321.ギルドロボ・フューネラル
ところで、と話題を切り替えるようにカルラが言った。
「潜伏のためにわたくしたちはギルドに戻ることができなかった。その理由はあなたにもおわかりでしょう?」
「それはもちろん、『灰の者たち』に外部から見張られていたら潜伏が露呈してしまうからですよね?」
「! ……、」
サラの答えにカルラは何かを察し、少し考え込んだ。
「ええ、それもまた概ねその通り……結果うちの団員を押し付ける形になってしまったことは素直に謝罪をしておきましょう。……ヨウカとシズク、それから――ハナは息災かしら? いえ、それは聞くまでもないわね。気になるのは彼女たちがそちらへ何か、迷惑をかけてはいないかということ。ほら、三人とも少し変わっている子たちですもの」
目の前の少女が言えたことだろうかと内心で思いつつ、サラは特に迷わずに「いいえ」と首を振った。
「確かにちょっと独特かもですけど、いい子たちですよ。ゼンタさんとは仲良しみたいでしたし、うちのギルドにもすぐ馴染んじゃいました。あ、ハナさんは中庭のほうで戦っているところなんですけど――」
気掛かりであるならそこへ向かえばいい。そう教えてあげたつもりのサラだったが、カルラの答えは彼女の想像と違った。
「そう。ハナがここに、来ているのね。それがわかれば重畳。ヨウカとシズクの無事も知れたことですし、情報交換に勤しむのもここまでとしておきましょうか」
そう言って頷いたカルラは、背後の四人へ指示を出した。内容は応援に駆け付けた他の冒険者軍団に加勢してゴーレムを一掃せよというもの。
筆頭団員である元クラスの副委員長マチコが勇ましく了解の返事をする様を見ながら、サラは「え?」と意外に思ったことをそのまま口に出した。
「皆さん一緒にハナさんのところへ行かないんですか?」
「その必要があるかしら。あったとしてもハナの下へ向かう気はありませんわ――優先順位を間違えてはならない。今どうにかすべきは、やはりアレでしょうしね」
「……!」
アレ。カルラが手の平を上に向けて指差したのは、言うまでもなく。
こうしている間にもこちらへ近づいてきている、天を衝かんばかりのあの巨人ゴーレムである。
「まさか、一人だけで戦うつもりですか!? あんなものと……!?」
「現状わたくしがどうにかしないことにはどうにもならないでしょうから。魔皇がどのような兵器・兵隊を用意していたとしても『巨船団』を戦場に呼べば押し込める――という見込みが外れてしまったからには、そんな甘い見通しを立てたわたくしが責任を取るほかありませんわ」
「でも……」
言い淀むサラの懸念は明らかだった。
ゼンタを最も近しい位置で見てきている彼女だ、来訪者がどれだけハチャメチャであるかはよく理解している。
だがそれを踏まえても、巨峰が人の形になったようなあの規格外の兵器に単身立ち向かえるなどとはとても思えなかった。
「ダンジョンで出てきたゴーレムのように一捻り……とは行かないことは確かですわね。そもそもわたくしのスキルは対多数でこそ活きるものが多いという事情もある。けれども、だからといって何もできないわけではございませんの」
勝てる、とは言わない。
しかしアレの足を止めておくくらいのことならできるかもしれない。
カルラ一人でそれが叶うなら戦果は上々。混合軍がゴーレム部隊を、ガレオンズが魔皇艦隊を撃破するまでの時間稼ぎさえ成立すれば、こちらの全戦力を巨人へと集中させることができる。
「敵の船さえなくなればガレオンズの船が強大な戦力となることは間違いないでしょう? それにゴーレムの数が多すぎて埋もれてしまっているけれど、こちらの人員だって相当な数ですわ。巨人を相手に十全とは言えなくとも十分な戦力にはなります。無論これは、撃破までの段階で少なからず負うであろう味方側の被害を考慮に入れていない、輪をかけて甘い見通しに他なりませんが」
「だけどそれ以外に手はない。まずはそれぞれが目の前の敵を片付けて、どれだけ疲弊していようとその後は一丸となって巨人を打ち倒す……カルラさんの言う通り、戦局がそこに至るまでの足止めは必須だと思います」
それもできれば、絶対に失敗しない足止めが。
失敗が意味するところは味方の壊滅、引いては政府本部の壊滅、更には中央都市全体の壊滅でもあるのだから。
「そうなると、この難局を抜けられるかはカルラさんにかかっていますね」
「ふふ、プレッシャーをかけてくれますこと。このわたくしを相手に」
「あっ、すみません。そんなつもりじゃなかったんですが」
「構いませんわ。向こうの世界では久しく味わっていなかった、自身の価値を問われるこの緊張感――嫌いではありませんのよ」
優雅に微笑み、優雅に一歩を踏み出す。
自分より一回りどころか百回りは巨大な敵にたった一人で挑もうとしているとは思えない、まるで午後のティーブレイクのためにカフェにでも赴こうかというような気負いない足取りでカルラは歩を進め。
「それではごきげんよう。ここは互いの武運を祈り合っておきましょうか――」
『わはははは! ただいま惨状! 我こそは葬儀屋ギルドロボ、フューネラルだ!!!』
「――は?」
◇◇◇
『惨状じゃないよ、参上だよユマちゃん!』
『あ、打ち間違えちゃった。でも読み一緒だしバレないっしょ!』
『いや姉さん方、もう言っちゃってるんバレてます。スピーカー入ってますし』
『ある意味惨状と言えば惨状ではありますけど……』
突如として中庭に出現した巨大ロボ。足元にある通路や建物を壊さないよう窮屈そうに立つその異様な物体に、混合軍の一同は騒然となっていた。
とはいえゴーレムたちはロボにも反応を示さず機械的に襲い掛かってくるので下手に注目もしていられないのだが、目を背けたところで耳に届くこの謎の声が――それも複数人で呑気なことを話している――否が応でも意識を持っていこうとする。
窮地を救うべくやってきたロボの登場により混合軍は集中を乱され危うく戦線が崩れかけるほどのピンチとなりかけたが、搭乗者たちはそんなこと知る由もなく。
『ていうかぁ、ロボの発声機能って~』
『そもそもぉ、本当に必要だった~?』
『がっはっは! 初陣だっていうのに締まらんのう! じゃが見てみろ、ギルドロボの初戦の相手として不足ないのが丁度おるわ!』
『こらびっくりネ、うちよりもおっきいじゃないカ。高さだけで二倍近くあるが、これ勝てるカ?』
『だ、大丈夫です。完成すれば敵なしだなってゼンタくんにも褒められたんですから、ギルドロボに敵はいません!』
『問題はまだ完成しきってないことだよヤッチー』
『あの、すいません』
『ん? なーにユーキちゃん』
『音声ずっと漏れてるみたいだから……いいかげんスピーカー切っちゃいませんか?』
『『『…………』』』
プツッ! という音を最後にロボットの中からの声はしなくなった。いったい何を聞かせられていたんだと戦いながらも全員の心のツッコミが一致したところで、また響き渡るロボット自体の声。
『わっはっはっは! 世に蔓延る悪は全てこのフューネラルが成敗してみせる! 巨大怪人よ、覚悟しろ!』
頼むから静かにしてくれ、フューネラル。きっと皆がそう思った。
『いくぞ必殺!』
巨体を思わせない所作で建物と頭の高さを飛ぶ船を躱し、どすんどすんと走っていくロボット。揺らさないでくれ、フューネラル。きっと皆がそうも思ったが、願いは天に通じず。
『ファンクビート・ビッグノック!!』
自らを上回る巨体を持つ巨人――ハイエンドゴーレムに打ち込まれたロボの拳は、その余波だけで政府本部の敷地に大地震を見舞った。
フューネラルの一撃に巨人がぐらりと揺らぐ。サイズは負けているが、攻撃は確かに効いている。
これはハインド号の砲撃や来訪者のスキルでもそう易々とは成し遂げられない快挙と言って差し支えないだろう。
その光景を見た一同の思いはやはり一致していた。
――どこか他所で戦ってくれ、フューネラル!




