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325.同じ来訪者だからこそ

 それは、予感というか――悪寒というか。


 サラとボチに見送られて突入した本館内。玄関を越えた先で立ちどころに感じたそいつは俺の貧弱な語彙じゃ表しきれねえような、とにかく嫌に不吉な感覚だった。


 そうだ、こりゃいつぞやにも背筋をくすぐったあの感じ。『死の予感』によく似ていやがるぜ。

 だがあの日の予感とは違ってこいつは俺自身のことじゃねえ……そして未来のことでもねえ。


 今まさに! この建物のどこかで、誰かが死のうとしてるんだ!


「ちィッ――!」


 駆ける。ボチには負けるが今の俺が本気を出せばその走力はなかなかのもんだ。風景が流れていく。とにかく急ぐ――道順だとかどっちへ行くかなんて考えない。勘頼りだ。それでいい、【悪運】はとにかく鉄火場へと俺を連れていく。


 ガロッサのダンジョンでもそうだったんだ、勘に身を任せていりゃあ自ずと行き当たるはず。


 俺を必要としている場面へとな!


「ビンゴォ!」


 見えた。信じ難い、というより信じたくない光景が。


 しかし同時にやっぱりなという納得もあった――双子を介して知ったカルラの警戒心。それによってある意味じゃ予想した通り。危惧していた通りの構図でもあったからだ。


 砂川ハナが、委員長を!


 クラスメートがクラスメートを手にかけようとしている最悪の場面だ……!


「あちゃ。来ちゃったか、柴くん」


「委員長から離れろや――【死活】・【同刻】発動!」


「!」


「【呪火】・【黒雷】……『絶死拳』!!」


「わっ」


 気の抜けた声だったがハナの動きは素早かった。一足で間合いを詰めた俺に的確に反応し、拳を避けながら下がる。いい切れ具合だ。戦い慣れてるってのが一発でわかるぜ。


「無事か、委員長!」


「な、なんとかね……もう少しで彼女の人形に、なるところだった。助かったよ、柴くん……」


 委員長、ボロボロじゃねえか。あっちにゃナガミンも倒れてるし、何があったかは大体わかるな……わからねえのはハナの思惑だけだぜ。


「何してんだてめー、ハナ。うぞうぞとゴーレムを従えてよ……その人形が気に入ったんで魔皇軍に肩入れでもするってか?」


「いや違う、彼女は――」


「そうだね、違う。私は『灰の手』。管理者である『灰の者たち』に従って動く、人間側の協力者だから。まあ、政府長みたいな現地の人たちと違って私は来訪者だから、少し立場は複雑だけど」


「なんっ……!」


 こいつ、あっけらかんとなんてことを明かしやがる。


 自分が『灰』の側の人間だってこんな簡単にバラすのか――それと、ついでみてーになんて言った? 政府長が……あのローネン・イリオスティアもハナと同じく『灰の手』だと?


 んな馬鹿な話があるか!


「ん、気付いてたんじゃないの? 統一政府セントラルにいる第三勢力に」


「事の流れ的にはいなきゃおかしいみてーだったからな。だがそれがまさか、トップそのものが裏切り者だなんて思うわきゃねえだろうが! つかマジで言ってんのかてめー、こんな状況で吹かしこいてんなら……」


「こんな状況になってるんだからどうせすぐ本当だってわかるよ……生き残れたら、だけど」


「!」


 ハナが指揮者のように手を振る。そいつは中庭でも見た――あれに従ってハナの人形は動く!


 あんときは一体だけだったが今は……くそが、十体もいやがるだと!


「やろうってのか、俺と!」


「うん。どうせ柴くんも逃がしてはくれなさそうだし」


 乗り気なのか億劫がってるのかもよくわからん口調で言ったハナだが、とにかく交戦の意思は確からしい。


「上等だコラ。俺ぁ委員長ほど優しくねえぞ!」


「委員長のほうが優しくないと思う……だからってわけじゃあ、ないけど」


「何……!?」


 俺目掛けて突っ込んできた――と思ったゴーレムたちが一斉にばらけて、素通りしていった。


 しまった、狙いは委員長のほうかよ!


「んなろっ……【技巧】発動!」


 バク転。その最中にゴーレムの足を引っ掴んで寄せて、他の数体へぶつける。俺のほうは動きを止めずにそのまま跳び上がり、委員長を取り囲む残りのゴーレムたちへ頭の上から攻撃。それぞれ一発ずつしか入れられなかったが、なんとか全員を退けられたぜ。


「すごい。柴くんの職業クラスって実は曲芸師だったの?」


「やかましい!」


 ちょっとどかしたくらいじゃ時間稼ぎにもならねえ。ゴーレムたちはやられたことなんてなんも気にしねえで再び飛びかかってくる。


 ちっ、一対一なら手間をかけずにやれるってのに、こいつら数が多い上に徹底して委員長のほうを狙いやがる……守るためには一体ずつにゃ集中しきれねえ、そのせいでどいつも倒せないままだ。


「! 【金剛】発動ぉ!」


 取っ組み合いからすっと離れた三体のゴーレムの目が、怪しく光った。それを見た瞬間に俺は両腕でガードしながら硬化スキルを使用した――ところへ案の定、例の目ん玉レーザービームが飛んできた。


 ぐっ、しっかり構えてても三体ぶんともなると堪えるのに一苦労だな……!


「っガ!?」


 少し押されたとこに近くのゴーレムから拳が送られた。や、野郎! チャンスと見るや俺にも仕掛けてくるかよ! ゴーレムの的確すぎる戦術にイラっとくるが、これはこいつらが考えてやってんじゃねえんだよな。


 ゴーレムは所詮人形でしかない……この嫌らしいまでの連携はすべてハナが操ってやらせていることだ。


 つまりこの面倒な陣形もハナ本体を叩きゃ解決するんだが、残念なことにそれをするには圧倒的に手が足りねえ! 


 俺一人じゃ委員長を庇うので精一杯だ――どうする!? どうすりゃいい!?


「くっ……柴くん。僕のために君まで犠牲になるくらいなら――」


「ああ!? 馬鹿なこと言ってねえで休むのに専念しろや委員長! そんで復活してくれ、頼むから! じゃねえとマジでお前死ぬぞ!」


「復活されたら困るね。やっぱり確実にやれるところからやっておこうかな」


 しまった、余計なことを言ったか。俺のほうも削ろうって欲があるからどうにかなってたところもあるってのに、これ以上委員長だけに攻撃を集められたら本気でやべえ、守り切れねえ――。


「【領域】発動」


「「「!?」」」


 ガチ焦りをしたところに届いた、救いの声。


 その主は長尺の日本刀を手にした、武士のように凛々しい少女。


「【足切り】!」


「「「「「――――ッ、」」」」」


「おおぉぉぉぉっ!! 『絶死拳』!!」


 目の前のゴーレムたちの動きがまとめて止まった。そこへ俺ぁ思い切り死属性の拳打をぶち込んでやった――手応えあり。数体をぶっ飛ばし、その内の二体は完全に叩き壊してやったぜ。


 へっ、元々俺とゴーレムとの相性は悪くねえんだ。ちゃんと決まりゃあざっとこんなもんよ。


 だがこいつが来てくれなけりゃ永遠に決められやしなかったからな。


「よく駆けつけてくれたなユーキ! いいタイミングだったぜ、サンキュー」


「礼なら不要です、オレゼンタさん。これは私の使命なのですから――このユーキ・イチノセがご助力いたします!」


 ちゃきりと刀を構えて俺の横に並び立つユーキ。


 こいつはありがてえ、喉から手が出るほど欲しかった人手が増えた。それも覚醒状態のユーキっていう最高に頼りになるやつだ。


「ユーキちゃん、なんだ? まるで別人だね」


「ハナさん……母上やオレゼンタさんと同郷の貴女が、何故こんなことを」


「うん……? よくわからないけど、同郷だと普通は争わないの?」


「……それは」


「そんなことないよね。むしろ同じ来訪者だからこそ、なんじゃないかな。柴くんが『灰』に敵対するのはらしいなって思うし、でもだからってそれについていこうとは思わないんだよね。少なくとも、私は」


「ああそうかい。だったらふん縛ってやっからよ、そのあとで洗いざらい吐いてもらおうか。てめーが何を思ってそっち側についてんのか。『灰の手』じゃなく『灰の者たち』がどんな連中で、どこにいやがるのかってのも含めてなぁ!」


「うーん……知らないって言ったら?」


「そいつは俺が判断するぜ!」


「なるほど」


 言いながらハナが手を振るうのと、ユーキが刀を振るうのは同時だった。


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