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328.保険の保険の

「ふんっ!」


 強引に腕を広げ、体を縛り上げる糸の網を引き千切る。さっきまではやりたくてもできなかったそれが今の俺にはできちまう。


 竜鱗。あらゆるものに耐性を持つ天然の鎧によって粘着性の網の拘束力を弱める。そんでもって竜の持つパワフルさで、あとは力任せだ。【超活性】に竜力まで加わればこれくらいのことは容易い。


 ドラッゾがくれたこのドラゴニックパワー! 


 肌に鱗が浮かぶのはなんだか妙にむず痒い感じもするが、見た目の変化もあることで気分はまさに竜人だ。まあドラッゾと違って尻尾も翼もねえんでパッと見は魚っぽいかもだが。


「……。なに、それ」


 俺の変化と自慢の罠がぶっ壊されたこと。ポーカーフェイスなハナの表情にもはっきり戸惑いってもんが見られるぜ。


 この鱗の正体や、なぜ急にここまでパワーアップしたのかはこいつでも見抜けやしねえだろう。それで別に何かが有利になるってわけでもないが……ま、せいぜい悩むくらいのことはしててもらおうか。


「わかってんのかよ、ハナ」


「?」


「もう手心は一切ねえぜ。お前は強い。だから俺も本気でいく」


「あはは、今までは本気じゃなかったんだ」


「あたぼうよ」


 手加減なんかはしちゃいなかったがな。だが全力じゃない。【亡骸】や【怨念】なんかのスキルを使い切っちまってるってのもあるが、それだけじゃあなく。


 出せるもん全部、あるもん全部を出し切ってこその全力。たとえクラスメートが相手でも、ここからはそういう戦いをするって宣言をしてやったんだ。


「思いっきりに攻めるぜ!」


「!」


 ナイフを捨てる。『絶死拳』を再開だ。


 無手になって飛びこんで来た俺をハナは意外そうな目で見ていたが、虚を突かれるまではいかなかったようだ。瞬時に【柳葉】で対応してくる。


 咄嗟に発動させるのが姿消しじゃなく【柳葉】のほうってのは、前者が反射的に使えるようなスキルじゃねえってのをバラしているようなもんだ。だが【柳葉】に手こずってるといずれまたハナは姿消しを使うだろう。


 そして今度は攻撃はしてこねえで、罠を張ることに徹底するのってのが目に見えてる。姿は見えなくてもそれはわかりきってることだ。


 一度は破られたとしても網自体は有効だった。ああいう罠を糸で何個も用意し、一片に嵌めることができれば次こそ俺を完封できる……そういう風に戦い方を組み立てるのはハナからすりゃ当然。


 俺のほうは攻撃が来ねえことには姿を消してるハナを捉えられねえんだから、ローリスクでそれなり以上のリターンが得られる堅実な策ってところか。実行されちゃ実際困るぜ。


 だったら姿を消させなけりゃいい。


 そのためには【柳葉】を突破する必要がある。【遺産】の効果で更に速度の上がった俺の連撃にもまるで風に舞う葉や蝶を思わせる動きで捉えどころなく躱し続けるハナには驚異の一言だ。だがな。


 こちとらまだ奥の手があるんだよ――それも手に入れたてほやほや、一回も試してねえ新たな切り札が!


「【併呑】発動……『悪鬼羅刹』!」


「っ、」


 力が漲る。筋肉が張り詰める。単純にパワーが増した【遺産】と違って体内から別もんに作り替えられていくような感覚。


 意識が尖る。艱難辛苦の全てを受け入れ、その全てを拳で砕け。戦いこそが本能、生きる喜び、お前をお前たらしめる唯一無二の存在理由――それが鬼。


 俺は鬼の力を得た。


 『悪鬼羅刹』のインガという生き物が遺した馬鹿げた力……その一端を、この手の中に!


 この拳の中に……!!


「おぉっらあああ!!」


「!!?」


 ぶっ飛ばす。【超活性】+ドラゴニックパワー+鬼の膂力! 【柳葉】なんぞ関係ねえ、小癪な小細工ごと力で捻じ伏せる。それが今の俺に最も適した戦法だ。


「か、ぁ……っ」 


 『絶死拳』を初めて食らったハナは、かなり苦しんでいる。食らったっつてっもクリーンヒットじゃあないんだがな。【柳葉】で躱せねえと一発で見抜き、【糸繰掌】で糸を纏った両腕で厳重な防御をしてみせた。その防御の上から俺は殴り抜いてやったわけだが。


 三重の強化バフで現在の俺のステータスはえらいことになってるはずだ。ハナだって高レベルにゃなってんだろうが、強化系のスキルには精通してないと見える。


 となると今の一撃は相当にこたえたはずだ。


 単純な威力を抜きにしても、奴の【糸繰掌】が解けていること。纏っていた糸を絶死のオーラが消し飛ばしたのを俺は見逃してねえ。


 ハナも打ち合う前からこれが読めてたんだな。だから『絶死拳』も『絶死のナイフ』も決して受けようとはしなかった。回避に念頭を置くようにしてた……しかしそれが叶わず、こうなってる。


 愉快な気持ちだ。難敵が自身の拳に沈む姿、苦しむ姿。それを見て喜悦が腹の底からせぐり上がってくる――【血の喝采】発動中にも似た、しかしあれより静かで純粋な興奮。三大欲求をも上回る戦闘欲ってもんを。


 俺の内にある、インガの残滓が欲してやまねえ。


「かぁっ……くらくらするぜ。一度に色々使いすぎか? 自分が自分でなくなってくみてえだ」


「……、」


「だがそれも今は気持ちがいい」


 底無しの暗い穴へ落ちていくような浮遊感。俺の腰に紐はついてんのか? この先に行って戻ってこられるのかどうか……そいつは落ちちまってからのお楽しみだな。


「おらよぉっ!」


 床を踏みつけ、壊す。狙った通りにハナの足元を崩した。けれどやっぱ反応が早ぇ、崩れ切る前に奴は跳んでいた。それを確かめてから、俺も跳躍。


「っ!」


 こっちは悠々としてるつもりなんだがな。ハナからすると自分が跳ぶより先に俺が上を取っていたように感じてるんだろう。その面からして今度は自分が誘導されたとでもな――アホが、んなせせこましい策なんざ俺にゃ必要ねぇんだよ!


「はっはあ!」


「【操糸】――ッ」


 ハナ目掛けてアームハンマーを振り下ろす。が、感触がいまいち。柱かどっかに糸を巻き付けて自分から落ちたな。


「っぐぅ……、十連【鋼弾】」


 当たり具合で言や掠ったようなもんだろうが、それでも勢いが付きすぎてハナは地面にバウンド。だが倒れはせずすぐに糸を固めた弾を撃ってきた。


 ほー、出も早ければ弾速も速い。そして数もそれなり。いいスキルを持ってやがるな。


「よっこら――」


「!?」


「せ、っとぉ!」


「うっ……!」


 天井付近にいたのが幸いしたぜ。

 俺は片手の指を突き刺して体重を支え、迫る弾丸を蹴り返してやった。


 糸で繋がってる弾は軌道もある程度操れるようで、ハナに当たるよう蹴ったんだが全部逸れちまった。だが自分が撃った以上の勢いで床に埋まっていった弾丸には肝を冷やしたことだろうよ。


「ははっ――ん?」


 なんか妙だな。天井に刺した指っつーか、手が離れねえ。と思った途端に腕から足先までをミノムシみてーに糸で巻かれちまった。


 おいおいなんだこりゃ、また罠か?


 いや……「また」じゃなく「まだ」って言うべきか。消えてた間に設置してたのは網ひとつじゃなかったってわけだ。


「保険の保険かよ。あんな一瞬でよくここまで色々やれたもんだ……この調子だと他にもありそうだな」


 まずは全身に力を込める。網を破ったときと同じだ。腕一本でぶら下がってる状態なんでさっきよりも難度は上がってるが、なあに。こんなん大して変わりゃしねえ。軽く引き千切ってやったぜ。


 お次は引っ付いちまった右手だが、丁寧に剥がすのも面倒なんでもういっちょ力任せに腕を抜いてみる……げっ、天井ごとついてきた。


 俺が脆くさせちまったせいもあるだろうが、ハナの罠の粘着力も強力すぎんだろ。


 仕方ねえんで着地しながら拳を握り、ぶんと腕を振る。くっついてきた天井の一部をそうやって糸ごと粉砕し、俺は自由を取り戻す。


「…………、」


 そんな一連の行為をどこか呆然とハナが見ていた。

 まさに呆れているって感じの顔付きだ。


 さっきまでは僅かながらにも感じられた戦闘意欲が綺麗さっぱり失せているな……こりゃどういうこった、まさか降参か?


 ここでやめられると不完全燃焼でつまらねえんだが。とは思ったがまあ、諦めてくれたほうが面倒がなくていいのは確かだ。


 それに反対側を見てみりゃあ、ちょうどユーキが最後のゴーレムを斬り伏せたところだった。あいつもこっちに合流できる。そうなるとますますハナはやる気が起きねえわな。


「んじゃ、ギブってことでいいな?」


「うん、ギブ。ちょっと勝てそうにないや。だから――」


「あ?」


「保険の保険の、保険だよね」


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