312.まだ生きてたかい
「えっ!?」
サラは我が目を疑った。今まさに襲撃をかけんと迫っていた空飛ぶゴーレムの先陣が、まとめて地上へ叩き落とされたからだ。
それも……彼女にとってよく見覚えのある巨大な鉄槌によって。
「ク、クララさん!」
「やぁーがきんちょ。まだ生きてたかい?」
ハンマーを肩に担ぎながら颯爽とサラの目の前に降り立ったのは、教会勢力の一員。三名しかその位を与えられていない、聖女に次ぐ地位である『大シスター』の一人。
候補生時代からのサラの恩師でもあるクララ・アセンディナ。『クロスエゴイス』という十字鉄槌の聖装を武器とする御年六十二歳の最古参教会員だ。
ニッとニヒルな笑みを浮かべるクララにサラは呆気に取られた。自身の年齢を特に隠そうとはしない彼女だが、その見た目はいつ会っても非常に若々しい。外見だけで推測するなら誰もが三十歳前後と勘違いするはずだ。
それにはクララが常に浮かべている勝ち気な表情も大いに関係しているだろう。
「こんな場所が防衛線になってるたぁ随分とやり込められちまってたみたいだね……だが心配しなさんな、ここからは私らの手番さ」
「……!」
彼女の言葉を証明するように、その背後では続々とやってくるゴーレムに対抗する集団がいた。――いずれも教会本部に詰めていたはずのシスターたちである。
ロイヤルガードと共闘する彼女らの中には、サラの友人であるルチアやカロリーナの姿もあった。
「良かった、みんな応援に来てくださったんですね……危ないところだったので助かりました。だけどクララさんまで本部を空けてしまってよかったんですか?」
統一政府本部から教会本部まではそう離れていない。
いずれは異変を察知した教会からの援軍が送られてくるであろうことをサラは見越していた――が、それはあくまでシスターの話。まさか大シスターにまでご足労願えるとは思ってもみなかった。
そもそも大シスターとはその名の通り、教会の主要たるシスターの上に立つ者として明確に位置づけられている。
両者の違いとはなんなのか――単純な戦闘力や治癒の腕前もそうだが、それは前提。まずもって求められる役割の差異こそがその答えになるだろう。
教会の理念を守ることがシスターの役割であるとするなら、大シスターの役割とは教会そのものを守ることにある。
中央都市にある本部。それから中央にある大支部とでも呼ぶべき地方に散らばった支部よりも重要度が高く設定されている――これは言うまでもなく聖女がいずれ来たる戦いに備え、人が最も集まっている中央にこそ警戒の目を張ったからだ――ふたつの支部。
大シスターたちは基本ローテーションでこの三つの支部をそれぞれ預かりとしており、滅多なことでは離れようとしない。
例外があるとすれば三年に一度の選考会で候補生の引率指導に大シスターが付きそう場合や、聖女からの火急の命が下った場合だが、いずれにおいても動くのは三人のうちの一人。残る二名が中央を空けることはないのだ。
一人が離れると言っても大シスターの詰める三大教会のうち、彼女たちを超える唯一たる戦力の聖女が控えている本部からの出向が基本となっていることからも、教会が『教会を守ること』にどれだけ徹底しているかがわかる。
自身も教会勢力の末端に属し、それをよく知っているからこそサラは驚いているのだ。
現在の本部勤めはこのクララだ。そしてサラは聖女が娘共々本部を留守にしていることも知っている。
その状況でまさかクララまでもが戦いに出てくるとは意外どころの話ではなかった。一シスターの常識からすればこれはあり得ないことだ。
「相変わらず馬鹿だね、がきんちょ。聖女様が家出娘よろしくこっそりと本部を抜け出したとでも思ってんのかい? んなわきゃあないだろ。それは教会の外部に向けてのことであって、私たちには事前にご報告があったさ」
「私たち――大シスターのお三方に?」
「そっ。ローテーションは一時撤廃、久方ぶりに三名が一箇所に集うことになった。つまりは教会本部、この中央都市にね」
「……!」
聖女の空白を埋めるために大シスター全員が本部に集う。
思い切ったやり方ではあるがその判断は今日に功を奏したと言うべきだろう――そうでなければこの窮地へクララが駆けつけてくれることもなかったのだから。
「無論一人だけは……エレナのやつは本部に残してきたが。私以外にもモニカがこっちに来ているよ」
「モニカさんもいらっしゃってるんですか!」
エレナに関してはまったく面識がないが、モニカならばサラも一度だけ顔を合わせている。
性格にかなりの難ありというエレナや、蓮っ葉で口の悪いクララとは違い、モニカは穏やかでお淑やかでまさにシスターかくあれかしといった人物だった。
そのことを覚えているサラは、是非とも彼女の戦っている雄姿を目にしたいと辺りを見回してみた。が、どこにもその姿を見つけられない。
「あれ、本当に来てます?」
「んな嘘つくか、阿呆だね。全員をここだけに纏めてどうする。それじゃ援軍の意味がないだろうが。こういうときのために癒し手としてだけじゃあなく戦闘面にも重きを置かれちゃいるがね、だからって戦うだけが私たちシスターかい?」
「あっ……」
「そうさ、避難者の救出! とりわけ政府長とお偉い爺様方は手早く助けんといかんだろう。モニカはそのために動いているところだよ」
サラにはわざわざ言わないが、大シスター並びに聖女だけは本館地下からの避難通路の存在を知っている。とはいえクララも本当にごく最近、聖女が本部を出発する直前にその口から聞かされて初めて知ったのだが。
政府内の人間でも殆ど認知していない秘匿性の高い脱出経路。
しかしそれが使われる場合の避難先のひとつとして教会本部が指定されていることや、高い確率で治癒が求められる想定、そして何より聖女への信頼から例外的に彼女のみにはその存在が伝えられていたようだ。
六十年間も教会に仕える自分にすらも黙し続けていたそれを、打ち明けた。
教会本部どころか中央からも出て、その穴埋めに大シスターの本部招集というこれまでにない配置を行なった聖女。
普段の彼女らしくもない行動ばかりを前にしてはクララたちも備えないわけにはいかない――そしてその心構えはこうして見事に役立った。
とある筋からの打診も含めて、事態は最悪を免れたと思ってもいいはずだ。
「鼻たれスレンからも頭を下げられていたし、色々と丁度良かったってところかね」
「スレンティティヌスさんから、ですか?」
あんまりな呼称にサラが少し引き気味に訊ねると、当然のようにクララは頷き。
「『万一の時は戦えない僕の代わりを頼まれてくれないか』とね。ま、それがなくともマーちゃんやジョン坊のことで鬱憤は溜ってたんだ。精々友達らの分まで気持ちよく暴れさせてもらうとしようかねぇ……!」
ハンマーを肩から降ろし、笑みを凄絶なものへと変えてサラに背を向けるクララ。
彼女がその武器を振るうならこんなに心強いことはない――しかし味方がどれだけ頼もしくとも、敵の戦力もまた膨大。
「クララさん、待ってください。今いるゴーレムはほんの一部でしかありません……ほら、見えているじゃないですか! まだまだやってくるゴーレムに、あの不気味な船も!」
さすがにこれだけの数、そして飛行船を相手にするには教会勢力の力があっても厳しい。
自分たちだけで立ち向かおうとしていたサラが言えたことではないが、そんな彼女の目算はクララも認めるところのようで。
「あぁそうだね。五隻の船から降りてくるゴーレムたち……今戦ってるのは五分の一のまた半分ってところか? それを一掃できないようじゃいずれ押し切られて負けるのは目に見えてるね。あの高度にいる船に手出しできる人員も限られてることだし、確かに状況は厳しい。――今のままなら、ね。そこも含めて丁度良かったと言ったのさ」
「えっ……それはどういうことでしょう?」
「すぐにわかる。いいからあんたは休んで少しでも回復させときな。戦いはまだ続くんだからね……ほら、防壁を張るのも変わってやるから」
「あ、ありがとうございますクララさん」
サラからの気後れしたような礼に鼻を鳴らすことで返事としつつ、クララは内心にひとつ気がかりがあった。
モニカのことである。無論、同じ大シスターとして実力面での心配は少しもしていない。
だが彼女が政府長の所在地を確認した場合にはクララにだけその連絡が入ることになっており、そろそろあってもいいはずのそれが一向に送られてこないこと。
状況は入り乱れている、連絡の遅れくらい何もおかしなことではない。だが。
理由は自分でもわからないが、クララの胸はやけに騒ついていた――。




