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318.片付けておくか

 やはり三毒院カルラの用心は正しかったのだ。


 異世界において本来なら誰よりも信を置けるはずのクラスメートに対して警戒を絶やさなかった彼女の判断は、間違っていなかった。


 砂川ハナは。

 奇抜な者が多いナキリたちのクラス内でも一等目立たず、変わったところもない。この大人しい少女は。


「管理者である『灰の者たち』――その傘下である『灰の手』に! 君も引き込まれているんだな!?」


「まあ、うん」


 あっけらかん。と、いうよりもナキリの剣幕に少し押されるようにハナは肯定を返した。それから無表情のままに少し何かを考えた彼女は、やがて頷いて。


「……ああ。委員長をどうこうするつもりはないよ。狙いはあくまで先生。魔皇軍じゃないなら、手は出さない。今のところは」


「今のところは、か」


「うん。どうせ『灰』次第だから」


「だったら遅かれ早かれじゃないかい?」


「うん?」


 小首を傾げた彼女を、ナキリは罅割れた鎧越しに睨む。


 この世界の神たる上位者のシナリオを守る管理者たち。殆ど確定しているようなものではあっても一応はまだ疑惑の域を出ていなかったそれが、ここで揺るぎなき真実となった。


 『灰の者たち』は既に此度の来訪者――つまりはナキリのクラスメートにもその手を伸ばしている。否、言うなれば牙を深く食い込ませている段階か。


 そんな牙の一本がこの砂川ハナ。


 彼女を通してカルラのチームを誘導していたことからしても、おそらく他の者たちにも手を変え品を変え、まさに『灰』の粉を被せるようにしてシナリオの駒としようとしている。


 いち早く『灰』の陰謀を知る鼠少女と接触を持てたナキリやゼンタや、ハナの背後にいる者を察して拒絶したカルラ。しかしこれが例外的な例でしかないことにナキリは気が付いている。


 残るクラスメートたちは、どうなのか。


 彼らにはなんのバイアスもない。良くも悪くもフラットなのだ――突如として異世界に迷い込み、非常に心細い状態で出会う、自身を導いてくれる何某。その人物あるいは組織に傾倒してしまうのはなんらおかしなことではないだろう。


 シュルストーこと長嶺タダシがエニシに心酔し、魔皇軍に属したのと同じように。


 砂川ハナは『灰の者たち』に身も心も捕まってしまったのだろう……。


「遅かれ早かれって、どういうこと?」


「君たちの情報網がどれほどのものかは知らないが、こうしてなんの躊躇いもなく打ち明けるくらいだ。僕や柴くんが『灰の者たち』の存在を掴んでいることはとっくにご存知だったんだろう」


「そうだね」


「だったら魔皇と形は違えど、僕らもまた『灰』が遂行する神のシナリオに敵対的な立場であることも承知のはずだ。魔皇を止めようとしているのは、彼のやり方に多大な犠牲が伴うからだ。もしもその点さえ解決できるなら僕はむしろ魔皇に協力したっていいとさえ思っている。魔皇軍のこれまでの蛮行に目を瞑ってでも、現在の管理体制は崩すべきものだとね」


「そうなんだ」


 よくわからないけどとりあえず相槌を打った。ハナの返事はそういう調子だった。


「それで?」


「……わからないかい。魔皇軍を退け、魔皇の野望を阻止したとしても、その先で僕や柴くんが『灰』に与することは決してない。僕たちにとって魔皇を止めることは『灰』のシナリオを止めることと同義だ――命の添削など、魔皇だろうが神だろうが、させてたまるものか」


「そっか。考え方は人それぞれだね」


「っ……、」


 暖簾に腕押し。『灰』に従っている彼女に『灰』の管理の是非について問いかけることに意味はない。


 だがこの様子ではまず議論が成り立ちそうにもなかった。ナキリにはハナが何を考えているのか、何を思って『灰の手』となったのか、さっぱり読み取れない。


 もしも自分の行為に疑問を覚えているのなら。『灰』に心を奪われていたとしても、ほんの少しでも引っかかりがあるのなら――こちら側に引き戻せるのではないか。完全に手遅れだったシュルストーとは違ってまだ目を覚まさせることができるのではないか。ナキリにはそんな思いがあったが。


 見当違いかもしれない。

 そう考えを改めざるを得なかった。


 そもそも砂川ハナには、奪われる心というものが端から欠落しているように感じた。


「つまりここで見逃そうが見逃すまいが。手を出そうが出すまいが、どっちみち委員長には始末を付けなくちゃいけない。そういうこと?」


「ああ。僕が言っているのはそういうことだよ、砂川さん」


「どうだろう。来訪者は特別だから『灰』も簡単に消そうとはしないと思うけど。仮にいよいよ戦うことになったとしてもその役目が私に回ってくるとも思えない。……うん、手を出す理由はやっぱりないかな」


「なるほど。君の思想はさっぱりだが、スタンスはなんとなく理解したよ。僕が間違っていたようだ……ここで君が引いてくれるなら、今後僕らが戦う機会はないのかもしれない。だけど」


「!」


「僕が君から身を引くとは、限らない」


 剣の切っ先をハナへと向けるナキリ。彼にとってこれは当然の行動だった。


 魔皇軍との全面対決に皆が心血を注いでいる今、戦場を闊歩する『灰の手』は危険すぎる不穏分子である。


 ハナの言い分からすればそれで不利益を被るのは魔皇軍に限られるようにも思えるが、鵜呑みにはできない。むしろ積極的に疑ってかかるべきだろう。


 もしもハナが虚偽なく話しているのだとしても、高確率で紛れ込んでいるであろう他の『灰の手』がどんなスタンスでいるのか。『灰』からどんな指令を受けているかはまた別のことであるからして。


「本気?」


「冗談でクラスメートに剣を向けたりしない。けれど君が大人しく下り、『灰』について知っていること全てを吐くと約束するのであれば、この剣が君を襲うことはない」


「それはできないかな。かと言って斬られるわけにもいかないから……仕方ないね」


 本当に仕方なく。


 なんなら面倒臭いと思っていることを所作から隠しもしないで、宿題をたくさん出されてうんざりしている学生のようにハナは言った。


「片付けておくか」


「……!」


 救いようなし。ひょっとすればシュルストーよりも遥かに。

 人道から悪道に堕ちた彼とは、確かに違って。


 彼女には元より人の道など見えていないかのようだ。


 ならば。


「【閃光】発動!」


 やはりここで無力化させておく必要がある。


 ハナの実力は未知数だがあのゴーレムを手玉に取れるだけの実力は確認できている。背後に従える十体の操り人形も如実にそれを示していた。


 まともにやり合うのはナンセンス。

 まずもって人形たちだけでも手を焼くというのに、そこにハナまで加わっては勝機は薄い。


 故に、先手必勝。名の通り閃光の如き速度で攻めるスキルを発動させたナキリが狙うは、当然『サンドリヨンの聖剣』による【傀儡操作】封じ――。


「――え?」


 そうするつもりだった。ナキリは確かに機先を制した一撃を仕掛けるつもりだった。


 しかし、意志に反して彼の足は少しも動いていなかった。スキルを使っても本人が止まったままでは意味がない。SPはただ無為に消費されただけ。


 ナキリは戸惑う。何故自分は一歩も踏み出さなかったのか――踏み出せなかったのか。


 まるで足裏がべっとりと地面に張り付いているように……否、これは。


 張り付いているのではなく、縫い付けられている?


 まさかと思ったその瞬間、耳に届く平坦な肯定。


「保険はかけるよね」


「っく……!」


 思った通り。見えない糸で足が縫われているようなこの感覚は、ハナのスキルによるもの。姿を隠していた間にこっそりと仕込みは済んでいたらしい。


 ナキリは今度こそ心底から驚愕する。スキルの効力にではなく、その発動にまったく気付けなかった事実に。


 直接的な攻撃ではないにしろスキルを仕掛けておいて、それでもなお解けない隠密とは――いくらなんでも規格外過ぎる。


 探知妨害まであったシュルストーの【暗雲】もまた高性能ではあったが、それでも攻撃した時点で隠密効果は解除されていた。そこが覆ることなどスキルのルールからして本来ならあり得ない。


 ハナが所持しているのは、ただの姿消しではない。

 何か他にも厳しい発動条件がある別種のスキルだ。


 そう当たりを付けつつも今それがわかったところでどうしようもない。ハナはとうに工作を終えているのだ。


「っ……!」


「させるわけないよね」


 剣で自らの足を斬る。そうやって拘束効果だけを切り伏せようとしたナキリへ、人形と化したゴーレムたちが一斉に組み付くことでそれを許さなかった。


 途中からではあるがハナはナキリとシュルストーの戦闘をつぶさに観察していたのだ。聖剣の効力についても把握済みであり、その発動を未然に防ぐことを前提に動くのはごく当たり前のこと。


 完全に、安全に優位を確保したハナは次の一手に入る。


「【傀儡操作】発動」


 繋げた者を傀儡とする不可視の糸が、ナキリを襲った。


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