313.どいつもこいつも
「『ストーンナックル』」
両の拳を石で覆って殴りつける。
言うなればそれだけの技だが、特級構成員メイル・ストーンの行うその連撃はひとつひとつが小規模な隕石と言って差し支えない勢いと威力を有していた。
「グガゴガガガガッ?!」
真横に落ちる流れ星によって滅多打ちにされた逢魔四天ナゴリは肉体を無残にも四散させて――そしてすぐに何事もなかったかのように元通りとなった。
「っかぁ~、痛ぇじゃねえか! さすがはエンタシスだ、まともにやるとこんなに強ぇかよ!」
「……!」
こいつには実体というものがないのか? どの部位を何度破壊してもこの調子だ。たった今ついに全身丸ごとを吹っ飛ばしてやったわけだが、それでも大した効果はなかった――。
手応えがないではない。
が、どこか茫洋としている。
頑丈さは皆無だが吸血鬼すら超える復活力がある。
そして守りだけでなく攻めに関してもこいつは嫌らしいものを持っている……。
物理攻撃を主体とするメイルにはかなり戦いにくい相手だ。このやりにくさにハンスもやられてしまったのだろうか? ――いや違う。中和魔法を得意とする彼にとってこの手の輩はむしろ獲物だ。
まともにやるとこんなに強い。ナゴリは今、確かにそう言った。その言葉の裏にあるのは直近で戦ったはずのハンスとはおそらくまともにやり合わなかったのだという事実。
少なくともナゴリが敵の実力を実感できなかったことだけは確かだ。
状況からすればそれも当然か。何せハンスの死亡にはナゴリだけではなくエイミィも大いに関わっているのだ。
仲間と信頼して横に置いていたはずの彼女からの裏切りに合い、ハンスは実力を発揮できないまま呆気なくナゴリに殺された。
その後の政府長含むエイミィらの行動から逆算するに、ハンスの処刑に大した時間はかかっていないと推測できる点からもそれは間違いないだろう。
――それでも彼は惨たらしいまでに痛めつけられていたが。
「……っ!」
ハンスの死に顔を今一度脳裏に浮かべたことで、メイルのボルテージが上がる。
地面から石棘を生やす。それに足を貫かれて動きの止まったナゴリの顔面に拳を叩き込んだ。
陥没どころかナゴリの頭部は深掘りの椀のような形状になったが、瞬く間にぼこりと膨らんで元の軽薄な顔立ちを取り戻してしまう。
面倒この上ない。痛がりはしているがそれが本心かどうかもわからない。ハンスのされたことをそっくりその身に返してやりたいメイルとしては非常に腹立たしい――だがメイルは原動力へ怒りという薪を盛大にくべつつも冷静な思考力もきちんと残していた。
エイミィの裏切りと合わさってハンスの殺害は許し難いことではあるが、そこから見えてくるものもある。
その最も重要な点が、心象偽界の有無。
交戦したエニシやインガの口振りから逢魔四天はいずれもが心象偽界を習得しているものと見做されていたが、おそらくナゴリは例外だ。偽界を展開できない。だから偽界を持つハンスを何もさせずに殺す必要があったのだ。
同じく偽界を未収得のエイミィとナゴリでは一度ハンスの偽界に囚われてしまえば敗北がほぼ確定してしまう――そう考えれば今も一考に偽界を開かないことにも納得がいく。
開かないのではなく、開けない。
そもそもナゴリにはそれができないのだ。
そんなナゴリが自分に対しては真っ向勝負を楽しむつもりでいる。
それも理由は簡単に推察できる……エイミィ経由でナゴリのほうも知っているのだ。メイル・ストーンもまた心象偽界を未習得であることを。
アーバンパレス団員の最高戦力として飛び抜けた強さを誇るエンタシス。その中でもこと格闘戦においてはジョンと並び双璧であるメイルだが、偽界に関しても彼と同様に使えない組へと分けられていた。
これについては生来の素質が強く物を言う部分であるために決してジョンやメイルが他のエンタシスに劣るというわけではないのだが、やはり偽界を覚えているかどうかは強者におけるひとつのボーダーでもある。
特に魔皇案件にかかずらうことになってからは敵方が使用してくるということもあって重要性がさらに増した。
が、偽界は使う側にとってもその後の戦闘が非常に困難になるというリスクがある。
習得者を前にした未習得者には敗北あるのみ、とは必ずしも決まってはいない。
あるいはエイミィとナゴリがやったように、偽界を開かせずに仕留めるという最善に近い対処法だってあるのだから。
「後悔させてやるぞ、逢魔四天。私にならば勝てると考えたその自惚れを」
「だははっ、後悔だって!? おうよできるもんならさせてくれよ、まだそいつはしたことねえからよぉっ!」
「ふん。言ったな――、っ!」
殴ってくれと言わんばかりに両腕を広げて無防備な様を見せるナゴリ。その挑発的な誘いに乗ってやろうと踏み出しかけた一歩を中断し、飛び退く。
するとメイルの目と鼻の先を通過していく一人の人物がいた――風を切るように鋭い飛び蹴りを放ったのは。
「惜しい。メイルさんともなると不意を打ってもそうそう当たってはくれないわね」
「レヴィ……!」
逢魔四天と戦うにあたって確実な勝利を望むのであればエンタシス二人がかりが望ましい。
偽界の関係もあってのこの定説であったが、それを抜きにしてもナゴリは強い。
相性がいいとは言えないメイルが手こずるのは仕方のないことでもあったが、その面倒に拍車をかけるのがこのレヴィの存在だ。
三つ巴の奇妙な戦闘。
三者が三者共に敵であるというのは想像以上にやり辛かった。
どういうつもりかレヴィが魔皇軍に抱く敵対心は本物のようで、どちらかと言えばメイルよりもナゴリを攻める回数のほうが多い。
だがそれもあくまで割合で見た場合であり、メイルへの攻撃だって少なからず行われている。
今のように、隙と見たならすかさず命を奪うべく容赦のない一撃を死角から入れようとする程度には。
レヴィ・マーシャルはメイルと同じく格闘戦主体のスタイルを取る。だが土属性の派生である石属性の魔法で攻防どちらも幅広く補助するメイルとは異なり、レヴィは光属性での身体強化を主な武器としていた。
強化はひとつの対象につき、ひとつのみかける。これは常識であり、強化魔法の使い手として精鋭が集う市衛騎団でも重ね掛けはふたつ三つが精々といったところだ。
それができるなら十分以上に優秀……そういう評価になるところをレヴィはなんと自己強化に限り最大五つも別種の強化魔法を重ね掛けることを可能としてしまう。
『リーンフォース』、『ライトアーマー』、『クイック』、『ポイントガード』……一個一個は基礎的な光魔法だがそれらを五つも同時に、そして状況に応じて組み合わせを変えて唱えられる彼女の俊英ぶりは説明するまでもないだろう。
素手での至近戦以外に戦う手段がないこと、偽界の習得の見込みがないこと、自身の昇級を目指すよりも下位の団員の面倒を見るのを本人が好むこと。
そういった諸々でエンタシス入りは考査の段階で立ち消えになる彼女だが、ここ五、六年ほどはその度に一応の候補として名が挙がるほどには評価されていた。
本来ならエイミィに続き見習いとして特級入りを果たしていてもおかしくない団員であり、古くからの付き合いを持つレヴィはそういう意味でも彼女に小さくない期待を寄せてもいたのだ。
なのに彼女は裏切った。
否、最初から仲間ではなかった。
エイミィやキッドマンと同じく。そして政府長と同じく……『灰』という謎の人物あるいは組織に従属し、魔皇軍とも秘密裏に繋がりを持っていた。
「まったく、どいつもこいつも。よくよく私を苛立たせてくれるものだ……!」
「「!」」
激情の発露。と同時に膨れ上がる魔力。
それを受けてレヴィとナゴリは共に「まさか」という同語で脳内が埋まった。
あり得ないはずだとレヴィが。さっき聞いた話と違うじゃねえかとナゴリが。
いずれにしても完全に虚を突かれた両名にできることはなく――。
メイルはなんの邪魔立てもされずにそれを発動することができた。
「心象偽界――『セッカアンロウ』」




