32.アーバンパレスとは知っての通り
翌日、昼過ぎ。
宿を出る直前まで眠りこけていた俺たちはおかげで朝飯も昼飯も食いそびれちまったが、そのぶん体はたっぷりと休まった。十時間くらいは寝たからな。
指定された通りに冒険者組合へ足を運んだ俺らは、途端に受付の姉ちゃんに捕まった。
「お待ちしてました。さあ、こちらへどうぞ」
と言って案内されたんで、素直にその後ろをついてった。受付のカウンターの横から入って、廊下を歩き、部屋の前にまでつくと、そこで姉ちゃんは立ち止まった。
「ここに?」
「はい。トードさんもお客様も既に中に」
ノックをしてから扉を開けてくれた姉ちゃんだったが、自分が入るつもりはないようだった。
入室を促されて部屋へ足を踏み入れた俺たちの背後で、パタンと素っ気なく扉が占められた。
そこには組合長トードと、他にもうふたつばかしの初めて見る顔があった。
「よく来た。こっちに座ってくれ」
俺とサラは言われるがままに二人組と向かい合う形でトードの横に腰かける。
移動しながらそいつらを見てみたが、一人は金属の防具を体中につけたいかにも戦士って感じのイケメン。もう一人は、動きやすさを意識した感じのところどころ地肌の見えた格好をしている気の強そうな美人だった。
けっ、美男美女のコンビかよ。
イケメンはにこやかに、美女はキッと眉を吊り上げて、どちらも値踏みするように俺とサラを眺めている。
観察してんのは向こうも同じってこったな。
「で、話ってのは? わざわざ日を改めて呼び出したってことは、さぞ大層なことなんだろうな」
トードが何か言うよりも先に、俺から斬り込んでみた。
どうも見下されているような気配がこいつらの目付きから感じられたもんで、俺の態度はどうしても悪くなっちまう。
すると、ちっとばかし意外なことに、俺の言葉にムッとした顔をしたのは男のほうだった。女はキツイ目のままで特に反応を見せない。
「まずは名乗りたまえ。礼節とはまずそこからだ。違うかな?」
気取ったようにイケメンが言う。
見たところ俺やサラと歳も近そうな若さだってのに、なんだこのえらそーな喋りは。
「ゼンタだ」
「サラです」
「ああ、組合長から聞いているよ。俺はジョニー。ジョニー・アングッドだ。こちらは……」
「レヴィ・マーシャルよ」
「俺たちは、君らが昨日冒険者になったばかりだということも聞いている。故に、こちらも素性を明かそう。――アーバンパレス。それが俺たちの所属するギルドの名だ」
一拍の間とドヤ顔でもって、ジョニーはギルド名をこれでもかと強調した。それは明らかな自慢だ。間違いなく、アーバンパレスの名を出せば相手が委縮するだろうと思い込んでいるのがよくわかる。
が、俺としては噂の超有名ギルドとやらの威光よりも、一昨日に隣部屋から聞こえてきた会話が思い起こされた。俺の右じゃサラも「あ」っていう顔をしている。例の男女がこいつらだってサラも気付いたようだ。
隣同士でも直接顔を合わせることはなかったが、ふうん。こういう奴らだったのか。
「アーバンパレスとは知っての通り、世界一強大なギルドだ。必然、任務は重大なものばかりとなり、一人一人の構成員の責任も重くなる。俺たちもまた、そういう重要な役目を果たしているところなんだよ」
黙った俺たちが狙い通りに委縮しているのだと疑っていないジョニーは、したり顔で語る。顔は整ってるが、いちいち鼻につく野郎だな。
「そんなお偉い方と話すようなことはなんもねーんだがな」
「君になくてもこちらにはある。わかるだろう? 君たちがウラナール山で見たもののことだよ」
「…………」
まあ、トードから聞かされたのもあって、用件はわかっちゃいたが。これ以上はすっとぼけるのも限界かね。
「ここからはシークレット。この場だけの会話にしてくれよ。……実は数年前から、滅びたはずの魔族に関する情報がちらほらと集まり出しているんだ。それもそこにはほぼ必ず『魔皇』の名も出てくる。その恐ろしい存在を自身の従うべき皇として口にするのが『逢魔四天』と名乗る者たちだ。名称からして四人はいると踏んでいるが、実際に姿を確認されているのは現状二人。そのうちの一人が、君らの出会ったインガさ」
インガ。
その三文字は俺にとって苦い思い出になっちまったらしく、聞いた途端に顔を顰めちまった。
そんな俺のリアクションに、さもわかったような表情をしながらジョニーは続けた。
「怖いかい? 無理もない。話に聞くインガは、とても強い。駆け出し冒険者が敵うような相手じゃあない。君らもそれはそれは恐ろしい目に遭ったことだろう。……だから、忘れてしまうといい」
「は?」
意味がわからねえ。なんだ、忘れてしまえって。
サラもよく理解できなかったようで、困惑をありありと出した声で「どういうことでしょうか」と丁寧に訊ねた。するとジョニーは、
「魔皇関連のことは、みだりに吹聴されるべきではない。万が一にも魔族の生き残りが、過去のように世を乱さんとしているのなら大問題だ。俺たちはそれを防ぐべく、ギルドを挙げて調査に当たっているところなんだ」
「つまりなんだ。ウラナール山にインガっつーオニがいて、ドラゴンの体を使って部下を作ろうとしていたっていう、この全部を秘密にしちまうってことかよ?」
「秘密にするのではない。然るべき者がその情報を扱うべきだと言っているんだよ。それはそう、俺たちのことさ」
「要するにだ」
とトードが急に口を開いた。
「お前たちの発見を、そっくりそのまま寄越せと要求されてるってことだ」
端的で、それでいて不満の感情が表れた言葉。
トードもどうやら、アーバンパレス側にいるってわけじゃないようだ。
「おいおい、手柄を分捕りしようってか」
「言葉が汚いな。俺たちは世情を考慮しているんだ。何より、Fランク冒険者の信用なんて紙のように薄っぺらなものだよ。君たちが魔皇や逢魔四天の話をしたところで、いったいどれほどの人間が真に受けるだろうか? 組合から発表されたとしても、情報元が君たちだと知られれば同じことだ」
「わ、私たちがFランクだからダメだってことですか!?」
「ダメとは言わない。が、相応しくもないのさ。君たちの立場や実力は発見した事実に見合っていない。わかるね?」
「むむぅ!」
頬を膨らませて気分を害しているってるのをなんともわかりやすく示すサラだったが、ジョニーは「はっはっは」とそんなに長くもねえ髪をさらりとかき上げて気にも留めていない。何を爽やかに笑ってんだてめえは。
「ちなみに」
と、そこで補足するようにレヴィと名乗った女が言った。
「トード組合長からあなたたちの話を聞いて、私たちはすぐにウラナール山の谷底へと向かったわ。ドラゴンの死体で蓋をされていたという横穴も見つけた。当然、奥にまで進んだわよ。けれど……もうインガの姿はどこにもなかった。報告にあった繭もなければ、ドラゴンもいない」
「……! まさか、そもそも俺たちの報告が大嘘だなんて思っちゃいねえだろうな?」
「いえ、それはない。魔皇ってワードだけなら、面白半分にビギナーが騙ってるだけだとも考えられたでしょうけど、逢魔四天にインガの名は実際に知らなければ出てこないはず。……それに、あそこの谷底にはハングリースコルピオの死骸が山積みになっていたものだし、ね。全滅よ。痕跡からしてアレは間違いなく、全個体が素手で蹂躙されていたわ」
「ひえ……」
サラが恐怖に声を漏らした。無理もない、俺だってゾッとしている。あんだけの数の、それも成体の蠍どもを、インガはたった一人で駆逐したってことだ。
どんだけ強いんだ……っつーか、どんだけ生き物を殺すことに頓着しないんだ、あいつは。
「強いわよ。魔皇の部下を自称するだけあってとても恐ろしく、とても強く、そして何よりモラルがない。……奴の手にかかった犠牲者が、うちからも出てるわ」
「え! そうなんですか……」
気の毒そうにするサラへ、しかしレヴィは悲しみなんて見せずに。
「アーバンパレスが何故この件に介入しようとするか、わかってくれたかしら。わかったなら、大人しく手を引いてほしいんだけど」
ジョニーとはまた別の切り口で、しかし同じことを要求してきた。