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314.あとはもう死ぬだけだな

 石造りの建築物。質実剛健という言葉がよく似合う、メイルがそのまま一個の建物となったような場所にナゴリとレヴィは閉じ込められた。


「おいおいどうなってんだよ、えェ!? メイル・ストーン! お前はエンタシスでも心象偽界こいつを使えない側なんじゃあねえのかよ!」


「……、」


 確かにそのはずだとレヴィも心の内でナゴリに同意する。


 彼の言葉に誤りはない――少なくとも彼女の知るメイルに偽界を開くことはできなかった。その認知はレヴィやエイミィだけに限ったものではなく、一級以上のアーバンパレス団員であれば誰もが存じている周知の事実だ。


 偽界を習得しているか否かはひとつの分水嶺でもある。

 そしてエンタシスの強さについて齟齬が発生する余地など今更ありはしない。


 しかし現実として開かれるはずのない偽界がこうして開き、自分はそこに捕らえられてしまっている……。


 リアクションに違いはあるもののどちらも一様に困惑を露わとしているナゴリとレヴィに、メイルは「くだらんな」と低く吐き捨てた。


「上を目指すのは何も下級団員だけの務めではない。むしろ特級たる私たちこそが誰よりも向上心を持たねば下の者に示しがつかないだろう。昨日の私が偽界を使えなかったからとて、今日の私もそうだとは限らん。――あまりエンタシスを舐めるなよ」


「「……!」」


 心象偽界を身に着けるというのは努力でどうこうなるものではない。それが通説だ。


 魔法の奥義にして、極致。そう言われるだけあって全ては生まれ持ったセンスが物を言う世界……度合いはともかく鍛えればその分だけ成長する戦闘力とは一線を画す、まったく別領域の才能が要るのだ。


 一度才なしと発覚すればそれ即ち偽界の習得はほぼ不可能と断じられたようなもの。一生涯を懸けようとその烙印を剥がすことはできない。どれだけ努力を重ねたところで元の才能が欠落しているのであればそれにはなんの意味もない。


 そういう常識をメイルは破った。努力だけでは越えられないはずの壁を、しかしてその確固たる決意と強固たる意思で以って。


 越えるのではなく打ち砕いてみせたのだ。


「まだまだ洗練されていない不格好な代物ではあるが。だが、お前たちを仕留めるくらいのことはそう難儀しなさそうだ」


「けけっ、あーそうだな。そうだといいなぁ! まとめて仕留められちゃたまんねえことだしよ! レヴィ・マーシャル、ここは俺たちだけでも一時休戦と行こうぜ――そんでまずはエンタシスを一抜けさせることに打ち込もうじゃねえか!」


「……甚だ不本意なことだけれど、そうするしかないわね」


 一対一対一という構図が二対一へと変化した。

 レヴィもナゴリも不本意ではあったが偽界を持ち出されてはこうする以外の選択肢はなかった。


 三者の中で最も実力で劣っている自覚のあるレヴィは、三つ巴の微妙なバランスを保ちながら立ち回りでそれを補っていた。

 ナゴリは純粋に、特級と灰の手の揃い踏みという外に出られた途端に降って湧いたこの貴重な対戦カードを長く楽しむつもりでいた。


 両者の思惑はメイルの一手によって崩れ去ってしまった――そしてそれこそがメイルの狙い。


 どちらかを討とうとすれば残る一方から背中を撃たれる面倒な戦況が続くくらいならいっそのこと、二人を纏めて一括りの敵とする。戦いとしての難度は上がっているがメイルからすればそのほうが遥かにやりやすい。


 こうして心象偽界の内へ引きずり込んでいるのなら尚のことに。


「おいおいおいおい! その面はもう勝ったつもりでいるのかよエンタシス? いくら偽界が絶対的なもんだと言ってもてめえも使い慣れてねえってのに? 能力だって大体の予想はつくぜ、こいつでオレを本当に仕留めきれるのか――試してみるかぁ!?」


 一直線。回り込むように動いたレヴィとは対照的に、明け透けなまでの特攻を行なうナゴリ。彼が予測するメイルの偽界の能力は……この建物のどこからでも石魔法が、魔力の際限なしに永続的に襲い掛かってくるというもの。


 果たしてその予見は正鵠を射ており。


「ぶぐげゅ!?」


 高速で落下してきた何十トンは下らないだろうという巨大な石柱がナゴリを頭から圧し潰した。


 ゴォォオオン、と大質量が床を叩いたことで建物が揺れる――偽界が揺れる。


 メイルの石魔法での攻撃は『ストーンレンジ』や『ストーンスパイク』といった範囲や対象を指定する一部を除き、基本的には彼女自身がその手足から発射させて行われる。


 メイルの卓越した体捌きと優れた魔法の技量が合わさりその攻撃速度は魔族であるナゴリでも反応に遅れるほどだが、逆に言えば速度面さえどうにかできるなら非常に読みやすく対処しやすいものでもある。


 何せほぼ全ての攻撃においてメイルの動作という前兆があり、どこを狙っているかも一目瞭然となるからだ。


 真の強敵を相手には欠点となりかねないそんな要素も、偽界内なら別。三百六十度どこからでも、予備動作も魔力消費もなしに攻撃を可能とする。その恩恵はメイルにとって望外に大きくまた敵にとっては絶望の一言だ。


 が、しかし。


 こと逢魔四天ナゴリに対しては。


「かっははは! やっぱりな、思った通りに過激な偽界じゃあねえかよ。それならオレにゃな~んも怖かねえがなぁ!」


「……っ!」


 復活。確かに全身を平面に変えられたはずのナゴリが、ピンピンしている。石柱と床の隙間から滲みだした影のようなものが瞬く間に彼を形成したのを見た瞬間、いよいよメイルは認めたくない事実を認めざるを得なくなった。


 ――不死身! 不定形! 

 人間によく似た姿をしているナゴリではあるがその実、こいつに定まった形などおそらくないのだ。


 本来の姿と言うのであれば影こそがそうで、その頭も胴体も手足も所詮は作り物。仮初の肉体でしかない……だからどれだけの攻撃を食らおうと平気な顔ができるのだと。


 やはり自分との相性はよくない。……だが、真に不死身な者などこの世にはいない。


 再生力が売りの吸血鬼とて復活の度にリソースは消費する。何度も繰り返せばやがてかすり傷程度ですら治すのに苦労するようになる。彼女自身の体験によって得た知識ではないが、これは信頼できる情報だ。


 であればナゴリとていずれ限界は訪れる。

 それが遥か先のことであったとしても根競べなら負けない。


 何故なら『セッカアンロウ(石寡暗楼)』は解かない限り無限のリソースをメイルに与えるものなのだから。


「そうやって高笑いを続けていろ」


「あん?」


「お前は余裕ぶった間抜けな顔のままに、死んでいけ」


「ほっほーう、言ってくれるなエンタシス。だが余裕ぶっこいてんのは他ならぬてめえのほうだろうが?」


「っ――、」


 瞬間、感じたプレッシャーに従ってメイルは石壁を張った。七つ重ねたそれが、最後の一個まで突き破られる。


「なんだと!?」


「意外そうな顔ね、メイルさん。あなたが成長するのなら私だってそうよ――常に上を目指している! 当然のことでしょう!」


 尋常でない光量を身に纏ったレヴィ。石壁を砕き割ったその拳をメイルはガードしたが、あまりに重い。受け止めきれずに押し込まれる。


「っぐ……!」


 なんだ、この威力は。レヴィにここまでの力はなかったはず。何より体から放たれている異様な光はなんなのか。これも強化魔法の一種か――しかし寡聞にしてメイルには覚えのないものだ。


「そりゃー誰だって奥の手のひとつやふたつは隠し持つもんだ。てめえも、そいつも、そしてオレだってなぁ! 見せてやるよ、カゲボウシの恐ろしき本性ってやつを!」


「……!?」


 レヴィの猛攻を捌きながらもナゴリの動向から目を放さなかったメイルだが、見ていようといなかろうとどうしようもなかったことに変わりはない。


 ナゴリの全身が黒い霧のようなものに変貌し、偽界中に充満する様など元から止めようがなかった。


「さあ! これでお互い腹の内まで見せ合ったんだ。あとはもう死ぬだけだな!?」


 どこからともなくナゴリの声が響く。まるで霧状の影ひとつひとつが喋っているかのような五月蠅さに、メイルは眉をひそめて。


「関係ない」


「「!」」


「お前たちの奥の手ごと――叩き潰すまでだ!」


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