326.物欲しそうな目をしやがって
ゴーレムの硬質なボディと刃がぶつかり合って火花を散らす。衝突に押し勝ったのはユーキのほうで、ぶんと刀を振り抜くことでゴーレムを叩き返した。
「私が守りに徹します。オレゼンタさんは彼女を」
「……!」
確かにここは二手に分かれてハナとゴーレムを別個に対処したほうがいいか。
ユーキの剣術は属性に依存したもんじゃねえんで、俺ほどじゃなくてもこいつらとの相性は悪くない。そんで範囲攻撃だとか複数対象のスキルを持ってるからには、そういうのが一切ない俺よりも遥かに委員長を守りながら戦う役目に向いてる。
「道を開きます――【無間斬り】!」
大きく刀を振り下ろしたユーキ。あたかもそれが空間を切り裂いたようにしてゴーレムの壁に穴ができた。
残る八体を一撃で吹っ飛ばすとはやるな――おかげでハナまでの道程ががら空きになったぜ。
すかさず床を蹴って距離を詰める。そんな俺を見てハナのほうも身構えた。
「『絶死拳』!」
「【障糸】」
ピン、と目の前に糸が張った。無数に交差したそれは、ハナなりの盾のつもりか。いや、この極細のこいつからはもっと攻撃的な意志を感じる。【明鏡止水】がなけりゃあ見えなかったんじゃねえかってくらいに細くて、だが頑丈そうな糸……。
こんなもんに突っ込んでいけばダメージは必至。来訪者のボディを切ることはできねえだろうが動きを止めるくらいことはできそうだ。
そしてそのまま蜘蛛の巣よろしく糸で全身を絡め取ることだってな。
「【同刻】・【金剛】!」
「!」
「うっらぁああ!」
だがこっちにゃあ硬化スキルがある! 【同刻】によるスキル共存能力で動きながらでも発動できるようになった【金剛】はかなり利便性を増した。
こうやって罠だって力業で突破できるんだから硬化様々だぜ。
「危ないなぁ」
「ちっ!」
だが多少なりとも勢いが削がれたってのは否めねえ。そのせいで割とあっさり拳を避けられちまった。
だが単発ならともかく俺の連打をどこまで凌げるかは見物だ。動きや反応自体は悪くねえが、殴り合いなら俺に分があると断言できる。
ポジショニングを見るにハナの得意は中距離。それも人形にメインを張らせて自身は離れた場所から操作や支援に専念するってのがスタンダードだろう。まさに『傀儡師』って感じの戦い方だが、それだけに懐へ入られたら純粋な近接職には一歩劣るはず。
……ネクロマンサーを純粋な近接職扱いしていいのかっていうちょっとした疑問もあるが、とにかくこの距離は俺の距離だ。ガンガン行かせてもらうぜ……!
と、血気を募らせた俺に冷や水がかかった。
「【柳葉】発動」
「っ……!?」
捉えられるという確信を持って放ったラッシュ。だが俺の『絶死拳』は一発たりとも命中しなかった。掠りすらもだ。
ゆらりゆらりと奇妙に揺れるハナの動きは決して速くねえ――なのにどうしても捕まえられない!
どんだけ殴っても、殴り方を変えても、全部が全部空を切るだけに終わっちまう……!
「クソっ、なんだってんだ変な身体の使い方しやがって!」
「そんな危ない拳を向けてきてるんだから、そういうのは言いっこなしだよ」
ごもっともかもしれねえ。一個ずつでもやべえ【黒雷】と【呪火】をどっちも拳に乗せて殴りかかってるんだ、相手からしたら堪ったもんじゃねえよな。
スキルの詳細まではわからなくてもとにかく危険なもんだってのをハナも肌で感じてるんだろう。
だが『絶死拳』がどんなに強力だろうとただの打撃だってことに変わりはなく、当たらなけりゃあなんの意味もない。そして当てるためには俺自身の努力が要求されるわけだが――。
「【技巧】発動! ……だーっ、ぬるぬる避けてんじゃねえぞ!」
「避けられるなら避けるでしょ」
「そりゃそうだな!」
ちくしょう。【技巧】でなら当てられるかと期待したんだが、結局は空振りか。
Dexとかいう器用さの数値次第で効果が伸びるらしいんで単純に俺のステータス不足か――あるいはそもそも【技巧】がまったく通じないようなスキルなのか、【柳葉】ってのは?
そこはわからんが、ともかく。こっちが努力するだけじゃダメだってこたぁよく理解したぜ。拳をぶち当てるためには俺の動きをよくするんじゃなくて、ハナのほうの動きをどうにかする必要がありそうだ。
そのためには……と考えを巡らせたのを見抜いたのか。
「【糸繰掌】発動」
「!」
ハナのほうが先に打って出てきた。両腕にアーマーのようひ巻き付いた糸。構えを取って即座に踏み込んでくるその姿を見て、すごく悪い予感がした。
これは食らっちゃいけねえ――!
「【武装】、『肉切骨』ダブル!」
ガシン! と糸を纏ったハナの双掌打を受け止める。素手じゃあなく、久方ぶりに使ったこいつ……切れ味ほぼゼロの骨のナイフでな!
さっきも『骨身の盾』を使ったが、どうもスキルLVが上がったおかげか【武装】で出した武器を貸し出すとそれは俺が使ってない判定になるようで、なんと呼び出しの制限に引っ掛からねえんだ。
なもんで、キョロのために『不浄の大鎌』も出してるところではあるがそれは『貸し出し枠』っつー別判定。貸してるもん以外の武器なら自由に呼び出せるってわけだ。
まだ貸してるだけの大鎌はともかく消えちまった戦斧のほうは明日まで使えないってのがちと困りどころだが……今はナイフでよかったな。しかも二刀流にできてすこぶる助かったってところか。
おそらくこの掌打を生身で受けると、たとえガードしてたとしても操り糸の餌食になってたんじゃねえかと思う。【金剛】頼りで受け上等、なんて考えてたらえらい目に遭ってたぜ。
非情にうっすいもんではあるが、ハナの感心したような表情が俺の直感の正しさを物語っている。
「操れると思ったのに……野生の勘? それとも、慣れてるのかな。来訪者との戦いに」
「ああ、それなりにはな……!」
「ふーん。柴くんにも色々あったんだ」
ちらりとハナが視線を動かす。釣られて俺もそっちを見れば、ユーキがまた一体ゴーレムの数を減らしたところだった。
これで残りは五体。ユーキなら危なげなく委員長を守ってくれるだろう。俺はハナだけに集中してもよさそうだ。
にしてもこいつ、手動じゃなくても人形を動かせるみてーだな……心なしかゴーレムの連携が悪くなってる気もするんで、たぶん自動にでも切り替えたって感じか。
「んー……流石に聖女の一人娘。強いね。魔皇の兵隊なんかじゃ何体いても無駄かな」
そう言ってハナは俺を見た。
こいつにしては珍しく、意図のわかりやすいじっとりとした目付き。
けっ、こんにゃろう。物欲しそうな目をしやがって――俺を操ってユーキと戦わせようって魂胆かよ。
悍ましいな、『傀儡師』。
再度の掌打を躱し、ナイフで防御しながら俺は改めて思う。
こんな能力を持つ奴が敵に回ってるってのはとんでもなく恐ろしいことだと。仮にサラやメモリが人形にされたとして、そんで戦うはめになったとして。
俺は二人をぶっ倒せるか……無理だ。考えるまでもなくんなこたぁできっこねえ。俺に限った話じゃなく、仲のいい人間をボコるなんて大抵のやつは無理だろう。そいつが何かしたってんならともかくただ操られてるだけならなおさらな。
そしてその人情に付け込むのがハナの常套手段ってか。
「趣味の悪い戦い方だって自覚はあるか!?」
「ネクロマンサーもそう変わらないと思うけど」
「一緒にすんなや、俺とお前のやってることは全然違う。それが本気でわからねえってんなら――目を覚まさせてやるよ!」
「できるかな」
掌打を捌き、大きく弾く。と同時に【同刻】で絶死のオーラをナイフに乗せ、踏み込む。
「っ、おっとと……危ない」
ちっ、また【柳葉】で揺れて躱しやがった。
だが我ながら鋭かった今の一撃は、ナイフで多少リーチが伸びたこともあってハナの目算を狂わせたな。
突きを完璧にゃ躱せず、その頬に掠った。たったそれだけでも『絶死拳』ならぬ『絶死ナイフ』はハナのHPを減らしたはずだ。
「できるできないじゃねえんだよ。俺ぁやると決めたことをやるだけだ」
「そっか。優しいけど、怖いね。柴くんは」
「あ? ……っ!?」
ふっと。
笑ったハナの姿が、一瞬で消えた。




