319.どうしようもない
「ん……その鎧の効果?」
繋げる段階で糸が何本か切れてしまった。が、全てじゃないなら問題はない。
数本は通った――不完全ながら【傀儡操作】は発動している。そしてゴーレムたちにも抑えつけさせているのだ、これならナキリに身動きは取れない。
彼が持つ『サンドリヨンの聖剣』がその効果を発揮すればスキルの糸など文字通りに断ち切られてしまうだろうが……そうさせないためのゴーレムだ。
言うまでもなく剣の握られている右手は、どこよりも厳重に縛り付けている。
「でもまだやれることはあるよね。来訪者なんだから」
「くっ……」
体中のいたるところをゴーレムの手に掴まれ、視界すら狭まっている状態でナキリは歯を食いしばった。戦いの様子をじっくりと見られていた……そのことが齎す不利益はやはり大きい。
ここからでも打開を可能とするスキルをナキリが所持しているだろうとハナは見越している。そして実際に優秀な防御スキルである【聖痕】のクールタイムが終わりたてのタイミングでもあった。
いくら来訪者同士だとてハナもまさかそこまで見抜いてはいないだろうが、しかし見抜かれていようがいなかろうがナキリにそれを使わない選択肢はない。
故に、ハナにしてもやることは至極単純。
「【操糸】発動――五連【鋼弾】」
まさに【聖痕】を発動させようとした瞬間、それを咎めるようにハナの攻撃が行われた。【傀儡操作】の不可視の糸とは違いはっきりと目に見える太い糸。【鋼弾】の名の通りに鋼のような硬さを持ち、弾丸のような速さで飛来したその糸は的確にゴーレムを避けてナキリの体へと着弾した。
「がッ……!」
一発だけでも途轍もない衝撃だった。
そんなものを五発ほぼ同時に、それも一切の防御姿勢を取れないままに食らってしまったのだ。
ナキリの悶絶は当然であり、肉体も大きく弾かれる――はずのところ、彼を捕縛するゴーレムたちが強引にその場に留めた。
「う、く……、」
まともに受けただけでなく僅かにすらもダメージを逃がすことができなかった。【聖鎧】に入った罅はより深く、大きく広がっていく。
音を立てて壊れ行くそれはナキリ自身の悲鳴でもあった。
その時。
――ッズゥゥウウウウウウウンン!!!
「っ……!?」
気が遠のいたことでの立ち眩み。一瞬そう思いかけたナキリだがすぐに違うと気付く。この尋常じゃない揺れ方は、自分の身体からではなく地面から伝わってくるものだ。
シュルストーとの戦闘中にも何度か地響きが起きていたが、今のはあれらとレベルが違う。
激しすぎる縦揺れはまるでこの本館だけじゃなく、政府本部の敷地全体が揺らいだのではないかというような規模だった。
「……外も騒がしくなってきたね。何か動きがあったかな」
なら私も急がないと。
などとちっとも急ごうとする雰囲気を感じさせない口調で呟きつつハナはその手を、指を閃かせた。
「【斬鉄】発動」
「ッぐ、」
素早く振るわれた無数の糸がかつら剥きでもするようにナキリから鎧を剥がしてしまう。それは鎧だけでなくナキリ自身にも少なからずダメージを与えた。下に着込んでいる市衛騎団の隊服は傷ひとつないものの、そこに大した意味はない。
そう。先のナキリがシュルストーを相手に同じことをしたように鎧さえ脱がせたならばそれはもう、ハナからすればもはや丸裸も同然なのだから。
「【極糸】発動。強化【傀儡操作】」
どうしようもない。
手堅く効率的に追い詰めたハナと、追い詰められたナキリ。今度こそその恐るべき糸から逃れる術を彼は持たなかった。
◇◇◇
本館玄関口前。クララの言葉に甘えて彼女の張った『プロテクション』内で体力回復に務めていたサラは……もはや混乱のしっぱなしであった。
二転三転する戦況に、頭の中の小舟が何度となく転覆しているのだ。
思い返せば、なんとかゴーレム軍団を退けたかというところにその追加が見えて。
絶望的ながらももうひと踏ん張りしてみせようと覚悟したら今度はクララを始め味方の援軍に守られ。
一方的にやられてしまうことこそなかったが大挙として押し寄せてくるゴーレムの数に苦戦を強いられ、そのうえ全ての兵隊を吐き出し終えた空船がとうとう動き出して。
しかも夢か幻かその奥から更なる絶望が垣間見えた――巨人ゴーレム。
そんな形容しか見つからない圧倒的に巨大な兵器がゆっくりと、しかし着実にこちらに向かってくる。
どうしようもない。
サラは勿論、疲労困憊の騎士たちにも、そしてさしものクララや他のシスターたちが一致団結したところでこれほどの戦力に太刀打ちできるはずもない。
明確に見えてしまった敗北のヴィジョン。
気合や根性でどうにかできるレベルをとうに超えてしまっている……これはもう、徹底抗戦から撤退戦に切り替えるべきかもしれない。
皆の命を救う、ではなく。
せめて一人でも多く生き延びさせる。
そういう段階に来ているかもしれない。そしてそれを先導すべきは騎士や冒険者ではなく、やはり命の守護者たるシスターであろう。
「えっ――?」
ただ抗うよりも無事に逃げようとするほうが手間はかかる。そして犠牲のない敗戦などない……。
別の意味での覚悟を決めたサラ。
の顔を、不意に影が覆った。
暗くなったのは陽光が何かに遮られたからだ。さっきまで晴れ渡っていたはずなのに急に分厚い雲でも出来たのかと反射的にサラは上を向いて。そして目を剥いた。
空にあったのは雲ではなく、船。
それも近づいてくる敵船ではなく、その反対から現れたまったく別の船たちである。
その造形にサラは見覚えがあった。忘れられるはずもない、危うく自分たちのリーダーを連れ去りかけたあの海賊船の名は……。
「ブラック・ハインド号――『巨船団』!?」
『あーっはっはっは! ようやっと来たね、このときが! 人目を気にするなんつーコソ泥めいた真似をアタシにさせやがったツケを! 十割増しで払ってもらおうかぁ魔皇軍!』
五隻の船を従える、それらより一回り大きな巨船こそがブラック・ハインド号。拡声器でも使っているのかそこから響き渡る猛々しい声は間違いなく『巨船団』の女総督ガレル・オーバスティスその人のものだ。
ガロッサの完全攻略という合同クエストに挑んだのを最後に長らく行方不明になっていた彼女が、何故ここにいるのか。
それも世にも珍しき空の上のギルドハウスまで引き連れているのはどういうことなのか。
「このタイミングが偶然だとはとても思えない……これはまさか」
上空からの艦砲射撃による蹂躙を目論んでいたであろう敵船隊は自分たちと同じように砲塔を持つ――即ち対等な砲撃戦に臨める存在の出現に警戒し、進軍を中止した。空中での睨み合いである。
これで巨人ゴーレムの到着を待たずして壊滅的な被害を受けることは免れた。
そのことには心から安堵するが、今すぐに誰かから現状の説明をしてほしい気持ちでサラはいっぱいだった。
そんな願いが天に届いたのか。
「要するに全ては備えのためだった。と、いうことですわサラ・サテライト」
「あ、あなたはカルラ・サンドクインさん! ゼンタさんのお友達の!」
「彼と友人関係になった覚えはありませんわ……」
憮然とした表情を見せるカルラに取り合わず、サラは彼女と共にいる少女たちを確かめた。
間違いない、合同クエストにカルラが連れてきていたメンバーが揃っている。ガレオンズの船の一隻は隊長であるテミーネが動かしているのだろう。ならばこれで、あの日に姿を消したB班の全員が集合していることになる。
「ゼンタさんが仰っていた通り、本当に皆さんご無事でしたか」
「あら、柴ゼンタがそんなことを? どんな根拠を持っての発言かお聞きしてもよろしいかしら」
「ただの勘ですね」
「そう……それはまた、彼らしいですこと」
ふんと小さく鼻を鳴らしたカルラは冷めているようでもあり、喜んでいるようでもあった。
ゼンタは人としてカルラのことをあまり好いてこそいなくても、尊敬のような感情を抱いていることが言葉の端々から見受けられた。
そしてサラは今、それに近しいものをカルラからも感じた。勘違いでなければこの二人はなんとも不思議な関係性である――だからこそゼンタは特段の根拠もなくカルラの生存を信じられたのだろう。
しかしカルラのことをよく知らないサラは、なので知りたければ素直に訊ねるしかない。
「ガロッサから消えて、行方知れずとなったのはやはりご自身の意思だったんですね。それが『備え』だと?」
「ええ、その通り。『灰』と魔皇軍。どちらの目も掻い潜るにはこうする他なかったものですから――」




