 一気に天井が崩れてくる。俺の視線を追ってユーキも委員長も後ろから接近するナガミンに気付いたが、それと同時にハナの大掛かり過ぎる罠まで発動しちまった。


 ろくに動けない委員長を守りながらナガミンと崩落へ同時に対処すんのはユーキ一人じゃ不可能だ、俺がどうにかしねえといけねえ。


 そしてそれこそがハナの真の狙い。俺を自分から遠ざけその隙に逃走を図る。そういうつもりでいるってことはわかってるし、インガ譲りの闘争本能が叫んでる。


 あんなのは放っておいて敵にトドメを刺せ、命を奪え、勝負に勝てと。

 それは慣れ親しんだ心の底からの願望みてーに抗いがたい欲求だった――だがな。


 いくら鬼の力を譲られようが……俺ぁ人間性まで捨ててるつもりはねーんでな!


「おぉぉおお!!」


 駆ける。向かう先はハナじゃなく委員長たちのほうだ。


 苦々しい顔をしている委員長、を庇うために刀を構えて前に出るユーキ、を委員長もろとも殺さんと槍を手にしたナガミン。そんな三人を圧し潰さんと降ってくる瓦礫。


「っちィ――!」


 ナガミンの虚ろな表情。死体が動いてるようなその目付き顔付きに俺は舌を打つ。だがごちゃごちゃ考えてる暇はねーし手段を選んでる余裕もねえ。


 とにかく! 今の俺にゃこうする以外に手はねーんだからな!


「伏せてろやてめえらぁ!」


「「!」」

「――、」


「『絶死拳』!!」


 俺の声に反応し素早く身を屈めた二人と違い、ナガミンだけはぬぼーっとした表情のまま槍を突き出そうとしてきやがった。


 ユーキの前へ出た俺は槍よりも速くその懐に入り込み、拳を振るった。膝を曲げてほぼ真下の位置から繰り出すアッパー。それが意味するところは。


「ぶっっっ……飛べぇ!!」


「――」


 真上に吹っ飛ばすため。ロケットのように打ち上がったナガミンは無表情のまま俺たちの頭上を覆っていた一際大きい瓦礫へと衝突し、それを砕きながらまだ上昇していった。当然だ、そうなるように全力で殴ったからな。


 これで敵と降ってくる塊の双方を追いやれたわけだが、ナガミンの体ひとつで片付くような小雨じゃねえもんでな――瓦礫の雨が止むまではどうにかやり過ごさねえといかん。


「ユーキ!」


「心得ています!」


 またしても活躍する【無間斬り】。空間を走る無数の斬撃によって大きな塊たちが粉砕されていく。


 飛び散った破片で委員長に当たりそうなもんは俺がひとつひとつ拳で迎え撃った。時間にすれば僅か数秒のことだ。おそらく三階の床まで抜けて起きた廊下の崩落を俺たちは無傷で乗り切った。


 だがその数秒でハナの姿はもうどこにもなくなっていた。けっ、この騒ぎだ。あいつなら姿消しを使うまでもなく悠々と逃げられたことだろうよ。忌々しいぜ。


「済まねえ二人とも。逃がしちまった」


 しばらく警戒してたが――逃走したと見せかけてまた不意を打ってくるんじゃねえかと思ったんだ――その様子もない。本当に逃げの一手を選んだらしい。そうわかったんでスキルを解いてみると……やけに体が重てえ。


 この倦怠感は【超活性】にはないものだ。確実に【ドラッゾの遺産】と【併呑】の副作用だな……それもたぶん【併呑】が疲労の原因の大半を担ってるんじゃなかろうか。そんだけインガの力はパワフルだが危険なものでもあった。


 沸き立っていた精神が落ち着いたからこそ余計に実感する。ありゃとんだ劇薬だぜ。だが、あそこまでパワーアップできるんなら使わない手はねえよな。


 うだった体から熱気を逃がしてると、ユーキのほうも申し訳なさそうにして。


「私の責任です。ナキリさんをお守りすると言いながらオレゼンタさんに庇われてしまうなんて……」


「いや、それを言うなら足手纏いになっている僕が全て悪い。間違ってもこれは君の責任ではないよ」


「それを言うなら悪いのは全部ハナだろーが。ナガミンにまで糸を繋いでた挙句、政府の建物をこんなに壊しやがって。とんだテロリストだぜあいつ」


 人類の削減を手段と目的の双方に据える『灰の者たち』の思想からすれば、まさしくハナの活動はテロリズムのそれだ。


 壊すこと。いみじくも脱出のために行ったこの破壊の如くに、あいつとあいつの所属する『灰』の陣営は何もかも破壊してしまうだろう。放っておけば間違いなくそうなっちまう。


 とはいえそれを『灰』よりも先に、『灰』の想定とは違う形で――自分の望む形で実行しようとしているのが魔皇だ。


 奴を頂点とした一握りの選民たちが作る世界。

 んなもんを作りたがる魔皇がどんな未来を夢に見てるのかは知らねーが、どっちにしろぶっ飛んでやがる。『灰』と同じくまともじゃねえ。


 選別される側にとっちゃ冗談じゃあないぜ。お前たちの基準でゴミの分別みてーに仕分けされてたまるかってんだ。


「ハナも追いかけたいではあるが、やっぱ急務は魔皇軍の相手をすることだよな」


 そういう意味じゃ人形になっちまってるとはいえナガミンもそのままにしてはおけねえか。


 スキルは万能じゃない。【傀儡操作】は恐ろしいが何も無条件で機能するなんてこたぁないはずだ――時間経過か、もしくは人形がハナから離れすぎると糸が切れるんじゃないか。ゴーレムに襲わせて自分は楽をしながらも、常に一定の距離を保っていたハナを見て俺はそう思った。


 だからいつナガミンが自我を取り戻してもおかしくないと気にかかったんだが。


「でも降りてこねーな……?」


 上を見てみるが、二フロア分をぶち抜いた大穴からナガミンが顔を覗かせる気配は微塵もしねえ。


 もしまだ意識がねえなら降りてくるっつーより落ちてくるって言ったほうが適切だろうが、それもないってことはどっかに引っ掛かってるか突き刺さっちまってるのかもな。


 いやあるいは。それは意識を失ってるってだけじゃなく、ひょっとすると最悪の場合……。


「違うよ柴くん。長嶺先生を殺したのは、この僕だ」


「……!」


「君の拳が打ったのは死体なんだよ。砂川さんは、僕が殺した長嶺先生の死体を人形にして操っていたんだ――」


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